三章 亜種二世

亜種二世1



 ヒロキがまだ部屋でルールブックを読んでいるころ。ホヅミ、マナブ、おまけのリンは、トランプの一件について話しあっていた。

 マナブが言う。

「ラッキーだったな。ショウのおかげでハッキリした。この三人は市民だ。なぁ、ホヅミ。シロウとヒロキ、どう思う?」

 マナブを見つめていたホヅミはうろたえた。でも、マナブに気づかれるほどではなかっただろう。

「捜査官って、特別治安部隊の隊員でしょ? シロウは捜査官かも。あいつの横暴さは特安隊に近いよ」

「だよな」と、マナブがうなずきながら続ける。「破壊衝動は異端なのに、隠そうとしないのは、かえっておかしい。捜査官だから安心しきってるのかもな」

「それに、年齢も高いし。どう見ても二十七、八でしょ? 老け顔だとしても、ギリ二十五かな。亜種二世なら二十三までだし、亜種一世にしては若すぎる」

「最初に逃亡したグール亜種は全員、捕まって処刑されたって話だよな。今はもういないって」


 ホヅミは嬉しかった。マナブは頭脳の回転が速く、機転もきく。仲間にするのに申しぶんない。正直、シロウのようなガサツな男は好きではない。ショウやレイヤは何を考えているかわからないし、ヒロキ、リン、カレンは未成年。セイは無口すぎる。ヨウコの態度も信用ならない。そばにいるならマナブがいいと、最初から考えていた。なんといっても、マナブはルックスが好みだ。


 自分の異端傾向にホヅミが気づいたのは中一のときだ。

 クラスの人気者だった小林くん。少しマナブに似ていた。美形で、大勢の友だちにかこまれていた。対して、ホヅミはいつも一人で本を読みながら、彼の姿を目で追ってるだけだった。彼と友だちになれたらいいなとは思っていたが、それ以上を望んでるわけではなかった。

 とつぜん、小林くんと親しくなれたのは、ぐうぜんだった。小林くんは生物学部に入っていた。たまたま、放課後、彼が近所の用水路でカエルをつかまえているところを見かけた。

「あれ? 紺野さん?」

「……小林くん。何してるの?」

「カエルを解剖するんだよ」

「解剖?」

 思春期だから、社会通念に反抗するのにどこか惹かれてしまう。解剖なんて、異端傾向だ。だが、禁じられていることにゾクゾクするほど魅力をおぼえる。

「いっしょにやる?」

「いいの?」

 二人で生物室へひきかえし、カエルのお腹をひきさいた。あのときのドキドキ感が忘れられない。ホヅミが医者をめざすようになったのはそのせいだ。


 しかし、それだけなら、初恋の淡い思い出ですんだ。好きな人といっしょに禁忌を犯す。その感覚に酔っただけだと。

 まさか、わずか四日後に、あんなことになるなんて。小林くんは異端狩りに捕まった。家の裏で野良猫を解剖していたらしい。

 それを聞いてもまだ、ホヅミには小林くんを恐ろしく思えなかった。むしろ、猫をとき、なんで誘ってくれなかったのか、とても残念な思いがした。

 あの感覚はなんだろうか? 二人でどこまでも堕ちてみたかった。異端に惹かれる自分とは?


 そのせいだろう。

 あのあと、ホヅミが好きになるのは、いつも同じタイプばかり。小林くんのような……マナブのような。華やかで、才気煥発で、いつも人の注目を集めるタイプだ。もう一度、小林くんとカエルを解剖したときのような、ワナワナとはらわたの熱くなるあの感覚を味わいたい。


 ホヅミは本心を悟られないよう苦労して話を続ける。

「ショウのことは、マナブ、どう思う?」

「あいつは怪しいよ。怪しすぎるから、かえって戸惑ってる。ほんとに捜査官なら無防備すぎるしなぁ」

「わたし、こう思うんだ。シロウが捜査官だと推測して、ショウは捜査協力したのかもって。さっきのあれ、評価ポイント、かなり高い。ゲーム開始直後に、市民が三人も確定した。カレンか。あの子もたぶん市民だし、捜査官はずいぶんラクになったはず」

「だよな。あれはデカイ。おれらも早くポイントかせがなきゃ。やっぱ、ヒロキを通報すべきかな?」

 マナブはほがらかな笑顔で言ってのける。ホヅミは魅了されながらもおどろいた。

「あの子のこと気に入ってるんだと思ってた。親切にしてやってたし」

「好きだよ。可愛い。でも、勝負とは別だ。最初からヒロキは怪しいなって思ってたからさ。それに、セイ? 二人はさ。ウワサに聞いた矯正された亜種二世っぽい」

「何それ?」と言ったのは、リンだ。ホヅミはリンがいることをすっかり忘れていた。

「さっきから、あんたらの言ってる意味ぜんぜん、わかんないよ。あ、あしゅにせ? きょうせ? 年が二十八なら、なんなの?」


 ホヅミは嘆息した。リンは市民確定だから部屋に入れたが、これでは味方として使い道がない。

 マナブが苦笑して説明する。

「いいか? そもそもの話だぞ? 異端、異端って言うけど、おれらのなかにグールなんて、なんでいるのか知ってるか?」

 リンは首をふる。信じられないが、ほんとに何も知らないらしい。

「おまえ、どういう暮らししてたんだ。それでも日本人か? いや、外国籍か? だから、知らないのか?」

「えっと、たぶん、そうっすね」

「じゃあ、おまえにでもわかりやすく、かいつまんで教えるよ。グールってのは研究所で変な薬打たれて、人間の肉食うようになった化け物だ。そのかわり、手足を切断されても生えてくるんだ。最初のころは、毎日、人肉食わないと体が腐ったらしい。それを改良したのがグール亜種」


 ホヅミは補足した。医学生だから、そこらへんはよく知っている。

「改良したのはグールじゃなく、のほうだけどね。リザードテイル・レザレクション。RTRって薬。人体の細胞に入りこんで、特殊な酵素を生みだす……って、その顔じゃわかってないね?」

「へへへ」

「まあ、その薬を打てば、誰でもグールになってしまう。手足が生えるのはいいけど、体が腐るんじゃ元も子もないでしょ? だから、それを改良して、腐らないようにした。人肉も再生時にだけ食べればいいの。けど、悪い副作用が新たに出た。それが、抑えがたい破壊衝動。グールが毎日、人肉を補給するときに食肉衝動を起こしたらしいのよね。それが変化したんだって。グール亜種は強い破壊衝動によって、ほとんどは自殺する。でも、たまにその衝動が自分じゃなく、他人にむかう場合もあるのね。そういうやつらが研究員を殺して逃げだしたのが、今から二十三年前」


 ふたたび、マナブがあとをとる。

「最初の逃亡者は八人とか、二十人とか言われるけど、ほんとのことはわからない。ただ、その逃亡したグール亜種じたいは、みんな政府に退治されたんだ。残ってるのは、逃亡中にグール亜種があちこちで作った子ども。破壊衝動が性衝動にも影響して、すごい勢いで仲間を増やしたらしい。ほとんどは一般人とのあいだにさ。外見はふつうの人間だからな。へたすると、美男美女だったって話すらあるし、なんにも知らない一般人がだまされたのはしかたない。彼らのあいだに生まれたのが亜種二世だ。ただ亜種二世は、親よりちょっとグール的特徴が不安定なんだ。破壊衝動が弱かったり、再生が不充分だったり、いろいろ個人差があるらしい」

 リンは目を丸くしている。

「へえ。おれ、知らなかったなぁ。じゃあ、きょうせってのは?」

「矯正ね」

 マナブは続ける。

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