第29話 読者

 アリギガースの街で発行された、この薄い本が、ペンドラゴン書店の売上を左右するまでになるとは、この時点では考えていなかった。


 だが、数日後、徐々にその『年間ベスト書籍』を片手に、ペンドラゴン書店で本を探す人が現れ始めると、書店のレイアウトをそのランキング合わせて陳列し直さざるを得なくなったし、製本部は急いで一位から十位までの本を増刷した。


 特に一位の『わたしの最悪な恋愛』は、瞬く間に売れていった。

 増刷に次ぐ増刷だ。面白さが分かってきたのだろう。本屋に客が殺到するようになったのだ。


 そして、その後に、等身大の女性の等身大の恋愛を描く作品がヒットをしていく。

 キノのように等身大の女性だがファンタジーな恋愛を描く作品にも需要はあるが、圧倒的な勢いで流れが変わったのだ。


 なんという激変ぶりだろうか。

 今まで一生懸命、帯に推薦文を書いていたのがバカバカしくなるくらい、売上がガラリと変わってしまった。


 結局、読者は誰かが面白いといった作品に飛びつくのかもしれない。それまで、誰にも発見されていないだけで、面白い本は世の中に眠っているのだ。


 多くの読者は、これが面白いと言っていいのか自信がない。そういうことだろう。

 つまり、あの書評を頼りに面白さを探っているのかもしれない。


 こちらが用意した帯文や推薦文に客が反応しないのは、文を書いた側が「売る側」であることも影響しているのだろう。


 いつぞや見た絨毯屋と同じだ。判断材料を書いているつもりが、いつしか、売ろう、売ろうと押し付けていたに違いない。


 ところが今や、あのランキングができてからはどうだ? 一位の本は老若男女を問わずに買っていく。ちなみに全部失恋する話だ。パターンはいろいろあるが、どれもこれも、最後にはめでたく振られるし、振る。カレンドリアの強い女が主人公だ。


 どうやら、そこに多くの共感が集まっている。

 この国では有名な『カレンドリア気質』の女だ。強情でよく笑い、ぶっきらぼうだが、情に深い。もしかしたら、書評を書いた人も、カレンドリア出身なのかもしれない。


 よくよく見たら、二位も三位も、カレンドリアの街が舞台になっている現代ものだ。


 二位は父と娘の親子愛を描いた作品だ。これは割と珍しいジャンルだ。娘の視点から、冒険者の父親への嫌悪と尊敬が描かれている。二人はカレンドリアに住んでいる。


 三位はへっぽこ冒険者見習いの彼氏が、下宿先の若い未亡人のことを好きになっていく話だ。下宿先の住人たちの怪しさと、未亡人に恋する勇者さまから、主人公が未亡人を守り続けるのをコミカルに描いている。……この三位の作品も、少し喜劇が入っている。この下宿はカレンドリアに実在する。


 この人は喜劇が好きなのかも?

