第六回屍喰鬼ゲーム開催3



 会場の見取り図がハッチのよこにある。会場は大きな四角がさらに田の字に区切られている。入ってすぐがロビー。受付カウンターにアンドロイドが一体。ロビーからつながる田の字の二面は個室フロア。参加者の寝室になる。ロビーの対角線上に位置するのが食堂だ。

 ロビーにはテーブルセットや観葉樹の鉢植えが置かれていた。右手の壁面は巨大スクリーンだ。美しい自然の風景が映しだされている。


 ヒロキとレイヤがロビーに入ると、先着の男たちの視線が集まる。ヒュウと一人が口笛をふいた。

「すげぇ美少女だな」

 ヒロキの苦手なタイプの男だ。収容所の看守や教官によくいる横柄で暴力的な男。二十七、八だろうか。参加者のなかで最年長らしい。外見はひじょうに精悍せいかん。色黒で筋肉質なスポーツマンタイプ。短く切った黒髪を立たせ、どことなく狼っぽい。


 ほかの三人もそれぞれに整っている。参加者を顔で選んだのかと思うほどだ。

 なかでも一人、群をぬいて華やかな美貌の男がいる。凛としたレイヤとは、また別の美しさだ。くっきりした二重まぶたの大きな目。大きな口。いつも自然に人目をひく。性格も明るいようで、ヒロキと目があうと、手をふってウィンクしてきた。

「君、可愛いね。おれ、城崎真武しろさきまなぶ。職業はアクターってとこかな。地方巡業ばっかでテレビ出るほどじゃないんだが。いつか有名になって、本物のテレビスターになりたいんだ」

 物怖じしないようすで、マナブが自己紹介した。それを聞いて、一同はたがいの顔を見あわせる。次々に名乗りだした。さっきの狼顔の男は、今井獅郎いまいしろうという名だ。

「修繕屋だ。配管や電気系統の修理」


 次に口をひらいたのは、ヒロキと同じ護送車にいたメガネの女だ。

「紺野穂積。医大生。わたしがなんで捕まったのか意味わかんない。ヴァルハラにも医大はあるって聞いたから、ゲームに参加することにしたの」

 異端嫌疑人は異端狩りで捕まり、収容所に送られてきたばかりだ。まだ異端審問会もすんでいない。グールゲームに勝てば、そのままヴァルハラの市民になれる。十年素行に問題なければ、ヴァルハラ以外にも移り住める。


 ホヅミの自己紹介に、シロウがつっかかる。

「わかんねぇわけあるか? 暴力傾向あるから狩られたんだ。え? エセインテリの姉ちゃん」

 ホヅミは顔をしかめて、メガネを左手で押しあげる。

「あんた、知らないの? 政府は完璧なグールを造りあげるために、やっきになってるんだって。だから、優秀な人間を難癖つけてさらってるって。わたしは成績優秀だから目をつけられたんだと思う」

「人体実験の材料の間違いじゃねぇのか?」

 挑発するようなシロウの口調。ホヅミはテーブルをたたいて立ちあがった。物静かな見ためより、意外と気質は荒いらしい。いっきに場が緊張する。


 が、そのとき、速水翔はやみしょうという男が、ポケットからトランプをだした。みごとな手さばきでシャッフルする。両腕にそわせてカードをならべると、ドミノのように腕の上に立たせた。思わず、全員が目をうばわれる。

「まあまあ。ゲーム開始前から争うのはよしましょう。ごらんのとおり、私はマジシャンです」

 ショウは男性メンバーのなかで一人だけ長髪だ。ウェーブのかかった茶髪。切れ長の目元の印象を泣きぼくろがやわらげている。シロウが狼なら、ショウは優しい狐みたい。


 残る男性一人はまだ少年だ。あきらかにハーフで、髪は明るいハニーブラウン。瞳はグリーンだ。ただ顔立ちはノーブルなレイヤとは大違い。上向きの鼻にそばかす。ニカッと笑うと八重歯が目につく。

「おれ、木戸稟きどりんでーす。ゲーム参加権ギリの十五なんで、お手やわらかにお願いしまっす」

 リンは特殊な能力を持っていた。その場の権威者をひとめで見わける野生動物的な勘のするどさだ。誰につけばもっとも安全か一瞬で判断し、もみ手してシロウにかけよった。

「アニキと呼ばせてください! おれ、パシリでも肩もみでも、なんでもやります。ヨロシクっす」


 ヒロキはかるくカルチャーショックをおぼえた。リンがあまりにも自分の想像をこえた人物だったので。年上の権力者にあんなにあからさまに媚びて、しかもそれが卑屈に見えない。うらやましい性格だ。


 ほかの女二人は用心しているのか何も言わない。


 これで全員だろうか? いや、参加者は十人と聞いていたが、ここには九人しかいない。

 すると、そのときまた、ハッチがひらいた。最後の一人が入ってくる。その人を見たとき、ヒロキは強いシンパシーを感じた。リンがヒロキと正反対の人種であるように、その人はヒロキと同じ分類上の生き物だ。


 前田聖まえだせい。彼女はまるで白雪姫だ。長いストレートの黒髪のハッと目をひく美女。スラリとしたモデル体型で、男なら誰でも惹かれる。


 セイは仲間だ。ハッキリわかる。参加者のなかに二人いるという異端者の一人はセイに間違いない。

 それも、ヒロキと同じ、だ。あの気弱さがある。目を見れば、わかるのだ。尊厳を徹底的に破壊されて、自分の意思を持てなくなった魂。セイにはそれを感じる。


 セイもひとめでヒロキが仲間だとわかったようだ。ほのかに笑みをふくんで見つめてくる。



 ——わたしたち、仲間ね?

 ——そう。仲間だね。



 瞳をのぞけば、ささやく声が聞こえてきさえする。彼女がまばたきするたびに、長いまつげが優美なかげを作る。

「前田聖。人形作家です」

 静かな口調。少しハスキーで、美貌によくあっている。ヒロキよりちょっと年上。二十歳くらいだろうか。


 ヒロキはここでは高校生ということになっている。小さな声でそう告げた。さえ見られなければ、すぐに異端とバレるわけではない。幸い、参加者は全員、配給の白いハイネックとパンツスタイルだ。しかし、セイと同じ理由で疑われる可能性はある。いや、むしろ、暴力傾向が乏しいから疑われないのか? 矯正者について知られていなければ。


 最後にレイヤが言った。

「レイヤ。職業はピアニストだ」

 ピアニスト……たしかに、レイヤの神秘的な容姿と、細く長い指にはふさわしい。


 その直後、とつぜん、スクリーンに軍服を着た神島が映しだされた。ヒロキたちを監視していた兵士も全員、ハッチの外へ出ていく。ロックのおりる音が響きわたり、会場には参加者だけが残された。

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