異端の呼び声3


 そういえば、昨日、シロウが監視カメラの死角を確認しながら、使えそうな通風口を探していたとき、おかしなものを見た。シロウ同様、通風口を通り道にしようとする先客がいたのだ。レイヤだ。人目をはばかるようにして、非常口よこの通風口に入っていった。あれはなんだったのか?

 どうも、レイヤは怪しい。そもそも、レイヤがほんとに捜査官なら、リンに逮捕カードについて指摘されたとき、もっと否定していたはずだ。でないと、自分が異端者から狙い撃ちされてしまう。それを考えなかったとは思えない。レイヤ自身が異端者だとでもいうのなら話は別だが。もしそうなら、捜査官だと思われていれば、どれほどゲームを有利に進められるか。


 まあ、そんなことはいい。今のシロウには、もうゲームなんてどうでもいい。

 会場に入るときに通ったあの長い渡り廊下。あのむこうが収容所だ。そこに行けば、ユキナに会える。昨日は反対に行ってしまったが、今日はまちがえない。

 シロウは私物のナイフをベルトにさして、昨夜と同じ非常口よこから天井裏に侵入した。備品の懐中電灯をつける。廊下を見おろしながら這っていった。

 なれたシロウには造作もない。数分で会場の上はぬけた。長い直線に出た。渡り廊下だ。ここには非常灯もついてない。長い長い直線がどこまでも続いていた。


(ユキ。待ってろ。今、行く)


 あいつはまだヒロキみたいにはなってない。きっと泣きながら、おれが来るのを待ってるはずだ。

 そう信じて進んでいった。

 やがて、廊下はとぎれた。収容所のゲート。警備員が退屈そうに立っている。この階には男ばかりで、女の異端者を収容する獄舎はなかった。もっと違うエリアにあるのだろう。

 シロウは泥棒稼業できたえた勘を生かした。てきとうに進みながら、収容所の深部へもぐっていった。ダクトやひとけのない廊下を使って移動をくりかえす。何度か警備員に見つかりそうになった。そのたびに物陰に隠れ、どうにかやりすごす。

 ようやく、女の異端者の獄舎がつらなる区域を見つけた。獄舎というより贅沢なホテルの内装みたいだ。足音を吸収する絨毯じゅうたん。壁にかけられた絵画。花や観葉植物。ここが収容所なのかと目を疑う。男の異端者とえらくあつかいが違う。

 こんなところで優雅に暮らしていれば、たしかに、女たちの多くは堕落していくだろう。豪奢と背徳に身も心も麻痺しおぼれていく。

 シロウは個室のドアにかけられたネームプレートを一つ一つ見ていった。夜の二時はとっくにすぎている。ドアののぞき窓から見ると、少女たちの多くは眠っていた。看守や見張りの兵士がに行くのは昼間らしい。

 シロウは少しホッとした。これなら、ユキナの現状も思っていたよりヒドくなっていないに違いない。

 期待して廊下を進む。ずいぶん内装が質素になったあたりで、ユキナの名前を見つけた。シロウは呼び鈴を鳴らした。何度めか、やっとなかから人の起きだしてくる気配があった。すんなりドアがあいたので、シロウはおどろいた。鍵の仕組みはゲーム会場と同じだ。つまり、逃げようと思えば、いつでも逃げだせるのだ。

 ひらいたドアの前に、ユキナが立っていた。シロウを見て、心底ビックリしている。こうして見ると、ユキナはほんとにふつうの少女だ。ヒロキやセイやレイヤみたいに鬼気迫るほどの美貌じゃない。ちょっと可愛い顔のよくいる女の子。若いだけが取り柄のような。

 でも、シロウにとっては、ただ一人の大切な人だ。シロウが抱きしめると、ユキナもしがみついてきた。

「どうして? どうして、シロウ?」

「どうやったかなんて、いいんだよ。さあ、逃げようぜ。ここから」

 当然、ユキナが「うん」と言うと思っていた。手をひいて廊下へ出ようとすると、ユキナはシロウの手をふりはらった。

「ユキ……」

 ユキナの目が迷うように室内を、それから、シロウを見る。

「……行かないのか? ユキ」

「あたし……ほんとにシロウが好き。嘘じゃないよ。愛してるのは、シロウだけ。でも……」


 そうか。そんなに早く、おまえは魂を売りわたしてしまったのか。あっというまなんだな。人間が堕落するのなんて……。


「わかったよ。ユキ。おまえはここで暮らしたい。そうなんだな?」

 ユキナは泣きそうな目をして、シロウを見た。それはヒロキがよく男に見せる甘えるような涙だ。そう言えば、ユキナはもともと特安隊員だった男に、幼児のときから飼いならされていた。とっくにはされていたわけだ。シロウが忘れていただけ。


(なんだよ。おれのひとり相撲か……)


 シロウは笑って、ユキナを抱きしめた。ユキナの魂はもう救えない。救えるとしたら、方法は一つしかない。

「かわいそうにな。ユキ。おまえのルックスじゃ、可愛がってもらえるのは、あと二、三年だぞ。だってよ。ここにはセイやヒロキみたいな極上のやつが、わんさかいるんだ。すてられたあとはどうするんだ?」

 ユキナには答えられない。そんなさきのことまで考えられないのだろう。シロウはみじめに死んでいくユキナの行く末が想像ついた。

「最初から、こうしてやるんだったな」

 そっと髪をなで、最後のくちづけをかわす。そして、シロウはナイフでユキナの胸をさした。

「シロ……ウ……?」

「大丈夫。一人にはさせない」

 倒れる少女の手にナイフをにぎらせた。シロウはユキナの手をにぎり、自分の胸に刃を押しこんだ。

 もうこれで、誰もおれたちをひきはなせない。そう思うと、とても満足だった。

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