残酷な一夜5
*
ヒロキが気づいたとき、食堂は真っ暗になっていた。消灯時間をすぎている。あたりには誰もいない。個別の部屋に帰っていったあとのようだ。
非常灯のほのかな光に、あわく浮きあがる自分の裸をヒロキはながめた。
こんなことはなれている。いつものことだ。だけど、今日は涙がこぼれた。レイヤの冷たい目が忘れられない。体に刻まれた痛みよりも、心に刻まれたその痛みのほうが数倍強い。
泣いていると、食堂に一番近い部屋のドアがひらいた。忍び足でセイがやってくる。
「つらかったね。おいで」
セイに支えられながら、彼女の部屋まで移動した。
「お腹へったね? 備品の非常食でよければ食べて。飲み物、持ってきてあげる。さきにシャワーあびてて」
出ていこうとするセイを、ヒロキは呼びとめた。
「なんで……こんなによくしてくれるんですか? わたし、異端者なんですよ」
セイは無言で自分の襟元をさげた。ヒロキと同じ青い色素が、セイの雪のような白い肌にも沈殿している。やはり、セイは異端者だった。
「ひとめでわかった。あなたが仲間だってこと。ごめんね。助けてあげられなくて。あの場に行けば、わたしもやられるだけだったから」
たしかに、あの状態ではそうだ。セイはいかにも非力だし、異端者をかばえば、その人も異端を疑われる。首の飾りを見つかればおしまいだ。
「いいんです。失神したから、どこも切られてないみたいだし。服はボロボロにされたけど……」
ヒロキは引き裂かれた衣服のポケットをさぐった。部屋のロックを解除するIDカードがなくなっている。
「カードキーが……ない」
「じゃあ、それも探してくる。やつらにとりあげられてなければいいけど……」
セイは一人で廊下の暗闇へ出ていった。
しばらく、ヒロキは床にくずれていた。這うようにして浴室へ行く。冷めきった体をあたためたい。浴室にすわりこみ、頭からシャワーをかぶる。熱い湯がとても心地よかった。
それにしても、シロウたちはどうしてヒロキを拘束しなかったのだろう? ヒロキが異端者だとハッキリしたのに。
ヒロキの異端は矯正されているから、ほっといても無害だと考えたのだろうか? じっさい、無害だが。暴力行為なんて、とてもできない。
いや、たぶん、あのなかの誰かが、すでにヒロキを通報したのだ。翌朝にはヒロキが逮捕されると、彼らは思っている。だから、ヒロキを放置したまま去っていった。
あとで、ロビーのスクリーンを見てみようと思った。誰がどのカードを誰に対して使ったか。そこまではわからない。だが、どのカードが何枚使用されたかはわかる。三時間ごとの更新は、今なら真夜中の一時が最新だ。ヒロキはこれまで集計を気にかけてなかったことを悔やんだ。通報された時間帯も重要だったかもしれない。
(今……何時だろう? 逮捕と私刑は登録、二時までだ)
ヒロキは迷っていた。自分はカードを使用するべきなのだろうか? 敵の正体を知ったからといって、それを使いたくない。でも、ヒロキがカードを使わなかったとき、セイはどんな行動に出るだろう?
シャワーの熱い湯が、激しい雨のようにヒロキをたたく。
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