五章 裏切りの朝
裏切りの朝1
セイは逡巡していた。ヒロキを部屋に送りとどけたあと。この姿を見られれば、まちがいなく、セイも異端を疑われる。本来なら、もっと用心していなければならなかったのに。
(どうしよう? 今なら、まだ謝れる)
これまでセイの人生はヒドイものだった。
たぶん、ハイリーセンシティブパーソン。HSPなんだろう。幼いころから音や匂いに過敏で、芸術的な美しいものが大好きだった。いや、むしろ、この世に美しいもの以外は存在してはいけないとすら思っていた。大きな音でビクビクしたり、他人のなにげない言葉に必要以上に傷ついた。とても生きにくかった。可愛いお人形を作ることだけが楽しみだったが、それでさえ誰にも理解してもらえない苦痛をいつも感じていた。自分だけが異常なような気がして、そのことじたいにまた傷ついた。
両親はとても可愛がってくれたものの、セイは養女だった。ナイーブな心の内側まではケアしてもらえなかった。
それでも、一人で必死に人形作りにはげんだ。テディベアの世界大会で優勝すれば、きっと、みんなに認められるに違いない。そのための練習も欠かさなかった。セイの努力がだんだん認められて、ものすごい天才がいるとウワサされるようになると誇らしかった。
でも、そのやさきに異端狩りにあったのだ。まだまだ、やりたいことがたくさんあったのに。セイの感性を世界中の人に認めてもらいたかった。
だが、あの異端審問会で何もかもが変わった。セイの繊細な感受性は電撃に壊された。もうあのころの輝くような才能はない。
特別なものをなくしてしまったセイは、収容所のなかで生きていくために、看守たちの言いなりになるしかなかった。
幸いにも、セイは狩られてきた少女のなかでも、だんとつで美しかった。教官たちは競って、セイに教育をあたえた。甘い言葉をささやき、セイの小さなお尻を抱くためにさまざまなプレゼントをくれた。つかのま、屈辱に耐えていれば、ふつうの市民より贅沢な暮らしができた。最初は痛みをともなったソレも、すぐに楽しくなった。自分はけっこう犯されることが好きだ。たまにイヤな男もいるが、目をとじて身をゆだねていれば、いつしか我を忘れる。そうしていると、昔のあの感覚を少しだけ思いだせた。めくるめくような、あの情熱を。
いつしか、男たちに弄ばれることこそが、セイの存在意義にすらなった。そのために生まれてきたのだと、自身、信じた。
その一方で、年々、あのころの感覚を忘れていった。キラキラの、ギラギラの、子どもにだけゆるされる鋭利なきらめき。今のそれはまがいもの。不純物まじりの
このまま、一生が続くのだと思っていた。でも、二十歳になったとき、看守たちの態度が少し変わった。もちろん、今でもひんぱんに特別な教育を受けるし、セイをうばいあう争いも絶えない。だが、あきらかにその頻度は減った。何人かは別の新しく収容された少女のところへ通うようになった。
飽きられたのだ。それに、女の容姿は年々おとろえていく。今はまだ、セイはとびきり美しい。でも、それは永遠ではない。可愛がられるのはあと五年か、十年か。とつぜん、セイはその事実に気づいてしまった。
初めて自分の未来が怖くなった。不要になった自分はどうなるのだろう。あっさりと処刑されるのだろうか? それとも、重犯罪者にまざり、重労働にまわされるのだろうか? もしや、あの恐ろしいウワサどおり、旧地区の研究施設につれていかれるのか? そこで悲惨な人体実験に……。
考えるだけで、ふるえがつく。処刑されるのはまだいい。むしろ、怖いのは重労働。これまで労働とはまったく無縁だった。今さら、この非力な体で重い労働に耐えられるわけがない。体を壊して、みじめにすすり泣く自分の姿が目に見えるようだ。
まわりの重犯罪者たちに身をまかせれば、一、二年は助けてもらえるかもしれない。でも、それも、もっと若い子が送られてくるまでだ。新しく誰かが来れば、自分はすてられる。誰にも返りみられない孤独な死……それだけはイヤだ。
セイは深刻な恐怖にみまわれた。ふさいでいるセイを心配してくれたのは、セイが収容された当初から、たまに教育を受けていた教官の一人だ。
「どうかしたのか? セイ。このごろ元気ないな」
彼に問われて、セイは悩みをうちあけた。ほかの男たちは、セイを抱くために機嫌をとりはするが、そんなふうに気づかってくれる人はいない。いつまでも下っぱ教官どまりの彼は、決してハンサムではない。とくに裁量もない。だが、優しかった。その優しさは、セイにだけ特別なものだ。
「セイ。以前のおまえは、おれには高嶺の花だった。今でこそよく来れるようになったが、以前は大変だったよ。よほどの急な空きでもなければ、おれの順番はまわってこなかった。おまえをヴァルハラ市民にして身請けできたらな。おれの給料じゃムリだが……」
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