第28話 書評
各地にペンドラゴン書店ができ、徐々に売上が安定してきたころ
「こんなのが、アリギガースの街で売られていたそうです」
そう言って、書店員が持ってきた本には『年間ベスト書籍』と書かれてあった。
私たちの知らない本だった。
ペンドラゴン書店が各街に広がっていったとき、覚悟はしていた。
恐らくは誰かが似たようなビジネスを始めるだろう、と。
実際、真似されるのに、半年も掛からなかった。
仕組みさえ分かれば簡単だし、アランの店では今では紙だけではなく、インクや印刷機も販売をしている。やろうと思えば誰でもやれる。
だが、やれるかどうかと、儲けられるかどうかは、違う。
アランが直接やらなかったのは、私たちに遠慮したことと、やはり制作ノウハウがないと判断したからだろう。言い方は悪いが『キノたちにやらせた方がいい』という判断に違いない。
首都や首都近郊の街、それにいくつかの港町で似たようなペンドラゴン書店と似たような書店が発生し始めていた。それに伴い、各地に作家も現れた。
当然、物語の質の低下が発生した。
それ故に、ペンドラゴン書店の本当の競合になるには時間がかかると考えていた。私たちの知らないところで、突然、優秀な作家が現れる可能性は当然ある。だが、まだまだ先のことだろう、と。それまでは、私たちが質を担保し続けないといけない。読者はどれが面白いのか分からないのだから。
そんなことを考えていた矢先に、この『年間ベスト書籍』だった。
中身は、この一年で刊行された書籍について、点数評価をしているものだった。
しかも中身は全てペンドラゴン書店の本だ。
……まあ、全国的に本を売っているのはウチだけだから仕方がない。
今年は割と本の質に手を入れたつもりだが、売上が芳しくないものもあった。
それでも年間で五十冊を刊行した。その中の三十冊がランキング形式で紹介されてあった。
一位に輝いたのは『わたしの最悪な恋愛』だ。
これは新進気鋭の新人作家が書き始めたシリーズものだ。キノが作った恋愛の型を使いながら、オチを毎回、手を変え品を変え、破局になっていく女主人公の姿をコミカルに描いている。いま、三巻まで出ている。
この『年間ベスト書籍』には、簡単な内容の紹介と、評価がついていた。
……生意気だな。だが、なかなかしっかりとした評価が下されている。
書いた人物は、よほどの本好きなのだろう。過去作品で作者が、短編を通じてこのコミカルの型を磨き続けていた事にも言及している。
しっかり調べてきているなぁ。
その通りだ。
これを書いた女性作家は、もともと会話の掛け合いが面白い作家だった。この才能を活かして、恋愛と喜劇を掛け合わせた作風で勝負したのだ。恋愛の勘違いが勘違いを呼ぶ作品や、全然相手の気持ちに気付けない日常を描いている。
だが、作者に知名度があまりないせいもあり、あまり芳しくない成績で終わった。
まだ多くの作品が、作者の知名度に依存しすぎている。
それに、こういうのは続けないと、面白さが伝わらない。
諦めかけている彼女に、この作風で続けるように、何度もお願いをしたものだ。
ランキングの評価では『テーマも軽妙な会話も満点であり、今を必死に生きる女性を誇張気味に描いた滑稽さと、読後の爽やかさと、残念な結果が絶妙だ』とある。
うん。凄いな。しっかりと伝わっている。
今までファンからの感想文などを貰ったことがあるが、ここまで分析的に書かれたものはない。この作品が、キノの恋愛の型を踏襲しながらも、結婚前の等身大の女性をコミカルに描いたことに満足しているらしい。
ちゃんと読む人もいるものだな。
以下、二位、三位と十位までは同じように評価を下しているが、十一位あたりから、雲行きが怪しくなる。
徐々に、小言が増えている気がする……。
ちょっと作者が読んだら傷つくんじゃないかという表現もあった。
うーん……。
オチが陳腐とか、どこかで見た展開とか、言いたいことはわかるが、そうそう毎回、斬新なオチや、変な構造の物語を作れるものでもない。
成功した型を使って、作家を指導し成長を促してきた弊害とも言えるが、目立たないようにやったつもりだったが、見抜かれていたか。
読者のイチ意見として捉えるべきか……。
二十五位にキノの書いた物語が入っている。
これを見たら、キノが悲しむだろうなぁ。
読みようによっては罵詈雑言にも読める。曰く、『テンプレ通りで、目新しさに欠ける。似たような展開』などなど。言外に「もはや、キノの物語は古いのではないか」と言いたげだ。
キノの本の売上は確かに最盛期に比べて、多少、落ちている感触はある。
……確かに、少しマンネリになってきているのは認める。
だが、これは我々が彼女を、このジャンルに引き留めた結果でもある。
キノ自身は何度も、
「そろそろ、恋愛ジャンルじゃない作品が書きたいのだが」
と懇願している。
そもそも恋愛経験ゼロの彼女が、三十八作も恋愛モノを書いたというのが奇跡だ。
「もう何も出ない。絞り切ったよ」
と泣き言を言うのを周りが「またまた、キノ先生は」となだめすかして書かせ続けた結果だ。そろそろキノも本気の恋愛をした方がいい年齢だよ。想像だけでここまで書けるのもすごいが、さすがにキツいだろう。
ランキングは売上に関係のない、純粋に本の面白さを比較したランキングだ。
それだけに残酷な結果だった。
◇
「で、俺のは、三十位以下ってこと?」
「シヴァのは対象外かしらね? シヴァはシリーズものを出しているから。ここに載っているのは、全て、一冊で完結する物語だし」
「寂しいな。ま、このランキングを作ったのは女だろう」
「何故?」
「上位のラインナップが明らかに女性寄りだ。恋愛、悲劇、喜劇に集中して、神話と英雄譚がほとんどない。恋愛がらみの英雄譚があるくらいか」
「……言われてみれば」
「とはいえ、この先、男の作家たちも戦々恐々だろうな。ランキングというのは一見『良いもの』を教えているように見えるが、『ダメなもの』を教えている。ここに載らないのは、ショックだろうな。売れなくなる」
「確かに。なら、こちらでランキングの企画をして、ジャンルごとに上位十作をまんべんなく出すとか、お薦めの本を紹介する企画本をすればよかったかしら」
「ははは。やめとけ、やめとけ。公募選評のときですら、数字を振るのを躊躇しただろ? プロの物語に優劣をつけるなんて、もっと難しいことだぜ」
「……」
シヴァの言うことも正論。
物語には点数も優劣もつかない。それぞれの物語にそれぞれの読者がいる。
いや、それぞれの読者に必要な物語が存在していると言ってもいい。
ファンが多ければ売上が上がるが、それが物語として面白いかどうかに関しては疑問もある。
そもそも、その物語が面白いか、面白くないかの判断は難しい。
時代性が入っているとはいえ、男性向けの小説に女性の読者が少ないように、恋愛モノの小説に男性読者は少ない。それは、その人にとって面白くないからだ。
それ故、この本の影響がどうなるか、気にはなるが、影響は軽微だと考えていた。
それは数日後に訪れた。
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