残酷な一夜2
ヒロキは言われている意味がわからなかった。でも、それは市民にはすぐに理解できる話題だったらしい。
「沈黙のマリオネットって、あの連続殺人犯か? 被害者の口を切り裂いてから縫いあわせるんだろ?」と、シロウ。
カレンは目を輝かせている。マナブがうなずいて答える。
「有名だからね。でも、アレ、捕まったんじゃないの?」
「異端狩りか。まあ、あんだけ派手にあばれまわればなぁ。ふつう人の領域じゃないよな。完全に異端者」
「歴代ワーストクラスの破壊衝動だって習ったな」と、ホヅミも言う。
どうやら、ヒロキが収容所に入ってからあと、外の世界で殺戮をくりかえした異端者らしい。ヒロキとリン意外は、その話になんらかの反応を示した。
ヨウコは苦しげにうめきながら、それでもまだ訴える。
「わたしの恋人がそいつに殺されたの。二年前。仕事で遅くなって、空き地をつっきって近道しようとしたのね。そのときに……朝になって、発見された遺体には、アイツの印が……」
さっきシロウが言っていたように、口を縫われていたという意味か。
荒く息をつくヨウコをさすがに見かねたのか、ホヅミが自分のハンカチを出して、ヨウコの傷口をきつく縛った。ヨウコは感謝するでもなく続ける。
「だから、あたしはアイツに復讐する。そのために、ここへ来た。沈黙のマリオネットがいたら、絶対に殺してやる」
凶悪な連続殺人犯に復讐するために追ってきた。ヨウコのどこか常軌を逸した行動の数々はそのためだった。そう聞けば、納得がいく。
「でも、捕まってたとしても、マリオネットが必ずこのゲームに参加してるわけじゃないだろ? だって、参加者を決定するのは収容所の所長だって話だ」と、マナブが首をかしげる。
「聞いたのよ。沈黙のマリオネットが前回、このゲームに参加してたって。それで、人をたくさん殺すのをテレビで見て、一般人が喜んだってわけ。けっこう人気者らしい。視聴率をあげるための人選なんじゃないの? うちはそこまで金持ちじゃないから、放送は入らないけど」
ヒロキには青天の
ヒロキはひっそりと涙を流していた。だが、このときもっと早く危険を察知していなければならなかったのだ。
ヨウコは告げた。
「だから、かなりの確率でアイツはいる。このなかにまぎれこんだ異端者がソレなんだ。早く、異端者をあぶりだそうよ」
そう言って、ヨウコは自分が落としたナイフに手を伸ばした。彼女の目的を察して、シロウがさきにひろう。
「おっと、誰彼なく刺してまわられたんじゃたまんねぇからな。けど、あんたのやりたいことはわかったよ。全員、怪我をすりゃ、そいつが異端者かどうかわかる……そういうことだな?」
一人ずつナイフで傷をつけてみる——やっとヒロキはそれに気づいた。そんなことされたら、ヒロキが異端者だと一発でわかってしまう。破壊衝動は殺されたが、再生はする。いや、それだけじゃない。痛みは嫌い。あの異端審問会で首輪をつけられてから、どんな小さな痛みでも耐えられなくなった。
(に……逃げなくちゃ。ここにいちゃダメ。早く……)
ひざがガクガクふるえる。ちょっとずつあとずさって逃げだそうとした。が、椅子にひっかかって足がもつれる。ガタンと大きな音を立て、みんなの目がヒロキに集中する。
ヒロキはとつぜん、自分が狼の群れのなかになげこまれた一匹の小羊だと知った。みんなの目が怖い。
こんなことは前にもあった。七年前。あの運命の日。狩りに走る人々の目。ヒロキを追い立てるときの冷徹な。それに、異端審問会……。
鳴り響くサイレン。犬の吠え声。追いかけられて、捕まった。そのあと、檻に入れられ、つれてこられたのが、この異端収容所だ。到着するとすぐ、収容所内にある審問室へなげこまれた。神島を始めとする数人の男が、円形にならんだ座席にすわっていた。
室内の中央に追いやられたヒロキは、両側から兵士に押さえられ、鉄製の首輪をはめられた。それがどんなに恐ろしいものか、そのときはまだわかっていなかった。
「では、異端審問会を始めよう。嫌疑人は正直に答えるがいい。おまえは
神島に言われ、ヒロキは戸惑った。グール……自分はグールなんかじゃない。なのに、なぜ、みんなが自分を見てそう言うのか?
ヒロキは泣いた。怖くてたまらなかったからだ。しかし、そこにいる大人たちに、ヒロキの涙は無力だった。誰もなんの同情もしない。
「泣けばすむと思っているのか。どっちみち、証言がそろっている。おまえの指が再生する瞬間を、クラスの全員と教師が見ている」
神島がパチリと指を鳴らした。それが何かの合図だったようだ。一瞬、首輪がチクンとした。赤ちゃん用の小さな小さな針が、ヒロキの首を刺した。そのとき、恐ろしい機械がヒロキの体内に侵入したのだ。ヒロキを一匹の弱々しい獣に変える機械が。
「今のうちに白状したほうがいいぞ? 素直に言えば、電流は流さないでやる」
「違う……違う……わたし……」
グールなんかじゃないという言葉はとうとつにとぎれた。ヒロキの口からほとばしる絶叫にかきけされたのだ。首輪が炎のように熱くなり、首から上が焼けるように痛んだ。前に静電気でピリッとしたことがある。あれを何百倍も強くしたような激烈な痛みだ。ヒロキは失神した。
そのあと、何度、電撃をくらったかおぼえていない。そのたびに泡をふいて倒れた。怖くて、恐ろしくて、このまま殺されると思った。
「意外に強情だな。じゃあ、指の一本でも切断してやればいい。審問官の目の前で再生が起これば、言いのがれはできない」
「やれ。所長」
「かしこまりました」
審問官のなかには神島より上位の者もいたのだろう。そんなふうに言われていた。そして、神島の命令でヒロキの前に大きな肉切り包丁が——
ヒロキはもうやめてと泣き叫んだ。自分がグールだと認めたのは、ただ苦痛から逃れたかったからだ。それでも、けっきょく包丁は残酷な働きをした。肉が食べたい。そこにいる男たちの肉。床に落ちたあの指でもいい。急速に頭がグルグルして、我を忘れそうになるヒロキの脳を最高圧の電流が焼いた。
あのとき、ヒロキは一度死んだのだ。生まれたままの本来のヒロキは。もともと攻撃的ではなかったが、人なつこく、物おじしない子だと養父母には言われていた。クラスでも、明るくハキハキしていると。
今のヒロキはあの夜に誕生した、偽者の自分。焼かれて灰になった脳髄をかき集めてできた、いつもビクビクおびえている子鹿。そういう何かだ。
今また、まわりの人々の自分を見る目が、あのときと同じだ。
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