第33話 禁書

 正式に断りを入れたその日の内から風向きが変わった。

 軍服を着た方々が、ペンドラゴン書店の本を大量に買っていったのだ。そして夜には、大佐の元に呼び出される羽目になった。


「ホークテイル神官。こちらの本ですが、しばらくお店に置くのを避けていただきたいのですが」


 さすがに言葉に詰まった。


「それはどういう理由ですか?」

「理由はお察しください。しばらく禁書といたします。よろしいですな?」

「……え? いや、ちょっと待ってください」

「何か?」

「いやいや。これを書いている作家さんもいるのです。彼らの収入を絶ってしまうことになりますが」

「そうですね。残念ですが」

「……いやいやいや。残念ですが? いや、ダメでしょ? 何か問題があります? この本とか、ただの恋愛物語ですけど?」

「はい。兵の士気に関わるものです」

「……それは、そちらが読まなければよいだけでは?」

「もちろん、兵には読まないように通達しますが、書店にも、是非ご協力いただきたいのです」


 なんだ?

 ほんの少し前には「兵士と街の人との恋愛話を書け」と言って、今度は「恋愛話は売るな。禁書だ」という。


「どういう基準でこれらは禁書なのですか?」

「今は兵の士気に関わるかどうかとしかお答えできません」

「じゃあ、歴史モノや戦記物ならよろしいのですか?」


 こっちも作家の収入を背負っている。何を書かせればいいのか、こちらで判断できないようでは、作家への指導ができない。

 大佐は口ひげをつねって考えている。

 さすがに、この系統は良いのだろうか。


「それも中身を拝見しましょう」


 ……しくじったか。余計なことを言ったかもしれない。シヴァの本は大半が戦いの無情を語っている。これじゃあ、発刊前に、いちいち軍の許可を取る必要があるじゃないか。


「あと、聖典に関わる現代語訳の本も禁止させていただきます」

「え。それは士気に関係なくないですか?」


 聖典が無くなっても売上に影響はないが、置くなと言われると在庫の処分に困る。


「今回、我々はアリフィエント国の神々を背負って戦います。聖典の俗人化はこのましくありませんので」

「……それは、教会には?」

「もちろん、伝えました。既にご同意いただいてます」

「本当ですか? 教会が同意するように思えませんが……」

「もちろん、多少は難色は示されましたがね。ちょっと頭を冷やしてもらっています。そもそも、聖典の現代語訳化は、カレンドリア教会で行われたことで、本教会そのものは許可をされたものではないと聞いています」


 王軍はカレンドリアをどうするつもりだろうか。

 漠とした不安が襲ってきた。

 聖地があることもあって、カレンドリアは首都よりも神官が多い。それを黙らせるのに、首都の本教会を使ったらしい。

 だが、それでもきっと正司祭さまが抵抗したに違いない。教区は基本、自治が認められているからだ。

 

「その件、正司祭さまのお達しを待ってからでもよろしいですか?」

「ええ、もちろん。ですが、彼女は、既に同意していますよ」


 えー。時間稼ぎをしようと思ったが、既に頭を冷やした後ということか。短時間でよく説得をしたものだ。いや……この口ぶり。正司祭さまの身に何かあったのか?


「正司祭さまはご無事ですか?」

「もちろん。我々は王軍ですが、神々を背負って戦う軍です。さすがにカレンドリア市教区の最高責任者である彼女に不都合になるようなことはしていません。多少、制限してもらっただけです」


