異端の呼び声6


 マナブは叫んだ。

「シロウだ……やっぱり、あいつが異端者だったんだ! どっかに隠れて、おれたちを一人ずつ殺してく気なんだ!」

 マナブは完全にパニック状態だ。叫びながら走りだす。ヒロキもついていった。ロビーに来ると、マナブは渡り廊下に続くハッチを、やたらにたたきだした。

「出してくれ! ここから出してくれ! もう異端者になろうとどうでもいい。終わらせてくれ! こんなゲーム、終わらせてくれよ!」

 マナブが泣きだしてしまったので、ヒロキも彼の背中にすがりついてふるえた。二人はまったく、おびえた獣だ。巣穴のなかで、恐ろしい猟犬の襲撃をただふるえて待っているウサギ。


(助けて……誰か。助けて)


 恐怖で丸くなったヒロキたちの前に、カツカツと靴音を響かせて、レイヤが追いついてくる。

 そのとき、八時の時報が鳴った。

「本日、二名の脱落者が出た。これより遺体を回収する」

 ハッチが外からひらかれた。思わず、ヒロキはマナブといっしょに廊下へかけだそうとした。特安隊員が両側から押さえつける。

 ユウトが冷酷に言いはなつ。

「理由なき途中放棄は認められない。ゲームを終わらせたいなら、さっさと異端者をあぶりだすんだな」

 ヒロキは必死でユウトに抱きついた。

「助けて。ユウト。もうイヤだよ。こんな怖いこと……」

 ユウトは侮蔑的な目で、ヒロキを見おろす。ヒロキのあごを片手でつかむ。

「ヒロキ。やはり、きさまはグズで救いようのない異端者だ。この無能の役立たずが」

 言いすてると、ユウトはヒロキをつきはなした。ヒロキは愛する人に受け入れられないみじめな気持ちで泣きじゃくった。

「ユウト……ユウト……あなたが好きだよ。愛してる」

「ほう。今度は得意の色じかけか。くだらん」

「どうして信じてくれないの? ユウト」

「きさまは誰にでも従属するよう調教された犬だからだ」

 床になげだされて涙をこぼすヒロキを罵るだけ罵って、ユウトは作業に行ってしまった。ヒロキの泣き声だけが虚しく響く。


(やっぱり……ユウトはわたしを愛してくれない)


 愛されているような気がしたのは錯覚だったのだ。愛されたいと願う、ヒロキの望みが生んだ錯覚……。


 ヒロキの肩をマナブが抱いた。ヒロキはマナブとよりそいあって、特安隊員が死体を運び去るのを待った。

 食堂へむかった一隊が帰ってくる。先頭に立って去ろうとするユウトを、レイヤが呼びとめる。

「死体は一つなのか? 二名の脱落者なんだろ?」

 たしかに、死体袋は一つだ。ヒロキたちが見つけたのも、リンの死体だけである。もう一人というなら、あとはカレンしかいない。

 ユウトは昨日よりおだやかな目で、レイヤをかえりみる。愛情深いとさえ言える目で。


(やっぱり、そうなんだ。ユウトが好きなのは……)


 ユウトは静かな口調で告げた。

「今井獅郎が脱走をはかり自殺した。すでに遺体は別の場所で回収済みだ」

 そう言って、ユウトはハッチのむこうに行ってしまった。


(わたしはユウトにとっても代用品だったんだ……)


 ヒロキの耳元で、マナブがつぶやく。

「なあ、どういうこと? シロウ、死んだって……じゃあ、誰なんだよ? リン、殺したの……」

 マナブはひどく恐れるように、おずおずとレイヤを見た。ヒロキは今朝の疑念を思いだした。レイヤは異端者——マナブもその考えに達しようとしているのだ。

「おれじゃなくて、ヒロキじゃなくて……じゃあ、あと、ここにいるの、レイヤだけだよな?」

 そうだよと、ヒロキも口をはさむ。恐怖もある。が、それ以上に嫉妬したのかもしれない。ユウトの本心を知って。この瞬間だけ、レイヤが敵のように思えた。

「ショウも言ってたよ。レイヤは異端者かもしれないって」

 レイヤはおびえきったヒロキたちをシニカルに笑っている。が、それを聞いて表情を変える。

「ショウがそんなことを?」

 考えこんだあと、レイヤはヒロキにむきなおった。

「ヒロキ。一つ聞きたい」

 レイヤが近づいてくる。ヒロキたちは抱きあいながらあとずさった。

「来るな! こっちに来るな!」と、マナブか叫ぶ。

 レイヤは険悪な顔つきでマナブをにらんだ。

「おまえに話してるんじゃない。ヒロキに聞きたいんだ」

 ヒロキは首をふった。

「いや。来ないで。わたし、もうイヤ」

 レイヤは嘆息した。

「ああ。そう。わかった」

 怒ったように言いすてて食堂へ歩いていった。

 レイヤの背中を見送って、かなりたってから、マナブが言った。

「……そういえば、まだショウもいるんだったよな。脱落者って言われてないから、生きてはいるんだ。あいつ、なんで出てこないんだろう。そう考えると、ショウのほうが怪しかったのかな。レイヤに悪いことしたのかも。レイヤは捜査官なんだし」

「う、うん……」

 ヒロキはレイヤが捜査官ではないと知っていた。が、それについては黙っていた。マナブは気をとりなおしたように少し笑う。

「ヒロキ、なんか食べる?」

「いらない。今日はそんな食欲ないよ」

「おれもだ。なんか疲れたね。ちょっと休もうか」

「うん」

「シングルベッド窮屈きゅうくつだから、おれ、自分の部屋に帰るけど。いいかい? おれ以外の誰が来ても、絶対、ドアあけるんじゃないよ」

「うん……」

 一人になるのは心細い。でも、マナブが行ってしまったので、しかたなくヒロキは自室へ帰った。ドアがひらいたとき、場内放送が入った。

「本日の私刑は失敗に終わった。私刑カードは二枚、無効となる」

 ヒロキはもう、わけがわからない。


(私刑は無効? 襲撃は失敗。じゃあ……レイヤは異端者じゃないの?)


 昨日、誰かが使ったカードは一枚だけ。

 ということは、以前に使われたカードの名前に、マークをそろえてきたのだ。

レイヤがそれをしたんじゃないとすれば、ほかの人ならどうしただろう? 昨日の時点で、もっとも狙われやすいのはレイヤだった。誰かがレイヤを捜査官と読みちがえたとしたら……。


 ヒロキは疲れはてて、ベッドによこたわった。

 もう何も考えたくない。

 いつしか、眠りについていた。

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