第26話 選考

 こうして第一回ペンドラゴン短編賞が始まった。

 まあ、五十作品も集まれば万々歳だろう。

 第一選考は、信頼できる書写士の神官と、一作以上を書いた作家の方、全部で五名にお願いした。第二選考は私とキノとシヴァとリジャール士長に参加してもらうことにした。


 ……が、見積もりが甘かった。


 締め切り近くまで、全然作品が来なかったから「ま、五十はクリアするかな」と高をくくっていたが、締め切り当日にどっさりと来た。


「は、は、八百っ!?」


 その数は八百作。

 しくじった。短編だったからかな。

 提案してきたリジャール士長に文句を言いたくもなったが、やるしかない。ここで退いたら、それこそ書店の信用が落ちる。

 一次選考担当のシモンズ書写士も、机の上の膨大な紙を前に、恨めしそうにこちらを睨んでいる。いやぁ、この企画で喜んでいるのは、アランぐらいだろう。


 だが、作家希望者がこんなにいるというのが分かっただけでも、ありがたいことだ。それに言っても短編だ。読み始めれば、なんとかなるだろう。とはいえ、一次選考が五人では厳しい。


 急遽、教会に頼み込んで、書写士をもっと借りることにした。

 カレンドリアでは正司祭さまが協力的で嬉しかったが、書写士を管理する副司祭は苦い顔だ。自分の本が売れてないのも影響していることだろう。さすがに申し訳ない気持ちになる。

 ゴンドアはむしろリジャール士長が責任を感じたのか、自主的に送ってくれた。

 元の審査員と合わせて、全部で二十名で八百作を捌いた。


「一人四十作、読んで、上位五作をこちらの箱に……」


 一次選考で百作にまで減らし、私とリジャール士でこれを三十作までに減らし、最後にキノとシヴァでそれぞれ五作を選び、最大十作品を選ぶ。

 これなら、期間は二ヶ月以内でなんとかなるだろう。


 だが、現実はそうはならなかった。


「ひどすぎる」

「時制がおかしい」

「誤字だらけ」

「誰が話しているのか理解できない」


 全部で十ページしかない物語なのに、ほとんどが一ページ目で不平を言い始めた。特に借りてきた書写士は、細かいところが目について、話が入ってこないと文句を言う。


「ごめんなさい。一旦、そういうの、目をつぶって読んでもらえませんかね?」

「目をつぶったら、何も読めないですな」

「そうじゃなくて」


 杓子定規な対応は神官独特。融通が利かない。

 我慢して、物語の半分は読むようにと伝えるしかなかった。何かキラリと光るものがあれば、拾うことにした。


 すると様子が変わった。

 いい方向ではない。より悪い方向へと、だ。


「オチがない」

「最初から、半分まで、何の話かわからない」

「設定の説明だけで八割」

「ただの日記」

「キノ氏のパクリ」


 ふむ。そういうのは容赦なくボツ箱に入れてもらうことにした。

 書写士は日ごろから文章を読んでいるだけあって、判断が早い。ダメと思えばすぐにボツにした。一方、作家経験のある者は丹念に読んでからボツにした。


「直して面白くなるのであれば、残すんですけどねぇ」

「途中から面白くなるものもありますからね」

「とはいえ、短編ですからね。切れ味鋭い結末じゃないと……」


 と歯切れ悪い。自分達も直してもらった経験が優しさとして現れるのだろう。

 作家の一人が、メモ書きを持っていた。

 そこには「人物」「話」「独創」「設定」「文章」「メモ」という項目がある。


「こうしないと、どの作品が良いと思ったのか、個人の印象だけになりますから」


 と、この短編賞に並々ならぬ意欲で作業をしてくれている。驚いていると「自分の勉強にもなりますから」と、熱心に読み込んでくれた。この先、作家が増えることになったら、書写士よりも作家に一次選考をしてもらうか。


