殺人鬼の足音6

 *



 モニターを見ていたユウトは舌打ちした。

「なんてことだ。捜査官が異端者に骨抜きにされてしまった。あれでは捜査は続行できない」

 それを聞いて、別のモニターを見ていた吉沢補佐官がふりかえる。

「だから、最初に申しましたでしょう? あの捜査官には問題があると」

 吉沢は日ごろから、所長のユウトに言いにくいことをハッキリ言う。そこが気に入っている。ユウトは独断的なところがあるから、冷静な忠告をしてくれる優秀な人材をそばに置くのはとても有用だ。


 あの事件があってから——ユウトが異端に堕とされてから、所内の人間は誰も、ユウトに個人的にかかわろうとしない。ユウトの過去を知っている者も、危険物あつかいで見て見ぬふりだ。へたに接すると、ろくなめにあわないと、みんな知っているからだ。


 ユウトが異端審判に勝ちあがり、ふたたび市民権を獲得して職場に帰ってきたとき、同僚の多くはふるえあがった。

 ユウトは士官学校を出たエリートだ。親は権力者。さらにはゲームに勝って昇格したので、同僚たちより地位が高い。それを不遇の時代にさんざん痛めつけたのだ。またも立場が逆転したことを知った彼らの多くは、ユウトに土下座して謝罪した。

「頼む。ゆるしてくれ。おれが悪かった。なんでも言うことを聞くから。あんたの親父に言って左遷だけはさせないでくれ」

「ゆるす? だって、あれはあたりまえのことだったんだろう? あのとき、おれは異端だったんだから」

 すぐには牙をむかない。たいがい、こう言うと相手はホッとする。その反応を見るのが楽しい。

「そう……そうだよな。あのときは、異端だったんだから……」

「異端者は犬だ。何をされてもしかたないんだよ。まあ、おれの罪は重要人物の逃亡補助だ。暴力傾向で捕まったわけじゃないが」と言うと黙りこむ。

 そこですかさず、甘い微笑でささやいてみる。

「なんで、あんなことしたんだ? ほんとはずっと、おれをなぐりたかったんじゃないのか?」

 いや、違うという者にはこう返す。

「そうか? おかしいな。破壊衝動もないのに、わざわざなぐりに来たのか。おまえは教官には不向きだな」

 彼は左遷だ。重労働に従事する、凶暴な重犯罪者の監視係にまわされる。異端者のなかでも一部、特殊任務につかせるため、矯正せずに残している者もいるのだ。そうした特殊獄舎のある場所は環境も劣悪だ。何不自由ない暮らしになれた者に、これはつらい。

 では、イエスと答えた者にはどうするか。かんたんだ。これらの会話は録音されていて、それを特安に届ける。立派な異端者のできあがり。

 おかげで、いっとき収容所の教官が大量に減って、親父に叱られたものだ。しかし、復讐は心地よかった。ボロボロにされたユウトの自尊心はどうにかとりもどされた。たとえ、とりいそぎ、つくろわれたツギハギにしろ。


 それ以来、ユウトの異端時代から復讐の嵐までの、あの一年間を口にする者はいない。以降、とんとん拍子で出世するユウトの暗黒時代として、所内の歴史から消された。

 だが、人の口にフタはできないものだ。どこからか、そうした暗い過去はもれる。あれから十年もたった今では、当時を知らない若い人間も多い。なのに、ユウトはつねに人々から遠巻きにされた。

 ユウトが所長だから敬遠しているのではない。黒いウワサのある人物を、蛇蝎だかつを嫌うようにさけていくのだ。あの人ににらまれると地獄を見るらしいぞ——そんなふうにささやかれる声を聞く。

 別にそれが不満なわけではない。むしろ、異端収容所の所長としては、いい付加価値だ。異端者や所員を恐怖で支配できる。


 でも、近ごろ、自分の生きかたに疑問をいだくこともある。虚無感……あるいは疲労感か?

 レイヤへの復讐の炎を保ちつづけることに、多大な労力を要するときがある。自分にはもっと別の生きかたもあったのではないかという思いが、ふとよぎる。

 そんなときには、十年前のレイヤのあの言葉を思いだす。



 ——ユウト。いっしょに行こう。おれといっしょに、ここから出よう。



(バカ言うな。レイヤ。おれはおまえみたいに能力の高い実験体じゃないんだぞ。外の世界でなんの職につけと? レジスタンス? 体制をくつがえせるとでも思っているのか? そんなバカらしい生きかたはできない)


 でも、想像してみる。あのとき、レイヤと逃げていたらどうなっていたか。それはそれで、けっこう楽しい人生だったのではないかと。

 ユウトがレイヤを痛めつけたのは、惹かれたからだ。わかっている。認めたくはないが、ユウトは好きなものほどイジメたいタチなのだ。

 だから、レイヤも逃亡に誘ったのだろう。ユウトの態度の裏にある本心に気づいていたから。レイヤの心がユウトの上にないことは知っていたが、もしともに逃げていれば、彼の少年から青年へと成長する姿は見られた。少しはレイヤの信頼を得ていただろうか。友人のように。ときには兄のように。


(けっきょく、おれも異端なんだよな。レイヤに惹かれたことが、おれの人生最大のあやまちだった)


 そんなふうに自覚する。


「所長」と、吉沢の声が、ユウトの長い瞑想をさます。

「こっちのモニターで動きがありました」

「ああ」

 ユウトは再度、ちらりとモニターごしのヒロキをながめた。あんなに熱くなっているヒロキを見るのは初めてだ。ユウトの前でさえ、あんな顔はめったにしなかった。何があんなにヒロキの心をつかんだのだろう?


(心? 体のまちがいだろ? あいつは男には見境なく甘える犬だ。心なんてものはない)


 あれはレイヤが来るまでのただの代理品だ。それ以上でも以下でもない。だが、なぜか、その画面を見るのは不愉快だ。

 ユウトは気持ちを切りかえた。吉沢の示すモニターをかえりみる。そこにはレイヤが映っている。

「なるほど。面白いショーが始まりそうだな」

 ユウトは画面に見入った。

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