第六回屍喰鬼ゲーム開催2



 そうして、今、ヒロキはここにいる。

 ほんとはそれでもまだ少し迷ったのだが。

 神島は本気でヒロキと別れたいのだろうか? ヒロキがこんなに彼を慕っていると知ってるくせに?


 そんなことを考えながら、ヒロキたち四人は旧セクションへと連行された。

 建物の入口は鋼鉄の両扉で守られている。生体認証で開閉は完全に管理されていた。そのまま、正面のエレベーターに乗せられる。箱が上昇し、ひらいたドアのむこうは長い廊下だ。老朽化していると言われていたわりには、設備は新しい印象を受けた。


 銃をつきつけられながら、長い廊下を歩く。高さから言って五階か六階だ。会場へはまだつかないのだろうか?


 すると、とつぜん、最後尾を歩いていたヒロキは背後から口をふさがれた。ギョッとして目だけで見ると、兵士の一人がうしろからヒロキをはがいじめにしている。神島の愛人であるヒロキは、収容所に出入りするほとんどの兵士の顔を知っている。たしか、この男は荻野という名前だったはず。


 荻野はヒロキをかかえたまま、誰の目にも届かないところまで後退し、いきなり壁に押しつけてきた。

「ヒロキ。いいだろ? おまえはどうせ、このゲームで死ぬんだ。ずっと、好きだったんだよ。所長の愛人じゃ、手が出せなかったけど、死ぬ前に一度だけ……」


 そう言って、ヒロキの服のなかへ手をつっこんでくる。荻野が何をするつもりなのかわかって、ヒロキは悲しくなった。これからヒロキは命をかけたゲームをする。それに勝てば自由になるし、負ければ死ぬ。今後の人生そのものを決定する大事な日。こんなときにまで虐げられる身分である自分が、ほんとにイヤになる。


「やめて。イヤ!」

「異端の犬なら犬らしくしろ!」


 抗うと平手で頬をぶたれた。痛みは嫌いだ。自分のなかの化け物が目をさましそうな気がするから。それが覚醒することはもう二度とないのだけれど。七年前に幾度も電流をあびせられて、焼き殺されてしまった。


 無気力にされるがままになる。が、まもなく、エレベーターのドアがひらく音がした。複数の足音がする。荻野はあわてたが、もう遅い。神島の腹心の部下である吉沢副所長が、じきじきに一人の男をつれてくる。吉沢は若いが、その冷静さを神島に買われた男だ。鷹のようにすきなく、侮蔑的な目をなげてくる。

「そこ、何してる?」

 荻野はゴニョゴニョと何か言ったあと、走って逃げだしていった。


「大丈夫か?」

 目の前に、すっと手がさしだされる。

 ヒロキはこんなところを見られて恥ずかしさのあまり、死んでしまいたい気がした。

 涙ぐんでいると、その人は強引にヒロキの手をつかみ、立ちあがらせた。私物からタオルを出してさしだしてくる。


「涙、ふけば」

「あ……ありがとう」


 タオルで涙をふき、見あげたヒロキはドキリとする。

 立っていたのは、背の高い白銀の髪の青年。瞳は青い。西洋人のように色白で、ノーブルに整った面差し。二十歳すぎだろうか。きわめて端正だが、ヒロキが気になったのは、そこじゃない。なぜか、目があった瞬間、妙に胸の奥がざわついた。なんだろうか? この不安なような、悲しいような独特な感情は?

 美しき死神。

 彼とかかわると悪いことが起こりそうな気がする。

 

 吉沢が事務的な声で言った。

「荻野を訴えるか? おまえたちは異端者、または異端嫌疑人だが、ゲーム中は参加者全員にヴァルハラ仮市民の身分があたえられる。さきほどの荻野の行為は、未成年者への虐待。充分、異端で訴えられるが?」

 ヒロキは首をふった。どうせ、なれたことだ。今さら訴えるまでもない。

「では、ここからは君たちだけで行け。まっすぐ進めば会場につく」

 吉沢はひきかえしてエレベーターに乗りこむ。

 ヒロキは神秘的な銀髪の青年と二人で歩きだした。

「君、名前は?」と彼がたずねる。

「ヒロキ。入谷……緋色姫」

 異端に堕ちて、とりあげられた姓を名乗るのは七年ぶりだ。家畜から人間に戻れた気がした。

「ヒロキか。おれは内藤玲夜。レイヤでいいよ」

 レイヤ。

 彼にふさわしい涼しげな響き。

「さっきは……ありがとう。あの……」

 レイヤはどう思っただろう。ヒロキが異端者だと気づいただろうか。

「タオル、洗って返します」

「別にいいよ。なかで日用品は支給されるんだろ?」

「そう聞きました」


 長い廊下を歩いていくあいだ、ヒロキはとても嬉しかった。

 一人で心細かったし、それに、他人に優しくされるなんて、ほんとにひさしぶりだ。心がふるえるほど感激した。レイヤにはごくあたりまえの市民的行動だったのかもしれないが。

 レイヤの背中を見ると、きゅっと胸がしめつけられる。できることなら、この人とは争わないでいられたらいいと願う。


 廊下のさきに鋼鉄のハッチがあった。その向こうこそ、ゲーム会場だ。泣いても笑っても逃げだせない。

 とつぜん、ハッチの前でレイヤが言った。

「なぜ、訴えないんだ?」

「え?」

「さっきの看守だよ。訴えればいいだろう?」

 ヒロキは黙りこんだ。


(そうか。ふつうの市民なら、訴えるのがあたりまえなんだ。男に犯されそうになって泣き寝入りするなんて、ありえないんだ。異端がしみついたわたしには、看守を訴えるなんて考えられないけど……)


 どうにか、とりつくろう。

「だって……これからゲームなのに。裁判の手続きとか、たいへんそうだから……」

 レイヤの目がちょっと冷たくなる。

「君、もっと自分をハッキリ持てば?」

「す、すいません……」

 ハッチの前に二人が立つと、自動でひらいた。なかはロビーになっていた。さっき、いっしょに来た三人の女のほか、四人の男がいる。

 ここがゲーム会場……。

 この場所で、この人たちと争う。

 ヒロキの緊張はピークに達した。

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