マリオネットの最期2

 *



 ショウが去ったあと、レイヤも一人で部屋を出た。今日こそ、なんとしてもヒミコの手がかりを見つける。ムツヤやミツヤの行方も気になるが、ミツヤはもうこの世にいないかもしれない。実験が失敗したのだから、ムツヤより劣るミツヤの存在価値もなくなったということだ。きっと、ヒミコが養女に出される前の段階で処分されたのではないだろうか。ヒミコが今現在、研究所にいるのかどうか。それだけでもわかればいいのだが。


 例の通風口から屋根裏へあがり這っていく。研究所への最短ルートはもう確認ずみだ。かつて自身が暮らしていた居住エリアも見つけた。だが、その周辺はすでに旧エリアになっていた。ふだんは誰も使わない倉庫がわりだ。古い書類やホルマリンづけのガラス瓶ばかりがならんでいる。

 しかし、研究じたいはまだ生きている。そう確信する事実がいくつかあった。何より、まず電気が通っている。エレベーターも動いた。何度か遠くを歩く研究員の姿も見た。

 とは言え、以前、レイヤたちがひんぱんに検査をされた病院も今は無人だ。実験室がどこかへ移動している。研究の対象が変わったのだろう。


(おれたちの実験は失敗した。それでも、研究所の目的は改良RTRの破壊衝動を中和する抗体か、または遺伝的にRTRに左右されず破壊衝動を完全に制御できる個体を造るか。そのどちらかのはず)


 レイヤたちの実験は、改良RTRを投与されると、体内で抗体を作る試験管ベビーの人造だったのだろう。その抗体は完全ではなかった。だから、補う形でヒミコが造られ、レイヤたちのなかから選ばれた一人がルリとして、ヒミコとペアになる予定だった。二人の血をかけあわせると、完璧な抗体ができるはずだった。今なら、それがわかる。


 当時は何も理解できないまま、ただ利用されるだけだった。何もできなかった無力な自分が恨めしい。ヒミコが異端に堕ちるとわかっていれば、あのときいっしょにつれて逃げていたのに。いや、それは今だから言えることだ。あのときは自分が逃げるだけで精一杯だった。


 もしかしたら、研究所ではなく、収容所を調べたほうが、あっけなくヒミコは見つかるかもしれない。異端狩りに捕まったのなら、収容所のどこかに投獄されているはずだ。女の子だからヒドイめにあっているだろう。きっと、よくて誰かの愛人にさせられているか、最悪、看守や政府要人の接待係にされて、不特定多数にオモチャにされているか。

 そう思うとき、どうしてもヒロキのおもてが浮かぶ。ヒミコもあんなふうに矯正されて、逆らわないよう調教されて……。


 もしかして、自分はその姿が見たくないから、研究所にこだわっているのだろうか? 無意識のうちに、今のヒミコのいそうもない場所を探して?

 いや、しかし、研究所にはまだムツヤがいる。レイヤを逃がすために自分が犠牲になった弟。ムツヤが養子に出されたという話は聞かないが、まさか死んだのだろうか? それだけでもたしかめたい。


 じつは、ムツヤはあそこにいるんじゃないかと見当をつける場所はあった。研究所のなかは人影が少なく、監視体制も強固ではないのか、わりと自由に歩きまわれる。収容所の建物へ侵入することは難しいが、入ってしまえば意外とセキュリティは甘い。

 しかし、どうやっても入れない区域が一ヶ所あった。昨日はそこの解除が解けなくて、あきらめてひきかえした。あのハッチのむこうに何か重要なものが隠されている気がする。

 まさかと思うが、異端狩りに捕まったあと、ヒミコはまた実験体として研究所の奥深くに閉じこめられているのではないか? それがあのハッチのむこうではないのか? あるいは、ムツヤが——


 そう思うと気持ちがはやる。しかし、侵入の方法がない。ほかの場所にあるハッチは、以前、研究所から逃げだすときにムツヤに渡されたカードキーでひらいた。あのハッチだけがあかない。パスワードが必要らしい。


 どうにかならないだろうかと通風口からのぞいていると、しばらくして、研究員がやってきた。なんていう幸運だろう。昨夜は一晩、見張っていても、誰も通りかからなかったのに。やはり、昼間じゃないと彼らも活動しないのか。しかも、なんというぐうぜんか、研究員は例のハッチの前に立った。自分のIDカードをリーダーに通し、パスワードを打つ。やがて、ピンとロックの外れる音がした。ハッチがひらく。レイヤは通風口からとびおりると、研究員の背中にピッタリはりついてなかへ入る。研究員が声をあげる前にしめおとした。


 なかは薄暗いものの、無灯火の廊下よりは明るい。四方の壁に点々と照明がついている。さほど広くはない。ゴチャゴチャした配線やパイプが床を占領し、やけに歩きにくい。部屋の中心に大きなガラス製の容器があった。ここはその保管室のようだ。なかには液体が入っていて、コポコポと金魚の水槽のような音を立てている。


 が、そこに入れられているのは、金魚ではなかった。一瞬、レイヤは奇妙な角度で自身を映す鏡なのかと思った。よく見れば、違う。相手は裸だし、髪が黒い。レイヤに瓜二つだが、少し華奢だ。


「ムツヤ! それとも、ミツヤか?」

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