異端の呼び声5
ヒロキはリンのくれたカードをポケットにしまった。リンのためにも、このカードは大事に使いたい。
それにしても、リンのカードはヒロキの手の内にある。やはり、通報カード。まちがいなく、リンは市民だ。おそらく、カレンも。
マナブとシロウは、ほぼ終日カードを使えない。それなら、私刑カードを使ったのはレイヤしかいない。レイヤは異端者かもしれないと言った、ショウの言葉を思いだす。
(ほんとに、レイヤが異端者なの?)
だとすると、レイヤは誰に対してリンチをしかけたのだろう。
最初の夜、レイヤは誰かにカードを使っていた。その現場をリンが見ている。それが私刑カードだったとしたら、昨日うばったセイのカードで絵柄をあわせてきたということ……。
(レイヤが……レイヤが異端者……)
ああ、もうダメだ。今朝の夢のこと、たしかめてみたいのに。わたしはレイヤとわかりあえない。
考えこんでいると、ヒロキの部屋のドアがあいた。
マナブが顔を出す。
「ヒロキ。ヒロキ? ああ、そこか」
ホッとしているマナブを見ると、さっきまでのすてられたような気持ちも少しやわらいだ。きっと、マナブはさみしかったから、ヒロキを抱いたのかもしれない。でも、マナブが彼なりにヒロキを大切に思ってくれているのはほんとだ。
ヒロキは笑いかけた。
「お腹がへったね。わたし、着がえてくる。待ってて」
「じゃあ、おれも自分の部屋で着がえる。五分後にここで」
「うん」
約束して、いったん、ヒロキは自室に帰った。着がえるついでに、リンから譲られたカードを金庫におさめた。ヒロキのレイヤへの想いは、みんなにバレバレらしい。パスワードも変更する。新しいパスワードは、MUTUYAだ。今朝の夢で見た、もう一人のレイヤ。これなら、今度こそ誰にもわからない。
そのあと、急いで着がえて外に出た。マナブもいいタイミングで現れる。
「そう言えば、シロウの朝食も運んでやらないとダメかな? レイヤのやつ、けっきょく、おれたちに任せっきりだもんな」
「レイヤは自分で運ぶとは言わなかったよ。誰かが運ぶって言ってた」
「あいつ、確信犯だ!」
マナブは話し上手なので、おしゃべりしていると楽しい。ヒロキはまたちょっとウキウキした気持ちになる。はずむ足どりで食堂へ入った。ところが、そこでマナブがいきなり立ちどまった。ヒロキはマナブの背中にぶつかってしまった。前が見えない。
「どうしたの?」
鼻の頭を押さえて、ヒロキはマナブを見あげた。その顔を見てギョッとする。マナブのおもては恐怖にひきつっていた。
「な……何?」
背伸びして、マナブの肩のむこうを見ようとした。すると、マナブはあわててヒロキを抱きしめてきた。
「もういいよ。こんなの見ないほうがいい」
だが、もう見えた。
マナブが反転する一瞬のうちに。赤い色が……。
「……誰か、死んでるの?」
マナブはうなずいた。
殺されたのはレイヤだろうか?
一瞬、ヒロキは血の気がひいた。身をよじって、マナブのむこうを見る。カウンターのドリンクコーナーの前に人が倒れていた。床は一面、赤黒く染まっている。
今までで一番ひどい解体だった。いつものように裸にされたあと内臓がえぐりだされている。さらに、今回は手足まで切断されていた。顔には例の縫いめ。
陰惨をきわめる光景。
でも、その死体はレイヤではなかった。違うとわかったとき、ホッとした自分を、ヒロキは嫌悪した。
彼は言ったのに。ヒロキとのキスを一生の思い出にすると。そのキスのために、みずから異端になると。ヒロキが泣かなくて、誰が泣くのか?
リンのガラスみたいに澄んだ瞳が、ヒロキを見て笑ったように見えた。
大丈夫。痛くなんかなかったよ。だって、いつも、あんたが我慢してたことだ。ね? そうだろ。笑ってよ。ヒロキ。
そう言うリンの声が聞こえるような気がした。
ヒロキは声をあげて泣いた。マナブがふるえる手でヒロキの手をつかむ。レイヤの部屋までかけだした。
「レイヤ! 大変だ! リンが……リンが殺された!」
なかで、ベッドからはねおきる音がする。しわくちゃのシャツに袖を通しながら、レイヤがドアをあけた。寝ぐせだらけの髪が、こんなときでなければ可愛いと思えたに違いない。レイヤはガラス壁のなかをひとめ見て、事態を察した。
「シロウは?」
「知らない。まだ見てない」
「行ってみよう」
三人でシロウを監禁した空室にむかった。途中でレイヤが立ち止まる。見ると、シロウの部屋のドアがストッパーで止められていた。ほんの少しひらいている。
マナブがうろたえた。
「な、なんでだ? まさか……」
「ああ。もしかしたら……」
レイヤとマナブが空室へと走るあとに、ヒロキは黙ってついていった。シロウの姿はどこにもない。なかを調べて、レイヤが舌打ちする。
「くそッ。ここのダクトは前の二部屋にも続いてたのか」
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