 やたらと会話やシチュエーションが笑える作品が選ばれている気がする。


 一方で、カレンドリアじゃない場所の話も高い評価を出している。実在する街はもとより、ファンタジー世界を歩く旅物語にも高評価を入れている。


 ちなみに、このランキング書評によって最も混乱したのは作家たちだ。たった一冊の書評本が、作家の勢力図を塗り替えたのだから。


 キノ、シヴァの二大巨頭時代が終わりを迎え、ここから、多様作家時代に突入する。皆が、年間のベスト本しか買わなくなる時代が到来したのだ。


「ごめんね。リーヴ。お店、混んでて」

「いえ、いいんですよ。それで、注文した本は」

「はい、こちらね」


 リーヴは、ペンドラゴン書店が出来た頃から通う常連のお嬢さんだ。

 確か初めてここにきた時は、熱心にキノの本を読んでいた。当時は立ち読みだった。シヴァが出てきたころに、シヴァの本に感動して買っていった。

 その後、キノの新刊やシヴァの続編を買い続けた小さな常連さんだ。

 変化があったのは、短編賞辺りか。

 元々病弱そうな子だったが、咳込みながら、短編集を買っていき、その後、いくつかの作家の作品を追いかけるように買っていった。


 店員ともすっかり仲良くなって、私とも顔なじみだ。


 そのリーヴが今日は目を合わせようともしない。

 店が混んでいるのが嫌なのか。睨みつけるように、混雑したランキングコーナーを見ていた。少しだけ笑って。


「リーブ。ごめんなさいね。誰かさんがあんなランキングなんかしたものだから」

「リリカさんは、どう思いました? あのランキング」

「んー。まあ、書かれていることは、まっとうな評価にも見えるけど、正直、やってほしくなかったわね」

「何故です?」

「うーん。これは作り手のエゴなんだけど、声の大きな人が『これがいい』って言って、本来逢うべき本が、逢うべき相手に逢えない気がしてね。それと十一位以下の評価がひどいわ」

「ははは。確かに、ひどいですよねぇ」


 ちょっと棘のある笑い。


「作品に対する愛情がないのよね。いや作品に対する敬意がない」

「……そうですね」

「本人はスカっとしているだけかもしれないけど、本人の視野の範囲でしかものが見えない人なのかもね」

「みんなそうじゃないんですか?」

「うーん。作家は想像力を使って見えないものを見ようとし、見たことのないものを伝えようとするからね。見たことのない風景を見て欲しいわね」

「読む側も想像力を使います」

「もちろん。物語って互いの想像力の伝言ゲームかもしれないわね。ただ、ある人の想像したものが、ある人には届かないこともある。その時に、それを面白くないと評価していいのかなぁって思うのよね」

「……お、面白くないとは書かれてなかったと思いますけど」

「まあ、ランキングにするってことは、そう言う面があるのよねぇ。11位は10位より面白くないとされてしまう」

「そんなつもりは」

「現に、このコーナーも、10位までしか作れないし、増刷もあのランキングに応じてするしかないわ」

「他は売れないんですか?」

「ええ。悔しいけどね。私たちが思っているよりも読者は無暗に想像力を使いたがらないわ。そりゃそうよね。もしも自由自在に使えるのなら、自分で物語を作るわよ。ま、だからこそ別の人が想像できた話が望まれるの。ここに根本的に私たちが見落とした何かがあるのでしょうね。もっとタイトルや帯でどういう物語で、どういう人に向けているのか、書くべきかもしれないわね」

「でも、まあ結論、面白い本だけが残るのであれば、いいのでは?」

「さあ、どうかしら。誰かが面白いと言った本は、やはり誰かにとって面白くない本なのよねぇ。作家が面白いと思って書いた本が、誰かさんには面白くないようにね」

「じゃあどうしたら?」

「ひとつは、一人の視点で順位をつけないことね。もちろん売れ行きランキングなんて、もっと意味がないかもしれない」

「でも、読者の視点で投票してしまえば、結局、売れ行きランキングに近づいてしまいませんか?」

「その通り。例えば、難しいけど、作家同士で投票するとか、書店の店員が投票するとか。幅広く評者を取るとか? ま、机上の空論かもしれないけどね」


 実際に、作家は自分の好みのジャンルに偏るし、書店員も売りたい本に偏る。まあ、売りたい本こそ、良い本とすることはできるかもしれないけど。


「もう一つは、もっと書評をする人が生まれることね。『書評のための書評』から『読者の為の読者代表』として、本当に読者に推したい本を推す。そこにランキングなんか要らないわ。その為には、書評をする人には、本もたくさん読んでいて欲しいけど、いろんな視点の社会経験も欲しいわね。そうすれば、その書評家のファンも現れるわ。もっと多くの本を、もっと多くの読者に届けてみたら? リーヴ」


 リーヴの驚いた顔と言ったら。

 そして顔を真っ赤にした。


「……いつから気付いていたんですか?」

「まあ、話の流れでなんとなくだけどね」


 文章を書く人の顔ってなんとなくわかるようになってきたからね。

 

「来年から、うちも、書評の本を出すわ。あなたも手伝う?」


 リーヴは迷いながらも頷いた。

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