二章 あるトリック
あるトリック1
カウンターでロボットから部屋の鍵を渡される。鍵はIDカードになっていた。ヒロキのカードには『2-A』と表面に書かれている。マップで見ると、第二区画のA室のことのようだ。
ロビーから言えば、第二区画は左手。対角線上の個室エリアが第三区画。両方にそれぞれ六つの個室がある。
第二区画は廊下をはさんで、AからDの四つの個室がむきあう。ヒロキの部屋はロビー側の角部屋。裏は食堂。
となりのB室にはマナブ。ヒロキの向かいC室にホヅミ。その隣室のD室がシロウだ。C、D室の裏に廊下をまわりこんで、E、F室がある。この二部屋は人数の都合上、空室だ。
ヒロキはレイヤが第三区画なのだと知って、ガッカリした。自分でも不思議だが、たった一度、親切にされただけのレイヤが気になってならない。
みんなが自分の部屋へ散っていこうとしたときだ。急に大きな声を出した人がいた。おどろいてふりかえると、護送車でいっしょだった永瀬遥子だ。目つきのキツイ女である。自己紹介のときにも黙っていたし、ちょっと怖い。
「待って。今すぐゲーム終わらせる方法あるよ。市民と捜査官の勝利でね」
みんなは沈黙のまま、ヨウコをながめている。ヒロキもようす見だ。
「今なら、まだ全員のカードが部屋のなかにある。これから全員で一室ずつまわってカードを確認すれば、誰がどのカーストかわかる」
ヒロキは不思議だった。そんなことをすれば、みんなのカードが没収されてしまう。それに、異端者が見せてくれるはずもない。刺激してあばれだしたらどうするのだろう?
「えっと、おれ、頭ワリィっすけど、さすがにわかるよ。異端者がカード見せるわけないっしょ。それに、捜査官はバラしちゃダメなんじゃなかったっけ?」と、リンが反論する。
ヨウコはバカにするように笑った。
「市民は何人いるの?」
「えっと、さっきの説明で……七人?」
リンは指折り数えている。
「そうよ。七人。てことは、市民のカードは十四枚ある。それを一枚ずつ没収されても、まだ全体で七枚残る。捜査官や異端者が拒否しても、市民全員が見せあうだけで終わる。見せなかった三人に通報すればいいの。三人通報しても一枚あまるでしょ。捜査官は自分以外の二人を逮捕すればいい」
なるほどと、ヒロキは考えた。ヒロキが市民だったなら、そういう手もあると感心した。が、笑いだしたのはホヅミだ。
「いやいや。ありえない」
「何よ。あんた、異端者の味方するの? あんたが異端者?」
ヨウコは憤慨する。怒りっぽい人だ。暴力傾向が強い。
ホヅミは肩をすくめた。華奢な女の人なのに、性格はわりと強気のようだ。
「ちょっと、よく考えてよ。逮捕は一日に一人しかできないって言われたでしょ? 異端者は二人いるんだし、捜査官やられちゃうじゃない? 私刑のタイミングが逮捕といっしょなんだから。異端者一人が逮捕されても、捜査官もそのとき相討ちになる」
言われてみれば、たしかにそうだ。単純にカードの枚数だけの問題ではなかった。
ヨウコは残念そうに唇をゆがめて去っていく。ヨウコが入ったのは三区画のつきあたりにある二部屋の一方L室だ。
みんなはそれぞれの部屋に散らばっていく。三区画は廊下の片側に四つ個室がならんでいるのだが、レイヤの部屋はロビーから四つめのJ室だ。
それを見てから、ヒロキは自室に入った。ドアはオートロックだ。六畳空間にベッドとクローゼット。奥に浴室、トイレがついていた。着替えや日用品のほか、非常食までそなえてある。
ベッドの枕元には壁と一体型の金庫。モニタールームからの警告などを受ける端末。これは見るだけで、こちらから操作はできないようだ。
かんじんのカードはベッドの上にあった。ルールブックといっしょに置かれている。ヒロキはカードのマークと枚数をたしかめてから、それを金庫に入れた。ヒロキはひ弱だ。誰かに暴力でうばわれると困る。金庫はパスワード式だ。迷ったが、REIYAと設定した。これなら誰にもわからないだろう。ひとまず、安心だ。
次はルールブックだ。ひらいてみて、ヒロキは気力がなえた。厚みはさほどじゃない。しかし、ヒロキは収容所育ちなので、難しい漢字が読めないのだ。知らない単語が次々に出てきて困りはてた。
ちょうどそんなとき、ヒロキの部屋の呼び鈴が鳴った。おずおず、インターフォンをつなぐ。
「……誰ですか?」
異様に明るい声が答える。
「おれ。マナブ。入っていい?」
ヒロキは迷った。が、室内には数カ所に監視カメラがある。ベッドを見おろすように天井二カ所。クローゼットのなか。浴室、トイレにまで。これなら、いきなり乱暴されることはない。マナブは異端者には見えないし。
「今、あけます」
室内からロックを外すのは、インターフォンよこのボタン一つだ。ドアをひらくと、マナブの人なつこい笑顔があった。
「心配しなくても、変なマネはしないよ。評価ポイント大事だからね」
「そ、そうですね」
危ない。つい、市民らしい態度を忘れてしまう。こんな調子だと、すぐに異端者だとバレてしまいそうだ。もしかしたら、神島はそれが狙いで、ヒロキをこのゲームに送りこんだのかもしれない。市民たちを混乱させて評価をさげさせ、一人でも多く脱落させるために。
神島からは一つの秘策をさずかっている。だが、それ以外については何も指示されなかった。神島の真意がまったくわからない。
昨夜はこれが最後の夜だからと言われ、彼の寝室に呼ばれた。でも、そのしびれるような甘い感覚の最中にも、神島はどこか冷たかった。彼はいつもそうだ。何を考えているのかわからない。
でも、この七年、ある意味、ヒロキを守ってくれていたのだと、今日の荻野の一件でわかった。神島の愛人でなければ、ヒロキは周囲の看守たちに、どんなめにあわされていたかわからない。何しろ、彼らによれば、グールは実験動物にすぎないのだ。
神島は残酷だが、ときどき優しい。だから、錯覚する。ほんとは彼もヒロキを愛してくれているのではないかと。
昨夜のことを思いだし、ぼんやりしてしまった。ヒロキはマナブの声で我に返った。
「ヒロキちゃん。もしかして怖がってるの? おれ、そんなに凶暴に見えるかな? こんな感じ?」
マナブはいきなり変顔をした。美形なのに、ゴリラのつもりだろうか。ヒロキは思わず、ふきだした。
「やっと笑ったね。怖がらなくても、ドアにはストッパーかけとくからね。これなら外にも話し声が聞こえる。誰かが外、通るかもしれないしね」
マナブは紳士だった。それから三十分、マナブに教えてもらいながらルールブックを読んだ。すると、むかい部屋があいて、ホヅミが顔を出す。
「あんたら、にぎやかすぎるよ。気になって集中できない」
ホヅミの迷惑そうな顔をものともせず、マナブは手招きした。
「いいから、いいから。交流しようぜ。こういうのクラブの合宿みたいで楽しいだろ。娯楽が少ないのが難だけど。せめて、トランプでもあれば」
ヒロキたちは「あっ」と声をあわせた。ショウのパフォーマンスを思いだしたのだ。
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