マリオネットの最期5
*
夜——
その日も、ヒロキはマナブと同じベッドのなかにいた。このときもマナブは優しかった。
でも、ヒロキの髪が赤く染まることはなかった。マナブはヒロキの気持ちの変化を察して口をゆがめた。
「なんだかな。ヒロキ、もうおれに飽きちゃったのか」
「今夜はそんな気分になれなくて……」
「どうかな。神島所長にすがりついて、愛してるって言ってたじゃない」
ヒロキはうなだれた。
「ごめん……なさい。でも、マナブだって、ホヅミさんと恋人だったんでしょう? 寝言で呼んでたよ」
マナブはため息をついた。
「そんなこと言ってた?」
「うん……」
つかのま、黙りこんだあと、マナブは笑いだした。
「そいつは失敗だったな。いくら、おれでも寝てるあいだまでは演技できないよ」
ヒロキはベッドのなかでこわばる。
「演技……?」
マナブはいつもどおりのさわやかな笑みをうかべている。だが、彼の口から出る言葉はだんだん恐ろしい意味をふくんでくる。
「言ったろ? おれ、役者なんだって。たしかに、ホヅミとも寝たよ。あいつがおれを疑わないように、心をつかんでおく必要があったからね。誘ったら、かんたんになびいてきた。ほんとはけっこう、ホヅミのこと好きだったんだけど……しかたないよね。裏切られる前にやっとかなきゃ。おれ、傷つくよね?」
ヒロキは涙がにじんでくるのを感じた。
「やっぱり……あなたが異端者なの? マナブ」
「あれ? 気づいてた? 変だな。君にだけは気づかれてないと思ってたのに。おれ、迫真の演技だったろ? 今朝のパニック起こしたとこなんか。『出してくれェ』とか言っちゃってさ。言ってて自分で笑えたよ。それにしても、なんで気づいたの?」
「ショウさんが教えてくれたんです。ショウさんのカード、わたしに入れたんだって」
「やっぱり、あいつは食えないな。あいつが捜査官なんだろ?」
マナブの言葉を無視して、ヒロキは続けた。
「最初の日に使われた通報カード。あなたとホヅミさん、シロウさん、リンが使ったって話した。そのとき、ショウさんがこう言った。自分も使ったから、誰かが嘘をついてるって。わたしたちはみんな、それがシロウさんだと思った。けど、そうじゃなかったんだ。シロウさんとリンはセイに使って、セイは正しく逮捕された。それで、ショウは嘘をついてるのが、あなたかホヅミさんだとわかった。ホヅミさんが殺されたから、残りは……」
ロビーに近いショウの部屋なら、ホヅミのドアの出入りが魚眼レンズから見える。おそらく、ショウはホヅミの室内から返り血をあびて出てくるマナブを目撃したに違いない。
マナブはあっけなく認める。
「そうだよ。トランプのときだって、とっさに演技して、ショウのしかけた罠を回避した。おかげで、ホヅミに信頼されたしね。それはいいけど、おれとホヅミで君を通報しようってなって。おれ、リンチカードしか持ってないし。困っちゃったよ。しょうがないから、市民を殺して、カードをうばおうと思ったわけ。君が異端者なら、同じタイプのセイは市民だろうと思ったのに。あいつも異端者だったなんてね。まあ、あいつのカードは使わせてもらったけど」
「ひどい……異端者どうしなら、殺す必要はなかったじゃない。セイは市民権を得るためなら、あなたに協力したと思う」
マナブはあの夜のことを思いだすような目で笑った。
「だろうね。あいつ、はなから抵抗する気なかったし。でも、おれは最初から、セイは殺すつもりだったんだ。あいつのカーストがなんだろうと」
「なんで?」
「だって、あいつ、すごくエロくて、そそったじゃないか。パーティーで君で遊んで、我慢できなくなったんだよな。だから、どうしてもセイが欲しくなったんだ」
「マナブさん。あなたは……」
批難するヒロキを見て、マナブはおかしくてたまらないような笑い声をあげた。
「好きだよ。おれ。きれいな人間、バラバラにするの。女でも男でもいいけど、とくにキレイな女。いいよね。美女は。苦しむ顔もキレイでさ。セイなんか、ほんと、あの卑屈な矯正者根性がさ。もう最高におれを楽しませてくれた。『なんでも言うこときくから、殺さないで』とか言ってさ。ほんとになんでもやってくれたから、ビックリしたなぁ」
あははと、場違いにほがらかに笑う。
思わず、ヒロキはカッとなった。平手でマナブをぶとうとしたが、逆にその手をつかまれ、ねじふせられてしまう。
「意外だね。セイはこんなことしなかったよ。そういえば、セイのやつ、死ぬ前に言ってたな。『ごめん。ヒロキ。君をだました罰だ』って。意味わかる?」
「二人でレイヤを私刑にしようって。でも、あのときには、セイの言うとおりにしても、わたしが異端者なら捕まってた。セイは自分だけ生き残ろうとした」
「なるほど。異端者どうしの美しい友情はまやかしだったんだね」
ヒロキはマナブをにらんだ。
「でも……セイは謝ってくれた。わたしのほうこそ、セイに謝らなければならないのに」
「そう。君は囮の市民だ。君だって、セイを裏切ってた」
そんなことじゃない。ヒロキの裏切りは、もっと深刻だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます