裏切りの朝5


「じつは昨日、私も一枚、使ったんですよ。通報カード。あなたがた四人のなかの誰かが嘘をついている」

 ホヅミが即座にシロウを見る。

「やっぱり、あんただね?」

「なんでだよ。ショウが嘘ついてるかもしんないだろ。おれはちゃんとセイに入れた。リン、そうだな?」

「うん……」

 リンの返事はにぶい。

 ホヅミが詰問する。

「リンくん。ほんとに君は、シロウが通報カードを使うのを見たんだね?」

「えっと、カード見せびらかすと無効になるんだろ? それで、おたがい登録するときマークが見えないよう、遠くで見てたんだ。アニキがなんかのカードに名前書いて登録したのは、ほんと。けど、なんのマークだったかまでは……」と言ったあと、リンは急にとんでもないことを口走った。

「あっ、でも、おれ、レイヤのマークは見たよ。丸い輪っか二つに紐だった! レイヤ、昨日、一時半ごろに登録してたよね。あれって、やっぱ逮捕カード?」

 一同は凍りついたように静まりかえる。リンはあっけにとられて周囲を見まわした。

「あれ? おれ、なんか変なこと言った?」

 マナブがため息をつく。

「……バカか。君は。このなかには、まだ危険な異端者がいるんだぞ。捜査官がやられたら、ゲームは終了だ」

「ああッ」と叫んで、今さらリンは自分の口を手でふさぐ。

 ホヅミがつぶやいた。

「捜査官はレイヤだったのか……」

 レイヤは答えない。かわりに、マナブが口をひらく。

「まあ待てよ。捜査官は自分から身分を明かせないんだろ。それより、さっきから気になってるんだけど。セイは正しい逮捕だったって。あれ、どういうこと? セイは異端者。囮じゃなかったってことだよな?」

 ショウがトランプを切りながら、さらりと言った。

「囮はセイではなく、ヒロキだった——ってことじゃないですか?」

 ヒロキはうつむいた。

「ごめんなさい。わたし、すごく矯正者らしいから、そのほうがゲームがおもしろくなるって。神島所長が……」

 うわっと声をあげ、マナブが髪をかきまわす。

「なんだよ。それ! おれら、市民をリンチしちゃったってことか? どうするよ? 評価ポイント」

 ホヅミやリンも青くなる。くくくっと、ショウはくぐもった笑い声をたてた。

「見事に我々全員ひっかかりましたね。そういう目的での人選なら、たしかに効果的でした。ルールにも市民によるリンチは禁ずると書かれていたし」

 ふん、と口をゆがめたのはシロウだ。

「要は残りの異端者を当てりゃいいんだろ。評価ポイントがどれほどのもんか知らねぇが、裸にむいたていどでそこまでマイナスになんねぇよ」

 マナブが挑発する。

「あんたはセイに入れたらしいからな。三百ポイントのプラスがある。けど、こっちは囮の市民に貴重なカード一枚使ったんだ。まあ、ほんとにあんたがセイに使ったかどうか証拠はないけどな。案外、自分は評価ポイントと無縁だから、安心してたりして?」

「なんだと」

 シロウが憤る。しかし、今度はレイヤがあいだに入った。

「ポイントがどうこうじゃない。相手は一晩で二人も殺したんだぞ。そうとうに危険な異端者だ。すぐにあぶりださないと、生きて終わりを迎えられる保証はない」

 シロウとマナブは黙りこんだ。レイヤが捜査官らしく、全員に向かって問いかける。

「誰でもいい。参加者の怪しい行動を見なかったか? 犯人は廊下であれだけの凶行をやってのけてる。目撃者がいて不思議はない」

 誰も答えない。ショウが疑問をなげかけた。

「レイヤ。反対にあなたに聞きたい。あなたの部屋はセイの隣室ですよね。朝まで何も気づかなかったんですか? 物音にも?」

 レイヤはちょっと変な笑いかたをした。舌なめずりでもするような。

「おれは眠りが深いんだよ」

 そう言われれば、誰にも反論しようがない。でも、なんとなく、誰もが違和感をおぼえたはず。

 しばし沈黙。

 やがて、またマナブが言いだした。

「そう言えば、なんでリンは夜遅くまで、うろちょろしてたんだ? レイヤが登録するとこ見たって。それって廊下ほっつき歩いてたんだろ? 危ないぞ」

 リンは赤くなって、ヒロキを見つめてくる。

「おれ、昨日はなんか興奮しちゃって。寝れなかったんだ。お、女の子の、その……初めて見たからさ」

 ヒロキの裸を、という意味だろう。そんな熱っぽい目をされても困る。昨夜のあれは、ヒロキには暴力だった。

「なんにも見なかったの? セイが誰かといっしょにいたとか」と、マナブ。

「セイがヒロキと歩いてるとこは見た。レイヤが登録してった、ちょっと、あとかなぁ。おれ、そのあと自分の部屋に帰って寝たんすよ。あ、でも、その前に——」

 思わせぶりに言うので、みんなが身をのりだす。問いつめたのはホヅミだ。

「何か見たの? 犯人でも?」

「ええと、犯人かどうかはわかんないけど、食堂でショウがテーブルの下にかがみこんでるのは見たなぁ」

「いつ? 正確に思いだせない?」

「えっ? ええと……おれ、食堂でジュース飲んでて。それから部屋と反対の廊下をぐるっとまわった」

 リンは食堂の奥を指さす。

「で、かどまで来たとき、レイヤ見かけて……ってことは、ショウを見たのはレイヤの前。食堂を出て、ふりかえったときかな」

 今度は全員の視線が、ショウにそそがれた。ショウは肩をすくめる。

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