 こうして、一次選考が終わる頃には、七十作くらいに絞られた。百作じゃなかったのは、多くの書写士が「読める作品が五作もない」と速攻でボツ箱にいれたからだ。

 あまりにも可哀そうなので、作家の方に頼んでもう一度、その二十作を読んでもらったが


「私も……これは、ないと思います」


 というほどだったので、よほどの当たり外れがあるのだろう。

 まだ物語を作るという創作は、始まったばかりだ。勝手がわからない人が多くても仕方がないことだ。


 五作以上、推挙したい作品がある方はどうぞと伝えたが、最終的に七十八作に留まった。


 そこからリジャール士長と私で三十にまで減らすが、数が少なくなったので、思い切って二十作まで減らすことにした。三十九作品ずつ読めば終わる。


「ほう。そのメモは面白い試みですな」


 私の手元を覗き込んでリジャール士長が感心した。

 作家さんがやっていた評価方法を取り入れてみたのだ。面白さを作る項目を抽出し、それに対して点数をつけ、感想を書いた。


「結局、物語って芸術のジャンルだと思いますので、点数をつけるのはどうかとも思いましたが、これがあるほうが、ギリギリで迷った時に、この点数を参考にできるかなと思いまして」

「まだこの作家たちは芸術の域に達していません。評価の公平性もあります。二人で全作品を読んで点数を比べてみましょう」


 そういって、自分もメモを付け始めた。

 私は、しれっとリジャール士長が、私に全作品を読ませる提案をしていることに後から気付いたが、彼も善意で言っている。聞くしかない。


 結局七十八作を全て読んだ。

 さすがに一次選考で書写士たちが選んでいるので、読めない作品はない。それぞれに見どころがある作品だ。

 こうして、趣味や嗜好に影響されない公平な判断の結果、二十作に絞り込まれた。


「いかがでした? リジャール士長」

「いや、驚きました。なかなかの作品がありましたね」

「そうでしたね。やはり短編ともなると、才能がよくわかりますね」

「聖典も、短い話のほうが切れ味がありますからね。正聖典の中にある長い話も、結局、最終的に何がいいたいのかわからな……おっと失敬」


 リジャール士長が手を組んで天の神に謝罪を捧げた。


  ◇


「で、これを読めばいいのかい?」

「楽しみだな」


 シヴァとキノが書店にやってきて、二十作になった公募作品を読むことになった。

 残った作品の中で、キノの得意とする恋愛話や、シヴァの得意とする歴史ものは、案外少なかった。途中で弾かれたというのもある。

 書写士や作家が気を使ったわけではない。

 やはり、完成されたジャンルでは、キノやシヴァを簡単には超えられないのだ。

 模倣としてはよくできているものが残った形になった。


「リリカ。こいつは、残念だが、ホンモノの模倣だ」


 シヴァが読むなり作品を突き返してきた。


「東方の吟遊詩人がやっている奴だ。一字一句、まんまだ。だから物語の完成度が高いんだけどな」


 うーむ。

 どうやら、こちらでは有名ではない外国の物語らしい。

 模倣の内容にも依るが、丸パクリはよくない。いつか、外国の物語を翻訳して出版する日も来るだろうが、今回は外そう。


「ぷっ……ぷははは」


 キノが突然笑い出した。

 わかる。私も、その作品は笑ったよ。


「面白い。これはとても面白い作品だね。オチも綺麗だし。今までにない作風だし。私たちの『アスケディラスの物語』に通じるものがあるよ。いや、超えているな。面白い作品はどうしたらいい?」

「一旦、こっちの箱に入れて?」


 一方でシヴァが、同じ作品を何度も何度も繰り返し読んでいる。


「シヴァ。他にも作品があるから、次に進んで欲しいんだけど」

「ん……ああ。分かった」


 シヴァの声が少しだけ涙声になっている。

 そいつは親子の別れを描いた作品だな。父と娘の話で、私は正直、部屋に戻って泣きたいくらい感動した話だった。


 その後、二人は笑い、泣き、驚き、考え込み、興奮し、そしてまた泣いた。

 二人が短編を全部読み終わるまでに、そして満足するのに、結局二日。

 結果、八作品が選ばれることになった。どうしてもコレという作品が、重複した結果だった。

 

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