屍喰鬼ゲーム3〜異端狩り〜

涼森巳王(東堂薫)

プロローグ

プロローグ



 2025年——

 最初の逃走はひそやかに起こった。ただ数人の研究者が殺されただけ。


 2026年——

 社会がその脅威を認知せぬままに、彼らは人知れず仲間を増やしていった。一人ずつ、じわじわと。しかし、見すごすことのできない速さで。


 2036年——

 二度めの、そしてとても重要な、ある逃走があった。改良型RTR抗体計画の頓挫とんざ。その事実もまた、すみやかに闇に葬られた。だがしかし、このころから、は都市伝説として人々の口の端にのぼる。


 2040年——

 屍喰鬼グール亜種の存在を政府が公表。国民にまぎれたを人々は知ることとなる。


 2041年——

 屍喰鬼亜種は異端と呼ばれ、それらを狩る特別治安部隊が組織された。異端狩りの始まりである。


 2043年——

 沈黙のマリオネット、降臨。


 2045年——

 異端者を収容管理する異端収容所が敷設されたが、あまりにも嫌疑希薄な者まで集めたため、施設はつねに飽和状態となる。

 政府は一部の嫌疑希薄者の容認地区内のみでの自由行動を認める。異端都市ヴァルハラの誕生である。ヴァルハラ市民権は異端者同士が命をかけて争い、勝利者への特権としてあたえられる。戦いは年に二回開催。中継は特権階級むけに放映される。すなわち、屍喰鬼ゲーム。


 2048年——

 第六回屍喰鬼ゲーム開催。



 *



 2041年。春。

 そのころ、ヒロキは十歳だった。ごくふつうの小学生だ。ほんとの両親は子どものころに死んでしまったと聞かされていた。そのため、年老いた養父母に育てられていたが、とくに不満もなく、学校には友達もいて、毎日が楽しかった。


 ヒロキにとって、は大人たちが数人集まると、コソコソと話す怪しいウワサ話にすぎなかった。なんの話をしてるのかと聞けば、子どもはあっちに行っていなさいと言われた。


 友達のなかで、そういう話をいつも最初に小耳にはさんでくるのは、ナズナだった。


「ねぇ、知ってる? グールっていうのが、あたしたちのなかにまざってるんだって」


 みんなはそれぞれの顔を見あわせる。みんな、怖がりつつもワクワクした表情だ。学校の怪談や七不思議を嫌いな子どもなんていない。

「まざってる?」

「グール?」


 ナズナちゃんは得意そうに打ちあける。

「昨日、ママが電話で話してたよ。グールっていうのは人間の肉を食べるバケモノなんだって。だけど、ふだんは人間に化けてて、見わけらんないの。今ね、日本中でそのバケモノが二百人くらいはいるんだって。怖いね。最近、ノラ猫が何匹も殺されてるのはそのせいだって」

「ああ、猫の首がちょんぎられて、どっかのうちの門の上にのってたんだっけ?」

「怖いよ。首だけ? 体は?」

「バケモノが食べたんじゃないの?」

「ヤダー!」


 すると、ナズナちゃんはわざとらしいくらい恐ろしそうな顔をする。

「このへんにグールがいるんだよ。学校帰りに声かけられるかも」

「ヤダ。やめて!」

「怖いよ」

「大丈夫。グールを見わける方法があるんだ」


 どうするの? どうするの? と、みんながたずねる。


「グールはいつも人間を食べるんじゃないんだ。食べるのは、ケガしたとき。ケガすると、治すために肉が欲しくて欲しくてしかたなくなって、ものすごくあばれるんだって、ママが話してた。だから、グールに声かけられても、ケガさせなければ大丈夫だよ」


 この話がまたたくまに学校じゅうにひろがって、三日後には「ナイフを持ったグールが『刺したほうがいい? それとも刺されるほうがいい?』って聞いてくるから『刺されるほうがいい』と答えると、そのまま逃げていくけど、『刺したほうがいい』と言ってしまうと、自分にナイフを刺したグールが肉を食べるまで追ってくる」という怪談に変わっていた。


 この話を養母に話すと、笑ったものだ。


「おばあちゃんが子どものころには口裂け女ってのが流行ったもんだよ。今はそんな話がウワサになってるんだね。さあ、手洗っておいで。ドーナツ作っておいたよ」

「嘘じゃないよ。サツキちゃんも、メグちゃんも見たって」

「心配ないよ。グールはね。異端狩りが捕まえてくれるから」


 いたんがり……?


 子どもなので、その意味はわからなかった。でも、警察みたいなものが怖いオバケを退治してくれてるんだと聞いてホッとした。


 そのときは、まだ知らなかったからだ。それからわずか二日後に、自分自身が異端狩りに追われることになるとは。


 あの日の悪夢は今も忘れない。学校の家庭科の授業で、ニンジンを切っていた。ナズナちゃんがほかの子とふざけあっていて、押された拍子にヒロキの背中にぶつかってきた。それで……まな板の上に鮮血がほとばしった。そこにチョンと載っているのは、ニンジンよりずっと細くて小さいものだ。ヒロキの左手の人差し指。


 悲鳴があちこちであがった。


「せ、先生! ヒロキちゃんの指が!」

「救急車! 救急車! 先生、救急車呼ぶから。みんな、動かないで!」

「ヒロキちゃん。大丈夫? 痛くない?」

「ごめんね。ごめんね。あたしがふざけてたから……」


 でも、なんだろう?

 ヒロキにはみんなのさわぐ声がとても遠かった。頭がグルグルして、そのあとのことは覚えてない。


 次に気づいたときは、下校路を走っていた。町じゅうにサイレンの音がこだましていた。警察の車や、大きな盾を持った大人がたくさん走りまわっていた。


「あっちだ! あっちへ行ったぞ」

「逃がすな。まわりこめ!」

「グールだ。まちがいなくグール亜種だ!」


(グール? グールって、人間を食べるオバケ? グールが出たの?)


 不安に思いながら、かどをまがったさきで、警官隊と鉢合わせする。


「いた! グールだ!」

「こっちだ!」

「捕まえろ!」


 呼び子が吹きならされ、銃を持った人や犬をつれた警官が大勢かけつけてくる。


 怖い。走っても、走っても、さきまわりされ、追いかけられる。

 何よりも怖いのは、みんながヒロキを見て叫ぶことだ。グールだ、グールだと。


(グール? わたしがグールなの? わたしは違うよ)


 でも、ふと見ると、ちぎれたはずの指がある。ちゃんと、ひっついてる。それにもう痛くない。


(なんで……なんで、こんなことに……)


 涙があふれる。

 真っ赤な夕焼けのなか、ヒロキはただ走った。

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