あるトリック5

 *



 ヒロキと別れて部屋に入ったあと、レイヤは考えこんでいた。さきほど露呈した捜査官のカードについて。


(このせいで今後、このゲームにさしさわりがあるだろうか? だいたい、あいつ、異端者くせに、なんで捜査官のカードをあっさり渡してきたんだ?)


 ヒロキは異端者だ。それはあの渡り廊下での一件でよくわかる。看守の兵士に乱暴を受けても、まったく悔しがっていなかった。悲しそうではあったが。怒りという感情をなくしてしまったかのようだ。あれはまちがいなく、異端審問を受けた矯正二世だ。あの奇妙なほどな風情。レイヤも見知っている矯正二世の特徴だ。


 レイヤはヒロキのような矯正者が大嫌いだ。それは、かつて自分もその責め苦を味わったことがあるからだろうか。首輪をつけられ、電流を流され、くりかえし拷問を受けた。

 もう十年も前だが、あのときの屈辱は今も忘れない。できれば、あのときの審問員全員、殺してやりたい。


 レイヤはヒロキのように、屈辱をあるがままに受け入れる気持ちには、とうていなれない。それができるヒロキたちのほうがどうかしているのだ。彼らは脳髄だけでなく、心まで犯されている。

 いや、それとも、矯正されてさえ闘争本能を残すレイヤのほうが異常なのだろうか? 逃亡したあとすぐに、脳内のナノマシンを破壊するキラーマシンを飲んだから、そのせいかもしれないが。


(いまいましい。異端者。あいつを見てるとイライラする。おれはおまえたちとは違う。たとえ、この身に何が起きようと誇りは失わない)


 だが、それならなぜ、あのとき自分はヒロキに救いの手をさしのべてしまったんだろう?

 なぜか、ほっとけなかった。これまでこんな感情を、異端者にいだきはしなかったのに。

 それが、なおさら、レイヤを腹立たしくさせた。自分はヒロキのことが気になっているんだろうか。

 惹かれているのか?

 バカな。そんなこと、あるわけない。あれはけがらわしい青い首輪の犬だ。気高い魂など望むべくもない。そんなものはとっくに喪失している。泣いてみせるのも技巧のうち。

 深い意味なんてない。ただ少し無力な犬を憐れんだだけ。

 レイヤは自分にそう言い聞かせた。

 おれは異端者などではない。おれが異端なら、世界のほうが狂っているのだと。

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