エピローグ2
「レジスタンス……」
次々に、意外な単語がユウトの口からとびだしてくる。ヒロキはめまいを感じた。
たしかに、ヴァルハラのなかには政権をくつがえそうとするレジスタンスがいると聞いたことはある。だが、それはどこか遠い国のできごとのように、ヒロキは思っていた。まさか、レイヤがそのレジスタンスの一員だとは。
「レイヤ。おとなしくしてろよ。おまえのヒミコを傷つけられたくなければな」
ユウトは銃をとりだした。ヒロキのこめかみに銃口を押しつける。
「よく働いてくれたな。ヒロキ。おまえはこのときのための人選なんだよ。レイヤを足止めする。ただそれだけのためのな」
「ユウト……」
愛されてないのはわかった。しかし、これほどまでに、ユウトにとって自分がかるい存在だったとは。ヒロキはユウトに全身全霊の愛をささげてもいいとすら思っていたのに。
ユウトには、ヒロキはレイヤが来るまでの代用品。それどころか、ただの異端の犬でしかなかった。死んでも、いくらでも補充のきく犬……。
「ユウト……わたしのこと、そんなふうに思ってたんだね。わたしを、ただの物だと……」
ユウトが舌打ちした。
「あたりまえだ。何度も言ってるだろう。だがな、それはレイヤも同じだぞ。レイヤはおまえをワクチン製造機だと思ってる。そうだな? レイヤ」
レイヤがユウトをにらみつける。
「その話はここではしたくない」
「ヒロキの信頼を失うからか? おまえとヒロキの血をまぜれば、グール亜種の破壊衝動に対して完全な抗体を作れる。そこから、ワクチンを製造するんだろ? レジスタンスどもが大喜びだな。やつらはおおむね矯正者だが、なかには矯正されていない者もいる」
ヒロキは愕然とした。
「ほ……ほんとなの? レイヤ」
「抗体の話はほんとだ。たしかにワクチンがあれば、異端者への差別はなくなる。それどころか、一般人より優秀だ。怪我や欠損が自力で再生するんだからな。そうなれば、自由に生きていけるんだ」
もう裏切られるのはたくさん。裏切られる前にやってしまうんだよ——そう言ったマナブの声がよみがえる。
(わたしはまた裏切られるの? ユウトみたいに。マナブみたいに。レイヤにも裏切られる?)
「レイヤはわたしのなかの抗体が欲しいだけなの?」
「違う。おれはそのためにヒミコを探してたんじゃない」
「じゃあ、なんのため?」
「おれの大切な人だからだよ。ヒロキ。君こそ、おれのヒミコだ」
「レイヤはわたしがヒミコだから大切なの? じゃあ、ヒミコじゃなかったら、どうでもよかったんだね?」
「なんでそうなるんだ。現に君がヒミコだ」
ヒロキは首をふった。自由とか、異端者のためとか、そんなのヒロキにはどうでもいい。ヒロキが欲しいのは、心から自分を愛してくれる人。ただそれだけ……。
「……愛してくれる? わたしがヒミコでなくても、わたしをわたし自身として、愛してくれる?」
レイヤは怒ったような顔で叫んだ。
「そうでないなら、君を助けに行ったりするか! いいかげん気づけよ」
「レイヤ……」
「愛してるよ。ヒロキ。君を」
電流のように、レイヤの言葉が体内をかけぬける。
(よかっ……た。わたし、もう迷わない)
ヒロキは銃をにぎるユウトにとびついた。ヒロキが死ねば、レイヤを足止めする枷はなくなる。レイヤ一人なら、きっと逃げだせる……。
銃口を自分の胸にあてる。
「よせッ!」
レイヤが叫ぶ。
そのときにはとっくに引き金はひかれていた。しかし——
「な、なぜ……?」
ヒロキはおどろいて、ユウトを見あげた。銃には安全装置がとりつけられたままになっていた。ユウトもヒロキがこんな無謀な行動に出るとは考えてなかったのだろう。もみあううちに銃が床に落ちた。
「ひろうんだ! ヒロキ!」
ユウトとヒロキの手が同時に伸びる。一瞬、ヒロキのほうが速かった。ヒロキは安全装置を外し、ユウトに銃をむけた。
「わたしとレイヤをここから出して。自由にして」
「まず、こいつらをさがらせろ」と、レイヤが言った。
ユウトは仏頂面で告げた。
「全員、出ていけ」
特安隊が退室する。
レイヤはヒロキのとなりに立ち、銃を受けとった。銃口はずっとユウトに狙いをつけている。
「あんたらしくない失敗だな。ユウト」
「また、おれを置き去りにするのか? レイヤ」
「おれは言った。いっしょに行かないかと。ことわったのは、あんたのほうだ」
「そりゃ、ことわるだろう。正気のさたじゃない。異端者と逃走なんて、日本中に居場所がなくなる。逃げても狩られるだけだ」
「今でもそう思うのか?」
「まだワクチンが完成したわけじゃない。そんなもの夢物語で終わるかもしれないだろう?」
レイヤは嘆息した。
「さよならだ。ユウト。君は君の世界で生きろ」
ヒロキはレイヤに手をひかれてかけだした。最後にヒロキがふりかえったとき、ユウトは笑ったように見えた。
ハッチが閉ざされる。
少しさみしげなユウトの笑みが鋼鉄のむこうに消えた。
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