第27話 選評

 選ばれた作品は、どれも珠玉の作品だった。

 最初はどうなることかと思ったが、やってみて正解だった。


 作者と連絡を取り、何回か書写士の指摘を伝え、修正に応じてもらい、完成原稿を書写士に書写してもらった。

 それを、八作品まとめて、一冊の本にした。

 いろいろな作家の短編が読める形式で勝負してみたのだ。


『第一回 ペンドラゴン短編賞 優秀作品集』


 と銘打ってみた。

 これがかなり好評で、あっという間に予定していた百冊を完売し、増刷を繰り返した。


 この作品集の巻末で、読者感想を募った。

 キノとシヴァが、双方「これ以上の優劣はない」と言ってきたからだ。「それを優劣つけるんだってば」と無理強いしたが、頑として聞かない。


 二人にそこまで言われたら仕方がない。


 大賞は読者投票に委ねられた。

 が、もはや賞金は微々たる額に感じるに違いない。今や、増刷に増刷を繰り返し、全員に平等に売り上げに応じた報酬を払っている。


 結果、選ばれたのは、予想外に恋愛モノだった。

 ペンドラゴン書店のお客様には、キノの読者が多いせいもあったのかもしれない。

 次点は代理決闘の歴史モノだったので、シヴァの読者の影響だろう。


 読者投票は作品名だけでなく、感想を寄せてくれる人もいた。

 特に泣けた物語と、とにかく笑えた物語には、多くの感想文が寄せられた。ただし、新機軸でもあり、選ぶのに躊躇したのだろう。人というのは、新しいものに対して、自分の評価を信用できない部分はどうしてもある。


 一人だけ、全作品に細かく感想を書いてくれた人もいて、読みごたえがあった。作者たちが書店に寄る機会があれば、読ませてやりたいくらいだ。


 この『第一回 ペンドラゴン短編賞』の本が売れた理由には、新しい作家の登場と、自分たちが投票できるという仕組みと、もう一つある。


 キノとシヴァの選評が旧来の読者にウケたらしい。

 

「かなり気を遣うね。私の読者がいるかもしれないわけだろ?」


 とキノにしてはかなり硬い文章で選評を書いてくれた。何故、この作品を自分が推したのかを懇切丁寧に語った。


 一方でシヴァは、無言で一気に書き上げてくれた。

 コイツにこそ、気を遣って欲しいと、恐る恐る読んだが、軽妙洒脱な文でありながら、どれも作者の苦労をおもんぱかり、この先の作家への道を示してくれている。愛に溢れていた。


「意外ね」

「そうか? 俺はもともと優しいんだが?」


 心外だと笑っていたが、感覚的に書いていると思っていたキノが細かく分析をし、計算高く書いていると思ったシヴァが手放しでその感動を褒めちぎるという、確かに意外な選評が載ることになった。


 結果、応募総数よりも多い千冊が発行された。久々のヒット商品になった。


 ちなみに、中には納得のいかなかった作者もいたようで、自分の作品のどこがいけなかったのかを読者投票の手紙の際に聞いてきた。

 作者の名前と照合し、リジャール士長と私の評価をまとめ、お伝えしたが、どうやらそれに感動してもらえたらしい。返事には


「本当に読んでくださっていたとは! ありがとうございます!」


 とある。読まれずに捨てられたと思っている人もいたのだろう。次回からは、一次選考に通った作品、二次選考に通った作品をちゃんと記載してやるとするか。


「我々の選評も感想文を添えて、皆さんにお送りしてはいかがです?」


 とリジャール士長が手間のかかりそうなことを言うが、悪くない案ね。


 この先、この産業が拡大していく時は、作家の存在、作品の優劣が売上の源泉になっていくはず。作家の数と質が、うちの売上の源泉になる一方で、作家の質が向上するのには時間がかかる。今の段階では、質の悪い作家を見捨てるよりも、囲い込んで育てたほうが、まだ見ぬ競合に対して、いい障害になるはず。


 にひひ。


 有望な作家たちを囲い込んで、作家に「ペンドラゴン書店のために書きたい」と言わせる必要がある。いわば、忠誠心だ。作家の忠誠心を集めるには、恩義と付き合いという情に訴えるのが一番いい。

 そうなると、育て方が重要になってくるのは間違いないだろう。

  

 アイデアは優れていても、文章力や構成力には、経験や実験が必要。

 この経験を一緒に積んでいくことで、ここでしか出せないと摺り込んでいけば、この事業も安泰になるだろう。

 ふふふ。むふふ。ふははははっ。


「リリカさんは、作家のためと思っている時、本当にいい笑顔をしますよね」


 リジャール士長が何の考えもなしに私の笑顔を誉めてくるのが恥ずかしいが、嘘はない。これ全て、作家のためだ。


  ◇


 こうして、選評を公平に行った証を公にしていき、様々な作家の短編作品を集めた「ペンドラゴン短編集」は、回を重ねるごとに洗練され、また最終選評が掲載されていくことで、作家希望者の勉強となり、短編のレベルが上がっていくことになった。今や作家希望者の中では「ペンドラ賞」という名で知られている。


 腕のある作家は、短編から中編、そして長編、大長編と、徐々に長さを増やしていくことで腕が上がっていった。


 また短編ではそこそこの人気しかなかったが、短編では入れられないような仕掛けや世界観、そして複雑な人間模様を長編で発揮することで、バカ売れする作家も登場するようになった。


 もちろん、短編に力を発揮する者もいて、より短く洗練された面白い話を作るものも現れた。

 より短くなっていくことでアイデアの数が問われるようになったが、長編よりも読みやすく、すぐに感動が得られることから、人気の作家となった。目標は千一話の短編を作るのだという。


 こうして短編から始めることで腕を磨き、それぞれの方向性を見出していくという作家たちが現れた。第二世代とでも言うべき世代だ。


 短編を見れば、腕が分かるというリジャール士長のアイデアは、大成功。

 こうして作品数が爆発的に増え、ペンドラゴン書店もキノやシヴァの作品だけでなく、短編集や短編作家たちのアンソロジー、または長編に移行していった作家たちの魅力的な作品で溢れだした。


 お蔭で書店の売上は順調だ。

 しかし、その一方で、作家への支払いは減っていった。

 総数は売れるが、一作当たりの売上は前に比べて小さくなっていったのだ。


 カレンドリアの街だけでは、客数に限りがあるのが原因だ。

 本を買うために、わざわざ危険を冒して、街道を歩くのは無理がある。

 こちらが、各街に展開するしかない。


 こうしてペンドラゴン書店は、主要な都市にも店舗を構えることになった。

 この先は流通に頼るだけでなく、各地に印刷所を設置し、店舗の管理もする必要があるだろう。悩みが増えそうだ。


 しかし、その悩み以上の問題が発生することになる。

 事の発端は、競合の登場だったが、競合の存在そのものよりも、そこから変わった作品が登場してしまったのだ。


 書評が誕生した。


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