異端の呼び声4
*
ヒロキは夢を見ていた。ずっと昔、子どものころの夢。四、五歳である。あの優しいお兄さんに会ったしばらくあと。ヒロキの子ども部屋に、あのときのお兄さんがたずねてきた。
「こんにちは。緋色姫。僕はムツヤだよ。僕のこと、おぼえてる?」
ヒロキはうなずいた。でも、そのあと首をかしげた。顔はこの前のお兄さんだけど、よく見ると、なんだか違う。この前より体が小さいし、笑いかたが同じじゃない。それで首をふった。
すると、ムツヤといっしょに入ってきたヒロキのナニーが、廊下にむかって首をふった。
「僕のこと、おぼえてないんだ。じゃあ、初めましてだね。今度はおぼえてね。僕と君はペアなんだから」
その日から、ムツヤは毎日、ヒロキの部屋に遊びに来た。でも、ヒロキは前のお兄さんに会いたかった。ムツヤが来ることをあまり喜ばなかった。ナニーや看護師が不審がる。
「変ですね。なぜ、ムツヤに反応しないんでしょう? ……のときにはすぐ髪が染まったのに」
「……に会わせたのは失敗だったかもしれない。彼がペアだと刷り込みされてしまったんだろう」
「では、どうしますか? ……の遺伝子サンプルは処分済みですよ。あれはプロトタイプでしたから」
「こうなると彼が脱走してくれたのは幸運だった。どうにかして彼をとりもどす方法はないだろうか」
「レイヤをですか?」
ヒロキはとびおきた。
朝になっていた。
(何? 今の……)
レイヤ——たしかにそう言っていた。
(わたし、レイヤを知ってる……?)
あの思い出のなかの優しいお兄さん。あれがレイヤだったとでも?
(そんなこと……あるわけない。お兄さんは黒髪だった。それに、レイヤみたいに冷たくなかった……)
レイヤなんて、わたしのこと、ちっとも見てくれない。もういいんだ。わたしにはマナブがいるんだから。
ヒロキはとなりで眠るマナブをながめた。寝顔は意外なほど、あどけない。
ヒロキは幸せな気持ちになって、生まれて初めて手に入れた恋人の頬に指をあてた。くりくりと円を描いていると、むにゃむにゃ言って、マナブが寝息をたてた。
「……やめろよ。ホヅミ。くすぐったい」
ヒロキはこわばって指さきをひっこめた。
(マナブ……ホヅミさんともこんな仲だったんだ)
だから、昨日、あんなに泣いたのだ。ただの友達ではなかったから。恋人を失った悲しみに、ヒロキは手ごろな代用品として入りこんできた……。
幸せな気持ちはいっぺんにしぼんでしまった。ヒロキはまたもや、すてられた子犬みたいな心地になった。ふらふらと一人、ロビーにさまよいでる。
(やっぱり、わたしのことなんて、誰も本気で好きになったりしないんだ……)
ユウトも、レイヤも、マナブも嫌い。みんな、嫌い。わたしを好きになってくれない人なんて、キライ。
ロビーの椅子に腰かけて、ヒロキはさめざめと泣いた。すすり泣いていると、七時になった。巨大スクリーンから警告音がした。見ると、集計結果が更新されている。
ヒロキは愕然とした。昨日、シロウはずっと一室に閉じこめられていた。ほかに異端を疑う人もいなかった。それなのに、スクリーンの最新情報はこう告げている。使用私刑カード三枚——と。
(どういうこと? 誰かが私刑カードを使った。わたしの知らないうちに、誰かが……)
昨日、マナブはずっとヒロキといっしょにいた。ということは、リンかレイヤ。カレン。
いや、リンはありえない。リンは市民だと確定している。それに、あんなに素直なリンが異端者だとは思えない。カレンもあの言動だ。違うだろう。
(そうだ。ロビーの鉢植えに大事なものを隠しておくって。リン、言ってた)
ヒロキは四方の鉢植えを一つずつ調べた。
(あった! これだ)
一番奥の鉢の下から、四角くたたんだ紙を見つけた。マジックで子どもっぽいニコニコマークとハートが描かれている。そして、一行。
『これ、ヒロキにあげる』
紙をひらくと、なかからカードが一枚出てきた。通報カードだ。カードの譲渡。匿名による譲渡は有効である。
(リン。こんな大事なものを……)
市民にとって評価ポイント三百に値するこのカード。どれほど大事なものか想像にかたくない。市民はすべてを得るか、すべてをすてるか。大きな賭けでこのゲームにのぞんでいるのだ。そのカードをたくしてくれるとは。
ヒロキは昨日のリンとのキスを思いだした。ヒロキを好きだから、異端に堕ちてもいいと言った、リンの純粋な瞳を。
(……そうか。わたしは愛されることに打算的だったから、こんなふうに泣くはめになったんだね)
心ではユウトに、レイヤに惹かれると言いながら、手っ取り早く幸せにしてくれそうなマナブを選んだ。涙はその罰なのだ。
(ほんとに好きなら、本気でぶつからなきゃいけなかったんだ)
でも、その相手は果たして、ユウトなんだろうか? レイヤだろうか? 自分でもよくわからない。
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