収容所の秘密5
*
夜が来た——
あたりが寝静まるのを待って、レイヤは自室をすべりだした。人目を警戒しながら、食堂よこの廊下へ行く。廊下のつきあたりには非常口があった。ただし、今そのハッチはロックされている。監視カメラの死角に入り、非常口のノブに足をかけた。天井の通風口に手を伸ばし、するりとなかへ入っていく。ここからダクトを使って、さまざまな場所へ移動できる。このために、ゲーム開始直後に、会場内の監視カメラの位置をすべて把握しておいた。
ほんとなら、もっと早い時間から行動したかった。しかし、じっさい、ヒロキのせいで衆目を集めて、やりにくててしかたない。
たしかに、ヒロキは可愛い。そうとうな美少女だ。華奢な骨組み。白いなめらかな肌。大きな目の優しい面ざし。くせっ毛なんだろう。髪の毛先だけ、西洋人形みたいに、くるりと巻いている。レイヤのあとを必死で追ってくると、巻き毛がはねて、ちょっと長毛種の犬みたいだ。
レイヤでなくても、なんとなくイジメてみたくなるのはしかたない。あの小動物っぽいところが、妙に男の征服欲をそそる。
たぶん、ヒロキはRTR抗体を持っているのだ。異端審問会を受けるとき、同時に抗体を打たれたのだろう。気持ちの起伏が少なく、精神的に安定しているのもそのせいだ。
レイヤ自身は遺伝的にそれを有しているのだが。
異端者の都市がなぜヴァルハラなんて呼ばれるのか。異端者は美貌で知性や能力に優れた者が多い。なぜなのか?
また、RTRは体内で酵素を作るだけの薬なのに、なぜ研究所から逃げだしたグール亜種の特徴がその子どもに遺伝するのか?
初期に何度かグールゲームは行われたらしい。当時は研究の実験をかねて隠密にゲームが開催されていた。人道的に問題のある内容だからだ。言わば、人体実験である。
その初期のゲームで、ウィルスにRTRの酵素生成能力を付与した、感染型RTRを使用した回があったらしい。感染型はその後、ゲームじたいでは使われなくなった。グールが自然発生的に増殖すると、研究所側も管理に困るからだ。
しかし、今の亜種二世の特徴を見れば、あきらかに親から改良RTRを受けついでいる。つまり、改良RTRは血液感染するのだ。性交渉、または母子であればへその緒を通じて母から子へ感染する。
研究所がこの特徴を見逃しているわけがない。政府は必死に感染の事実を
だが、改良RTRは悪い効能ばかりではない。何しろ、特別なタンパク質を食べれば、手足がちぎれても再生できる。怪我はあとかたもなく治り、傷ついた脳細胞も復活する。老化によって衰えた部分ですらタンパク質の補給で治る。かなりの長寿が見こまれるのだ。へたをすると不老不死も夢じゃない。補給するタンパク質は再生させる部位の半分ていどでいいのも利点だ。国民全部がグールになれば、おたがいを食べあって、半永久的に再生し、生き続けられる。
問題なのは破壊衝動だけだ。これが抑制されれば、改良RTRが国内に蔓延しても恐れることはない。
そこで研究所が次に開始したのは、改良RTRのもたらす破壊衝動を完全に抑制できる個体の研究。また、改良RTRの破壊衝動を中和するワクチン開発。この二本立てだ。
そこで旧地区の研究所の登場である。秘密裏に収容所の地下に実験室が建造され、そこで人工的に遺伝子改良された子どもが造られた。クローンの実験体。
それが、レイヤだ。レイヤは研究所で生まれた特別な子ども。生まれつき改良RTRに耐性を持つ。また、優良な遺伝子にデザインされているので、他の能力も人一倍すぐれている。
レイヤが自分をそうと知ったのは、九つのとき。それまでレイヤは研究所でふつうの子どものように育てられていた。虐待などされたわけではない。とくに病弱ではないのに、ひんぱんに病院で検査されるとは思っていたが。
研究員たちはみんな、レイヤに優しかった。レイヤに勉強を教え、友人たちと競わせた。当時、不思議だったのは、レイヤの友人は、みんなそっくりだったことだ。レイヤと同じ顔。年齢がまちまちなので、双子や三つ子ではない。なかで、レイヤがもっとも年上だった。
レイヤのほんとの名前は零也。ゼロ番めの人という意味だと知ったのは、ずっとのちになってからだ。友人たちは一也、二也、三也……と一ずつ数の増える類似の名前。カズヤ、ニヤ、ミツヤ、シヤ、イツヤ、ムツヤまでいた。
すべてにおいて、つねに優秀なのは一番年下のムツヤだった。年はレイヤより二つ下なのに、どうやってもレイヤは彼に勝てなかった。
「やはり、完璧なのはムツヤですね。レイヤはプロトタイプだから」
こう言われるのが、むしょうに悲しかった。なぜ、プロトタイプだとムツヤにかなわないのか。レイヤの何がムツヤより劣っているのか。まるで、生まれたときから自分が欠陥品のような気がした。
よく、研究員に聞いてみた。
「プロトタイプって何?」
そういうときの研究員の答えはいつも同じだ。
「いいんだよ。レイヤは知らなくて」
だが、その意味はだんだんにわかってきた。
レイヤが九つのとき、とつぜん、カズヤが消えた。研究員はカズヤが病気で死んだと言った。その前日までレイヤたちといっしょに遊んでいたのに。
「カズヤ、なんの病気だったの? 昨日はあんなに元気だったよ?」
うるさく問いかけると、研究員は困りはてた。しまいには怒った。
「病気は病気だよ。君が気にすることじゃない」
何かがおかしかった。
大人たちは何かを隠している。レイヤは同い年のニヤとミツヤにこのことを相談した。
「カズヤは病気で死んだんじゃないと思う。大人は僕らに嘘をついてる」
「僕もそう思うよ。そういえば、前の週、研究員が変なこと言ってたよね。データがそろったから、ルリの最終段階に入ろうとか」
「うん。言ってた。ルリにはムツヤを使うって。ルリって何?」
「さあ」
レイヤとニヤは知らなかった。でも、ミツヤが知っていた。
「前にムツヤから聞いたんだけど。僕らのなかから、誰か一人がルリになるんだって。ルリはヒミコのペアで、二人の血が重なると、完全なRTR抗体が作られるんだって」
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