裏切りの朝6
「寝る前に喉が渇いたので、紅茶を飲みましたよ。帰るときにIDカードを落とした。かがんでひろったんです。それだけのことですよ」
「ちょっと待てよ」と、笑いだしたのはシロウだ。「おまえら、変だ。なんだってそんな時間に、やたら出歩いてるんだ? しかも、ほんの数分のあいだに何人もウロついてるくせに、誰もほかのヤツを見てない? それって人目を忍んで歩いてたからか?」
シロウはときどき、するどいことを言う。たしかに、あのとき、ヒロキとセイは人に見つからないように気をくばっていた。リンに見られていたとは思わなかったが。ヒロキたちが人目をさけていたように、ショウやレイヤもそうだったのでは?
すると、ショウは笑う。
「たまたまですよ。私は誰かに会えば、おやすみのあいさつくらいはしましたよ。やましいことなどありませんから」
ほんとうだろうか……?
なんだか、みんなが怪しく見える。
さらには、ショウがこんな疑問をなげかける。
「ヨウコさんですが、あの人、自分で死んだわけじゃないですよね?」
あっと声をあげたのは、ホヅミだ。
「たしかに。変だよね。自殺だったならいいけど」
ヒロキはまだ彼らの言いたい意味がわからない。思いきってたずねる。
「あの……どういうことですか?」
ホヅミは口をゆがめるだけだが、ショウが親切に教えてくれた。
「もしも、彼女が異端者に殺されたんだとしたら、おかしいんですよ。異端者はどうやってヨウコさんの部屋に入ったんでしょうね? 鍵は本人にしかあけられない」
思案しつつ、レイヤが答える。
「あの人は沈黙のマリオネットを殺すと宣言してた。ということは、危険人物かもしれないと思っていても、誰かがたずねてきたら、室内に入れた可能性がある。だから、入るのはかんたんだったはずだ。出るときはオートロックだしな」
「なるほど。そうですね。密室殺人じゃないかと思いました。もしそうなら、たいへんだ」
マナブが吐息をつく。
「それより大事なのは、セイのカードがどうなったかじゃないか? さっき、公安のやつら、死体は片づけてったけど、カードは持っていったのかな? ヨウコのは死体といっしょに持ってったけど」
たしかにそれは重大な問題だ。今後のゲームの勝敗にかかわってくる。セイは異端者。毒かナイフのどちらかだ。もし、セイのカードが没収されているなら、異端者は一人では捜査官を私刑にできない。すでに異端者の完全勝利はなくなっている。
ホヅミがみんなに問いかける。
「誰か死体のそばにカード見なかった?」
妙な確信を持って、ショウが答えた。
「死体のそばにはありませんでした。金庫で保管してたんだと思いますね」
シロウがつっこむ。
「なんで断言できるんだよ?」
ショウはマジシャンらしい笑みを返す。
「死体を調べたからです。みなさんと見てるとき。気づきませんでしたか?」
ショウの指には、いつのまにかIDカードが一枚はさまれていた。
「おまえ、それ、まさか……」
シロウでさえ、おどろく。ショウは微笑した。
「セイのIDです。彼女の服が廊下のすみにあったでしょう? ちゃんとポケットに入ってましたよ。しかし、カードはなかった」
シロウは立ちあがった。
「じゃあ、部屋、調べてみようぜ」
だが、マナブとホヅミが止める。
「あんたはダメだ。信用ならない。今、一番、怪しいのあんただからな。そうだ。レイヤがいい」と、マナブ。
「そうね。ここは捜査官のレイヤが調べるべき」
「ホヅミ。おまえ、医者の卵だろ。レイヤといっしょに見てこいよ」
というわけで、レイヤとホヅミがつれだってセイの部屋に入っていった。待つあいだに、ヒロキは言った。
「あの……セイは昨日、カードを一枚、使ったって言ってました」
反応を返してくれたのはマナブだけだ。
「え? マジ? なんで君、知ってんの?」
「セイはわたしを異端者だと思って打ちあけてくれたんです」
「そっか。リンチカードも二枚使われてたんだっけ。セイは誰に登録したんだろう」
ヒロキは首をふった。セイはレイヤに入れたに違いない。でも、これ以上、レイヤを危険にさらしたくない。
「あの……リンチカードは捜査官以外には無効なんですよね?」
「うん」
「それで、マナブさんとルールブック読んだとき。たしか書いてありましたよね。無効の場合は八時の時報のあとに放送されるって」
「そうだったかな」
「二枚、昨日のうちに使われたのに、私刑はおこなわれなかった。それが無効だったって放送もなかった。ていうことは、私刑カードは別々の二人に、一枚ずつ使われたってことですね」
ヒロキは疑問だった。
昨日までは、レイヤが捜査官だとは知れ渡ってなかった。なぜ、この時点での私刑登録なのだろう。
そのことをヒロキが言うと、マナブも首をひねった。
「たしかに、おかしいな。逮捕以外のカードは二枚ずつしかないんだから、もっと慎重に使うはずだよな。あんた、なんか考えある?」
マナブはシロウに問いかける。シロウは無言で首をふった。
話してるうちに、レイヤとホヅミが帰ってきた。ショウが手をさしだす。ホヅミはIDカードをショウに返した。
「どうだった?」
たずねるマナブに、レイヤは厳しい目で告げる。
「たぶん、持っていかれたな。金庫のドアが不自然にひらかれたままになってた。室内にカードはない」
マナブはいっきに消沈する。
「じゃあまだ、異端者の完全勝利も生きてるのか」
黙りこんで考えていたショウが口をひらいた。
「犯人はなぜ、セイのIDカードを持っていかなかったんでしょうね。私刑カードは盗んだのに」
レイヤが答える。
「挑戦してるんじゃないか? やつはセイを室内で殺した形跡がある。ベッドが乱れてた。流血のあとも。そのまま死体を放置しておけば、少なくとも、今朝の八時まで犯行はバレなかった。死体がおれたちの目にふれることもなかっただろう。特安が勝手に片づけて運んでいっただろうからな。ヨウコみたいに。それがイヤだから、わざと死体をさらした。派手な解体までして。おれたちの恐怖をあおるために。次はおまえたちだと言ってるんだ」
ヒロキは息をのんだ。
「わたしたちを……一人ずつ殺していくつもりなの?」
しかし、レイヤはわざとヒロキとは反対のほうを向く。
「まあ、そのつもりなんだろうな。私刑カードも持ってる。止められるなら止めてみろ——そういう挑戦だ」
沈黙があたりを支配した。
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