 大佐は羽根を折るようなしぐさをした。王軍のスタンスを知るには十分だった。教会を怖がっていない。むしろ勝手な真似は許さない程度に、羽根を折ったということか。


「ちなみに、先ほどの書店に並べる本についてですが、いつまでに行えばよろしいですか?」

「兵の到着までにはお願いいたします」

「……それは、いつ頃にご到着ですか?」

「明後日です」

「……検討させてください」


 その言葉に大佐の眉が動いた。


「神官。検討とおっしゃいましたが、勘違いされてらっしゃるかもしれないので、一応、ご忠告いたしますが」

「……なんでしょう?」

「王国の法は、王国にあります。教会も王国の庇護によって守られている存在です」

「……存じ上げております」

「ならば、よろしいでしょう。先ほどの書店に並べる本の件、王軍はあなたにお伺いをしているのではありません」

「お伺いでなければ……何でしょう?」

「命令ですよ」


 唇を噛んだ。

 どうやら、既にドラゴンの尾を踏んでいるらしい。


「今後の作品については?」


 聞きたくないが、聞かざるを得ない。

 キノたち作家や全国の書店を守るためには仕方がない。


「ああ、それは兵の士気に関わると思えば、禁書にします」

「……出版後にということですか?」

「ええ。それが何か?」

「それですと、我々が大損失を被ることになります」

「それは残念ですね」

「……書店の存続が不可能になると、この街のガイドブックを作ることも困難になります。それにこの街にはキノ・ペンドラゴンや、シヴァ・ローグワンのような作家がたくさんいて、彼らの本が読めないと街の人が騒ぎ出します」


 大佐の動きが止まった。

 ……なんだ? ガイドブックは、もっと上からの命令か?

 ははぁん。兵士の恋愛ものが拒否され、ガイドブックまで拒否されたとあっては、大佐も軍本部に申し開きができないのではないのか?


「なるほど。では、印刷前に我々に提出していただきましょう。確認用の部隊を作ります」


 ……これは、本の内容にイチイチ口出しをするってことか?

 なかなか、嫌な落としどころになった。

 話せば話す程、こちらの立場が悪くなる。


「それは、いつまで続けるおつもりですか?」

「さあ。少なくとも戦争の決着がつくまではこのままでしょうな」

「そ、そんな無責任なことがありますかっ!」


 ……しまった。うっかり声を荒らげてしまった。

 驚いた大佐が、こちらを睨みつけている。


「ホークテイル神官は、我々には同意できないということですかな?」

「……いや。そういうことではなくてですね」

「残念です。我が国は、教会とは随分と仲良くしてきたつもりですが……」

「それは、はい。その通りです」

「ですが、仲良くした結果、神官たちを甘やかしたようですな。教会よりも国家のほうが上位にあることをお忘れですか?」

「もちろん。甘えているつもりはございません。ただ、生活に困るものが」

「下々の芸能と、王軍の士気とどちらが重要だとお考えですか?」

「それでも、その下々の芸能を楽しみにしている読者がいます。それで生活をしている作家もいるのです!」

「ならば、そのような方々も軍に志願してもらいましょう。我が軍で面倒をみます」

「そんな!」


 言ってることがめちゃくちゃだ。

 どうも、性格の悪い軍人に当たってしまった様子だ。

 キノやシヴァのような一癖も二癖もあるような者たちが軍におとなしく入るわけがない。


「せめて、あと一ヶ月、待っていただけませんでしょうか?」

「申し訳ないが無理ですな」


 大佐はにこやかに笑うが、譲る気は全くない。

 来月にはペンドラゴン短編賞の発表がある。なんとか一ヶ月ずらせれば……。


「そこをなんとか」

「そういう態度ですか。どうしても協力いただけないのであれば、申し訳ない」


 大佐は指を鳴らすと、後ろの扉から二名の兵士が現れた。


「な、な、なんですか?」

「ホークテイル神官。あなたが嘘を言うとは思えないが、軍の任務に不都合な市民は拘束してもよいという権限が、我々佐官には与えられていましてね。おい、懲罰房にお連れしろ」


 私を後ろ手に縛りあげ、部屋から連れ出された。


「軍の活動に支障があります。部隊の到着まで我慢ください」


 なんの支障だよ? だが、ここで抵抗するわけにもいかない。


 ──その連れていかれた先の懲罰房で、私は信じられない人物と出会った。


 会いたくはなかったが。

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