マリオネットの最期4

 *



 マナブは夢を見ていた。昼間に見る夢はイヤになる。見たくない記憶の扉をあけるから。


 山奥で暮らしていた子どものころ。それはしばしば起こった。

 田んぼで魚を狙っていた美しい白鷺が、いつのまにか白い羽をまきちらして泥のなかに沈んでいたり、カエルやドジョウの頭がなくなっていたり、無防備なウリボウが四つ足をひろげて臓物をいっぱいいたり、キレイなアゲハ蝶の羽がちぎれて必死に地面をはっていたり、ヤギやニワトリは消えるし、大好きだったチャペの生首が切り株にのっていたり……。


 夢は赤い。記憶の扉のむこう。それらはいつも鮮血に彩られている。夕焼けよりも濃密な赤。頭の芯がしびれるほどキレイ。


 ユズちゃんと二人、小学校からの帰り道。またそれが起こった。しびれるようなあの感覚に頭をなぐられて、マナブは意識を失った。


 次に気づいたとき、竹やぶのなかで音がした。マナブは怖々のぞいてみた。見たくなかったけど。それはアレが起こるときに、よく見る幻影だ。

 風が生ぐさい。イヤな予感しかしない。そっと竹やぶに入った。思ったとおりだ。あの鬼がまた現れたのだ。ちぎれた女の子の手をガリガリかじっている。


 ああ、怖い。ああ、怖い。


 あれはユズだ。鬼の足元に、さも無念そうな顔をして、ユズの生首が落ちている。ガラスみたいな瞳が悲しげにマナブを見つめる。



 ——わたしたち、大人になったら、結婚するはずだったのに——



 ごめんよ。助けられなくて。ソイツは止められないんだ。反抗したら、きっと僕まで食べられてしまう。

 そう。鬼は父の姿をしていた。マナブがとても小さいころから、ソレが起こったときには、近くに父の姿があった。


 ユズの母が異端者だなんて嘘だ。それどころか、ユズの母も父に殺され、食べられたのだ。やわらかい乳房を、すごく美味しそうにかじってた。


「マナブ。おまえの母さんは都会から来た、とてもキレイな人だった。でも、生きててはいけない人だったんだ」


 鬼は嘘つき。ああ、怖い。きっと、お母さんもアイツに食べられたんだ。

 ユズ。お母さん。いつか、僕が大人になって、アイツを倒すよ。だから、それまで待っててね。


「マナブ。何をする気だ? その包丁を置きなさい。お父さんまで食べるのか? おまえはまだ子どもだ。おまえを育てる人が必要なんだぞ?」

「おまえがお母さんを殺したんだ! 僕のユズを食べたんだ!」

「マナブ……やっぱり、おまえもあの人の子だな。生きててはいけない。だけど、それでも、お父さんはおまえが大切だ。おまえも、おまえのお母さんも、大好きだったよ」


 夢がゆがむ。父がボロボロ涙を流しながら、すがりついてきたことがある。あれは夢?


「マナブ。おまえは…………なんだ」


 何言ってるんだよ? 僕がお母さんやユズを殺すわけないだろ? 食べたのはお父さんだよ。


 でも、鮮血の夢を見ると、衝動を抑えられない。とても素敵な衝動。世界中がダンスを踊ってるような。速い。速い。心臓がとびはねる。あの衝動が、衝動が、衝動が、衝動が、衝動が——

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