異端の呼び声7

 *



 食堂で今朝のメニューから、レイヤは鮭の塩焼き定食をえらんだ。ワカメの味噌汁に冷奴、花形のニンジンとシイタケの煮物に白米だ。香の物はナスの浅漬け。トレーを自室に持って帰り、となりの壁をたたく。

 昨日は腹を割って話そうというショウを、考えておくと言って追いかえした。だが、リンとシロウがリタイアした今こそ、話しあいが必要だ。

 レイヤはまだショウを全面的に信用したわけではない。ショウの行動はトリッキーすぎる。あるいは、彼こそが異端者ではないかとも思う。

 今となっては、ホヅミの部屋へは、空室の通風口を使えば誰でも侵入できたことがわかっている。そのすぐあとに姿を隠さなければならないのは、犯人である異端者だけだ。

 レイヤに近づいてきたのは、捜査官なのかさぐりを入れるためとも言える。

 しかし、その一方でこうも思う。昨日、その気になれば、ショウはレイヤを殺せた。それをしなかったのは、レイヤの信頼を得るためだったのか? それとも、ほんとにレイヤを殺す気がなかったからか?

 ここらで白黒つけておきたい。参加者はすでに半数に減っている。いつ終了してもおかしくない。その前にヒミコを見つけなければならない。よけいなことに時間をついやしている場合じゃない。


 壁をたたくと、まもなく通風口を使って、ショウがやってきた。

「朝食ですか。いいですね。でも、私は魚、嫌いですよ。それに朝はパンでないと」

「だったら、おまえのID貸せよ。とってきてやる」

「嬉しいな。昨日から非常食ばっかりで、いいかげん飽き飽きしてました。では、お任せしますよ」

 ショウはすんなり、レイヤにIDカードを渡してきた。いちおう信用しているのだろうか?

 レイヤがイングリッシュブレックファーストを持って帰ると、それにも、ショウはケチをつけた。

「私はスクランブルよりボイルドエッグが好きなんですけどねぇ。それか目玉焼き。両目でね」

「うるさいやつだな」

「すみません。これでも育ちがいいもので」

 二人でならんで食事をとった。あれほど文句を言ったくせに、スクランブルエッグをたっぷりのせたトーストを頬ばり、ショウは満足の声をあげた。

「卵が新鮮だなぁ。うまい。レイヤは不機嫌ですね。おもしろくないことでもありました?」

「関係ないだろ」

「レイヤは表情がとぼしいけど、よく見れば、意外と直情的なんだとわかりますよ。頑固だし、気位が高い。そんなにツンツンしてると、可愛い子犬に逃げられてしまいますよ」

 痛いところをついてくる。レイヤはショウをにらんだ。

 ショウは優しい狐みたいなおもてに、色っぽい笑みを浮かべる。

「図星でしょう?」

「ウルサイ。おれはこんなムダ話するために、おまえを呼んだわけじゃない。昨日の続きだ。話しあいに応じよう」

「そうこなくちゃ」

「おまえ、昨日、笑ったよな。おれが異端者だと言ったとき。なんでだ?」

「私はすべてを知ってるからです。あなたは異端者ではない」

「ヒロキには、おれが異端者だと言ったそうじゃないか」

「あのときはまだ迷ってたんですよ。リンの話を聞く前でしたしね」

「おまえ自身が異端者じゃないのか?」

 それに対して、ショウは肩をすくめた。

「暴力傾向なんて、誰でも少しは持ってると思うんですけどね。まあ、それより、リンが目撃したあなたの深夜の登録です。あれ、単に落としものを届けただけなんですよね? 紛失物は常時、受けつける」

「なんで、わかった?」

「あなたほどの人なら、登録の現場を誰かに見られるなんてありえない。もし、あなたが捜査官か異端者で、ほんとに自分のカードを使うなら、もっと用心したはずだ」

「それはそうだろうな」

「見られてもかまわなかったから無用心だったんだ。あのとき、リンと顔をあわせたなら、あなたはふつうに声をかけていたでしょう」

「早く寝ろと忠告しただろうな。ジャマだから」

「そこなんですよ。私を迷わせたのは。あなたは異端者でも捜査官でもない。異端者なら、捜査官のカードを紛失物として届けでるはずがない。ひそかに処分する。ということは、あなたは異端者でも捜査官でもない。市民だ。それなのに、あなたにはおかしな行動が多すぎた。あなた、ほんとは何者ですか?」

「それを言うなら、おまえだってだろ? なんのために隠れてるんだ?」

 ショウはデザートのイチゴを食べる手をとめ、真顔で答える。

「ホヅミが殺されたからです」

「ホヅミが?」

「そう。ホヅミが。次に殺されるのは私だったはずなんです」

「なぜ、わかる?」

 ショウは丁寧に説明してくれた。それは、レイヤにも納得のいく内容だった。

「なるほど。そういうことか」

「あなただって、もっとゲームに真剣になってれば、気づいたはずなんですがね」

「おれには事情がある」

「その事情を教えてくれませんか?」

「話したら、おまえ、ふつうの市民ではいられなくなるぞ」

「いいですね。将来の役に立つかもしれない」

 レイヤは声をひそめ、語った。自分の生い立ち。ヒミコという赤い髪の女の子を探していること。さすがにレジスタンスだとは言わなかった。が、それで充分、異常行動の説明はついた。

「じゃあ、その子が見つかるまで、あなたはゲームの決着を先送りしたかったわけですか。それで、あんなに捜査官に非協力的だったのか」

「おれにとって大事なのは、ヒミコだけだからな。彼女を保護できれば、それでいい」

「ほんとにそうですか? あなた、それでいいんですか? このままだと、ヒロキを見殺しにしますよ?」

 そう言われれば迷う。さっきのヒロキのつれない態度が脳裏によみがえる。この前までウルサイほど、つきまとってきたくせに、ちょっとマナブに優しくされると、もうレイヤはどうでもいいらしい。

「あんなやつ……勝手にすればいいんだ」

 ショウは吐息をついた。

「それじゃ、しかたないですね。私だけでヒロキの部屋に行ってみます。でも、後悔するなら、今のうちにあらためておくべきですよ」

 そんなことは言われなくてもわかっている。


(ヒロキ……)


 おれは後悔するだろうか? おまえが死ねば、泣くだろうか?

 レイヤは迷った。

 ヒミコをとるか、ヒロキをとるか。時間はもう、あまりない。

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