八章 異端の呼び声

異端の呼び声1



 ヒロキたちと別れ、レイヤは自室に帰った。昨夜も夜明け近くまでスパイ活動をしていた。昼間はできるだけ眠っていたい。レイヤの行動はちくいちユウトに見張られているだろう。が、だからと言って真っ昼間にスパイはできない。じゃっかんにしろ、夜のほうが証拠は残りにくい。

 ユウトが今のところ、レイヤを好きにさせているのは、いずれ捕まえるつもりだからだ。レイヤへの復讐のために。

 ユウトの気持ち、わからないではない。レイヤはたしかにユウトを利用した。それはまぎれもない事実。でも、これを言えば、言いわけになるかもしれないが、十年前、レイヤはユウトを嫌ってなかった。たしかに、ユウトは罰のあいだ厳しかった。しかし、ふだんは紳士だった。レイヤはとびきりの美少年だったから、変に迫ってくる教官もいるなかで、ユウトはそういう相手からかばってくれていた。

 レイヤもいつのまにか、彼をただの教官以上に頼りにしていた。ときには、ムツヤたちとすごした日々を思いだした。レイヤは兄弟たちのなかで最年長だったが、もし兄があれば、こんな感じかとすら考えた。

 だから、彼をだまして悪かったと思う。いっしょに逃げようと誘ったのは、そのあとユウトがどんな懲罰ちょうばつを受けるか想像がついたからだ。忍びない気がした。

 レイヤが異端に堕ちたのは、あくまでヒミコやムツヤを救うための尊い犠牲のつもりだった。まさか、利用したつもりの教官に同情してしまうなんて。

 自分もヒロキと同じなのだ。首輪をつけられて、教官に手なづけられて、愛人でこそなかったが、慕っていた。ヒロキを見てイライラするのは、そのせいだろう。ヒロキに以前の自分の姿を重ねてしまうからだ。


(ヒロキには、やつあたりだな)


 レイヤは自嘲的に笑った。わかっている。自分はヒロキに惹かれているのだ。だからこそ、あんなふうに誰にでも尻尾をふってみせるヒロキがゆるせない。レイヤに気のあるそぶりを見せたすぐあとで、ユウトにすがるような視線をなげる。さらには、マナブの腕に抱かれる。あれじゃ、ほんとは誰が好きなのかわからない。ヒロキは男なら誰でもいいんだと、レイヤが思ってもしかたない。


(とんでもないヤツに心をうばわれてしまった。おれにはヒミコがいるのに)


 ヒミコのことは今でも鮮明におぼえている。目を閉じれば、あの子の愛くるしい顔も浮かぶ。会えば、まちがいなく愛しく思う。それは確実だ。

 それなのに、なぜ、矯正されたヒロキになんて惹かれてしまったのだろう。ヒロキの顔立ちがヒミコに似ているからだろうか。似てるというより、そっくりだ。もし、ヒミコが十七に成長すれば、今のヒロキのようになっているだろう。


(姉妹? 同じ遺伝子をもった……)


 ヒミコ自身はふつうの子どもとして養子に出されたという。実験には失敗したが、RTR抗体を持つ優秀な素材ではある。政府はヒミコのクローンを造って、ばらまいたのではないか。五人なのか、十人なのか、百人なのかは知らない。そのさい、より一般的な黒髪黒い瞳に改良したのだ。ヒロキはそのなかの一人だとしたら、あの酷似にも納得がいく。


(だが、クローンなら、年がもう少し下だ。ヒミコはおれより四つか五つ年下だった。それよりさらに三、四つ下なら、十三、四。ヒロキはちょうどヒミコくらいだ……)


 この符合はなんだというのか。ヒロキがヒミコのはずはないのに。まず、名前が違う。ヒミコは緋色の巫子。だから、緋巫子ひみこ。瑠璃の対。しかし、養子に出すさい、名前は変えられたのかもしれない……。


 ヒミコ。

 ヒロキ。

 同じヒの文字。

 ヒロキはいったい漢字ではどう書くのだろう? ちゃんと聞いておけばよかった——と考えて、レイヤは笑った。

 いや、違う。決定的に異なる点がある。ヒロキはヒミコではない。なぜなら、ヒミコは赤毛だった。血のように赤いあの髪の色。瞳も紫だった。


(バカだな。おれも。ヒロキがヒミコであってほしかったのか)


 名は変えられる。でも、髪の色は変えられない。ヒロキの髪は染めた色ではなかった。眉やまつげと同じだし、生えぎわまで黒い。どう見ても自然のままのカラーだ。

 レイヤのように、首に染みついた首飾りの色を落とすために、色素を溶かす薬を飲んだとしてもだ。赤い髪が黒くはならない。


 レイヤは考え疲れて、ベッドによこになった。目を閉じると、すぐに眠くなる。しばし寝入っていた。目がさめたのはレジスタンスの勘だ。


 誰かがいる。

 この部屋のなかに。


 レイヤはとびおきた。反射的に枕の下に手を入れる。

 どこからかクスクスと笑い声が降ってきた。

「あなたの頼みの綱はここですよ」

 するりと通風口から、ショウがおりてきた。手にレイヤの護身用のナイフを持っている。

 レイヤは考えた。

「そうか。おまえ、セイの部屋に隠れてたのか。ショウ」

「みなさん、私がセイのIDカードを持ってること、お忘れのようでしたね」

「この部屋とセイの部屋はダクトでつながってる」

「ご名答。あなたが外に出てるうちに、室内は物色させていただきました。怖い武器をもっていますね。あなた」

「返せ」

「イヤです。私も殺されたくはない。まずは話しあいませんか?」

「なんの話を?」

「はっきりさせておきたい。あなたは捜査官ではありませんね? レイヤ。ではなぜ、捜査官のふりをしているんですか?」

 レイヤは肩をすくめた。

「捜査官を守るのが市民のつとめだろ? おれが捜査官だと思われていれば、本物の捜査官は異端者に狙われない」

「あなたが市民なら、その解答はパーフェクトです。が——」

「おれが異端者だとでも?」

 ショウの目がキラリと光る。優しい見ためのわりに危険な男だと、レイヤは見ぬいた。ショウが問いつめてくる。

「あなたは昨夜一晩中、この部屋にいなかった。どこで何をしていましたか?」

「……」

「それに、このナイフ。これなら充分、死体を解体できる。セイやホヅミの死体のように」

 レイヤは賭けに出た。

「おれが異端者だとしたら、どうする気だ?」

 すると、ショウは笑いだした。

「あなたと腹を割って話したい」

 そして、ショウが言ったのは思いがけない言葉だった。

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