収容所の秘密6
RTR抗体は、レイヤたちが研究員からもっともよく聞く言葉だ。たびたびの病院での検査も、おもにこの抗体について調べられる。
「RTR抗体って、人間を凶暴にする酵素の破壊衝動を消すんじゃなかった?」
「レイヤはこの数値が僕らより低いって言われてた」
なんだか、イヤな気持ちがした。しょっちゅう病院につれていかれて血液をとられるのは、そのせいではないかと思った。レイヤたちが大事にされるのは、レイヤたち自身ではなく、体のなかの抗体が必要だからではないかと。
レイヤの予感は的中した。そのあとしばらくして、今度はイツヤが消えた。二ヶ月後には、ニヤも。シヤがいなくなるにおよんで、レイヤは恐怖にふるえた。
「おれたち、もういらなくなったんだよ。だって、データはそろったんだ。ルリになるのはムツヤだから。おれやミツヤはいらないんだ。ニヤたちがいなくなったのは、抗体の実験に使われて死んだんだよ」
「レイヤ……怖いよ。僕、怖い」
「おれだって怖いよ。死にたくない」
「どうしたらいい?」
レイヤにはわからなかった。研究所以外で暮らしたことがなかったから。研究に都合の悪い事実は何も教えられてなかった。研究所からの逃げだしかたも。そこを出てからの暮らしかたも。生きるために必要な知識は何一つ持ってない。
恐れ、悩み、まごついているうちに、その日は来た。研究員たちの自分を見る目で、レイヤは知った。ついに自分の番が来たのだと。
哀れむような目で見ながら言うのだ。妙に優しい猫なで声で。レイヤのどんなワガママでも聞いてあげると。
レイヤは泣いた。
「じゃあ、ヒミコに会わせてよ。たった一度でいいから。おれの運命の相手に会ってみたい」
それが、レイヤにできる精一杯の反抗だった。大人たちが故意に隠してきた事実を自分は知っている。何も知らないまま、気持ちよく殺されてやったりなんかしない。それだけでも思い知らせてやりたかった。
研究員たちは困惑したが、ため息とともに承知してくれた。研究所の子ども部屋で、レイヤはヒミコに会った。ヒミコはレイヤたちよりずいぶん遅く造られたので、まだ幼い子どもだった。とても可愛い赤毛の女の子。
会ってみて、レイヤは後悔した。たぶん、レイヤとヒミコは遺伝子レベルで共鳴しあうように造られているのだろう。ほんの一時いっしょに遊んだだけだが、自分の気持ちが激しくゆれるのを感じた。
(ヒミコが好きだ。どうして、君の花婿に選ばれたのはおれじゃなかったんだろう。どうして、おれは出来損ないなんだろう。悔しい。おれはプロトタイプだから……)
ずっと、ムツヤに抱いていた憎悪にも似た羨望が、レイヤのなかで火を噴いた。
(できることなら、おれがムツヤでありたかった。ムツヤとして生まれたかった。いっそ、ムツヤを殺してしまえばいい。そうしたら、誰かがムツヤの代わりになるしかない。おれか、ミツヤが……)
その夜、実験室に閉じこめられたレイヤのもとに、ムツヤがやってきた。研究員たちの目を盗んで、ドアロックをひらくカードキーを持ってきた。
「レイヤ。逃げて。これがあれば、研究所のドアはどこでもひらく」
「ムツヤ。なんで……」
これまで、ムツヤは仲間のなかでの自分の優位性を自覚し、つねにほかの六人の上に立とうとしてきた。レイヤたちを心なしかバカにしていた。ムツヤが助けてくれるなんて思いもよらなかった。
「おまえはおれを嫌ってるんじゃなかったのか?」
「嫌ってたのは、レイヤのほうだ。僕は誰も嫌ってない。ずっといっしょに育った仲間じゃないか」
「ムツヤ……」
ムツヤの助けで、レイヤは研究所をぬけだした。ミツヤもつれていきたかった。が、厳しい監視のなか、自分が逃げだすだけで手いっぱいだった。
あれから十余年。レイヤは研究所を逃げだしたのち、レジスタンスの首領にひろわれた。ヴァルハラ市民のなかには、政府の行う実験に対抗しようとする勢力があった。彼らにとって、研究所育ちのレイヤはひじょうに有用な存在だったのだ。
二度と研究所には戻るまい。そういう決心で逃げた場所だが心残りもあった。ミツヤとムツヤを残してきたこと。それに、ヒミコだ。どうしても彼らを救いだしたい。
その思いで、十二歳のとき、わざと異端狩りに捕まった。収容所に入れば、研究所に忍びこめると考えたのだ。
だが、あのとき、わかったのは最悪の事実だけ。レイヤがいなくなったあと、実験はムツヤとヒミコによって続けられた。しかし、結果はかんばしくなかった。実験は見なおされることになった。ヒミコは実験体としてではなく、ただの子どもとして、一般家庭に養子に出されたという。ムツヤやミツヤの行方は知れない。
今また、ヒミコが異端に堕ちたという情報を得た。それが事実なら、なんとしても彼女を救いださなければならない。
時間はあまりない。異端審判のゲームが終了すれば、レイヤは自由を拘束される。それまでに広大な収容所をくまなく調べられるだろうか?
異端者は一人消え、残りは一人。どうにかして、ゲームが長引くよう手を打たなければ。たとえ、どんな手段を使ってでも。
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