あるトリック2
三人が笑いだしたので、シロウも部屋から出てきた。
「なんだよ。おまえら。ここって、そんな笑えるとこか?」
マナブはほんとに誰とでもきさくに話せる。笑いつつ、ヒロキの苦手なシロウにもわけへだてなく答える。
「いやいや。娯楽は自分で見つけるもんさ。これから、ショウを誘ってトランプしないか?」
「ガキの遊びかよ。まあ、いいや。たしかにヒマでしょうがねえ」
ほんとは、ヒロキはルールブックの続きを読んでほしかった。が、これはこれでいい。このゲームでは誰が異端者で、誰が捜査官か見きわめるのはひじょうに重要だ。マナブの言うとおり、交流を多く持つのは大切だ。
それに、こんなふうに大勢でワイワイするのが純粋に楽しい。収容所の異端者はみんな、異端審問会をへて心をくだかれた者たちだ。ほがらかに笑うことなんてなかった。ヒロキはまだいいほうだが、なかには完全に脳を破壊されて、自力で着替えすらできない女の子もいた。目をあけてはいるが返事もしない、どこを見ているかわからない、人形のような子たち。
だから、こんな集まりは心から嬉しい。四人でつれだって誘いに行った。ショウは快く商売道具を貸してくれた。
「しかしですね。私をゲームに入れると、一人勝ちになりますよ。イカサマしほうだいですから」
「マジか。素人相手にイカサマする気かよ」と、シロウ。
「ま、イカサマはなしにしてあげましょう。賭けるものもないですしね」
マナブが提案した。
「じゃあさ。勝ったら王様っていいんじゃない? ビリになんでも命令できる」
「それ、いいね」と、賛成したのはホヅミ。
話し声を聞いて、リンやカレンも自室から出てくる。ショウの部屋は第三区画のロビーよこG室。リンはそのとなりだ。ピアスだらけのカレンはつきあたりのK室。
「おれも仲間に入れてほしいっす」
「あたしも」
総勢七名にふえた。個室ではせまい。ロビーに椅子を集めて丸テーブルをかこんだ。とても楽しいひとときだった。たがいの人生をかけた
子どものころの自分にかえったような気がした。毎日、学校へ行って、友だちと遊んで笑っていた。幸福だったあのころ。あたりまえの日常がふいに消えてなくなってしまうなんて思いもしてなかった。
(わたし、もう一度、こんなふうに笑って暮らせるの? 異端者でなくなれば)
遠い記憶をかみしめていると、ふと思いだす。
ずっと昔、たった一度だけど、遊園地みたいなところで誰かと遊んだおぼえがある。あのとき、ヒロキは四つか五つだったろうか。とても優しいお兄さんで、ヒロキはすぐに彼を大好きになった。だいぶ年上のような気がしていたが、今思うと違うかもしれない。顔はよく思いだせない。長いことほったらかしで伸びたという黒髪をうっとうしそうにかきあげるのが、お兄さんの癖だった。
お兄さんはヒロキをおんぶしてくれた。かくれんぼや鬼ごっこをして、もうずっとこのままでいたかった。なのに、お兄さんは病院から迎えが来て、帰らなければならなくなった。
「明日、また会える?」
ヒロキが問いかけると、お兄さんはふりかえった。そして、急に涙をこぼした。
「ごめん。おれ、今日、死ぬんだ」
死というものが何を意味するのか。それさえも、子どものヒロキには理解できてなかった。ただお兄さんが泣くので、それがとても悲しいことなのだとわかった。
ヒロキがしがみつくと、お兄さんはささやいた。
——また会えるよ。おれはプロトタイプだから……。
幻想のような切ない記憶。
ヒロキは完全に我を忘れて無防備になっていた。とつぜん、ショウが言ったとき、ヒロキは重要なゲームの最中だと失念していた。
「誰か、大事なカードを落としていますよ」
そう言って、ショウはテーブルの上に一枚のカードを置いた。それにはクラシカルな電話のマークが描かれている。
(あっ……そうか。みんなとトランプしてたんだっけ。でも、電話のカードなんてあったっけ?)
ヒロキはぼんやりしていた。まわりの人たちは、そのカードを見た瞬間にポケットに手をつっこみだす。ホヅミ、マナブ、リン、それにカレンも。無反応だったのはヒロキとシロウだけだ。
「おれのじゃない。ちゃんとある」
「わたしのでもないよ」
「あたしも」
大声をあげたのはリンだ。
「あッ。おれのだ。一枚しかない!」
リンがテーブルの上の電話のカードをポケットに入れる。ホヅミとマナブがハッと目を見かわした。ショウと三人で微妙な顔つきをして、ヒロキとシロウをながめる。
ようやく、ヒロキは気づいた。今のはトランプのカードなんかじゃない。市民なら誰でも知ってる『通報カード』だったのだ。自分の落とし物じゃないかと、市民ならあせるのがふつうなのだ。
ヒロキはこわばった。
シロウも気づいて、ショウの胸ぐらをつかんだ。
「はめやがったな」
ショウは両手をホールドアップしながらも冷静に返す。
「暴力は異端傾向です」
歯がみして、シロウは手を離す。
「言っとくが、おれは部屋の金庫にしまったんだ。そのカードに見おぼえがなかったわけじゃない」
あわてて、ヒロキも口をはさんだ。ごまかすには今しかない。
「わたしもです。誰かにとりあげられたら……困るから」
キョトンとしていたリンが、やっと状況をのみこんだ。
「あれ? アニキ、異端者だったんすか?」
「そんなわけあるか!」
一喝されて、リンは黙る。しかし、ホヅミはさらに言及する。
「でも、ここにいるのは七人。市民も七人。確率的に全員が市民なんてある? 少なくとも一人は異端者か捜査官じゃないの?」
そう。該当者はヒロキだ。ヒロキは緊張した。いずれはバレるだろう。が、あんまり早く異端者だと知られるのはいくらなんでもマズイ。
だが、ありがたいことに、続けてホヅミが追及したのは、ヒロキではなくシロウだった。もしかしたら、エセインテリと言われたことを根に持ってるのかもしれない。
「ヒロキさんが金庫にしまうのはわかる。見るからにかよわい女の子だもんね。けど、あんたみたいな男がそんな用心深いなんてイメージじゃないな。シロウさん。あんたからカードをおどしとろうとするヤツなんていないでしょ?」
シロウは顔を真っ赤にして憤慨した。
「おれはそそっかしいだよ。大事なもんでもなくしちまうんだ」
その言葉をほかのメンバーが信じたかどうかは怪しい。
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