第25話 公募

 シヴァの成功で、ペンドラゴン書店には女性だけでなく男性も通いやすくなった。

 客層が増えるのは嬉しいことだが、作家と作品はそうもいかない。

 二人以外の作家も必要になってきた。


 キノやシヴァの成功に続けと、いろんな人が物語の企画をペンドラゴン書店に持ち込んでくる。面白そうな企画に関してはなるべく書籍化した。


 キノやシヴァに比べるほどでもないが、今や所属する作家は十数名ほどになった。


 一度だけ、まだ書籍化するかも決まっていないのに、何百枚もの紙に書き上げた物語を「読んで欲しい」と持ってくる猛者まで現れた。

 だが二ページ読んだが、ボツにした。

 残酷だが、二ページも読めば実力はわかる。


 キノも「かわいそうだが」と断ったうえで「私は三ページ目までは読んだ」とナチュラルにマウントをとってきた。が、ボツという事実は変わらない。


 自分達だけの判断では不安だと、一応、書写士のシモンズにも読ませたが、一ページ目で「忙しいんで」と拒否された。


 男女を問わず、長編の企画は多いが、全て却下だ。

 シヴァのような成功例は奇跡だし、なんだかんだで、シヴァには吟遊詩人としての素養があった。全く物語を作ったこともない人間が、「全十巻で書きたい!」と言い出しても、信用できない。


 何が信用できないって、完成させる力と、筆力ね。


 まずはキノのように、百ページくらいで終わる物語の企画で、実力を計らないと、なんともいえない。でないと、途中で打ち切りになる物語を大量生産してしまう。

 それでは、この始めたばかりの書店の信用問題につながる。


 それに筆力は、もっと信用できない。

 単にたくさん書けることが筆力じゃない。読まずにいられない内容や文章であることが筆力としては重要。


「それが、たいそう難しいことでして」


 とは、ゴンドアのリジャール士長だ。時折、わざわざゴンドアから来てくださって様子を見てくれる。

 書店専属の書写士の指導などもしていただけるので、大歓迎だ。

 しかし、彼ほどの書写士であっても、自分で書くとなると、勝手が違うらしい。


「実は、私も一度、リリカさんに読んでもらおうと物語を書いたのですが」


 恥ずかしそうにリジャール士長が言い出すのを二度見した。

 え? リジャール士長までが?


「読み返して、すぐに、これはダメだと。私は文章を直す知識と才能に恵まれたようですが、文を作る才能と、企画の才能には恵まれなかった様子です」


 そう言って苦笑いをする。

 リジャール士長に言わせると、キノのように文章を生み出す才能だけでも稀有な存在ではないかと。ましてや、それを束ねて物語にするなど、気の遠くなる作業だと。


「要するに、キノさんは、物語の面白さが何かが分かってらっしゃるのだと。最初から、ゴールに向かって書いている。我々のような凡人は、書きながらゴールを探そうとする。その差でしょうなぁ」


 自分の才能を一度でも過信したのだろう。リジャール士長は苦笑いを浮かべる。


「何があれば物語が面白くなるのか、見えてないのです」


 私もだ。

 だが朧気おぼろげには分かる。

 分かっていても、使いこなせないから、作家にはなれない。


 物語を書く才能の要素は、大きく三つだ。

 文章力。

 構成力。

 企画力。


 そのどれも欠けては面白い物語とは言えないが、特に重要なのは企画力かな。つまり「どんな物語を書くか」。


 キノは恋愛物語を書く時には、どんな境遇な二人が、どんな結ばれ方をするのかを考えるらしい。

 シヴァは歴史を題材にした物語を書くときは、どのような人物が、どのような結末を迎えるかを考える。


 書く物語のジャンルによって、考え方は様々だ。

 だが、一見、全く毛色の違う物語を書いているような二人でも、同じ二つのことに気を使っている。


 一つは、時代性。

 二人とも、読者に近い考え方や境遇の人物を主人公にし、読者が直面しているようなテーマや理想を反映させている。

 キノならば、現代でも許されない恋や、異国の王子(※ イケメンに限る)への恋を描いたりする。

 シヴァも、たとえ歴史モノであっても、現代の時代性を取り入れないとウケないという。これは、等身大の登場人物が、自分や身近な人間に思えるように設計する為だそうだ。


 もう一つは、感情のコントロール。設計とでも言うべきか?

 キノは憎まれ役を作る。恋愛を許さない頑固な父や、横恋慕を狙う別の女や、借金証書を使って結婚を迫る不埒な男だ。このような憎い相手を登場させ、それを物語の展開の中で、ぎゃふんと言わせ、読者の溜飲を下げさせる。

 または、すれ違う二人を描いてヤキモキさせる。または、結ばれない形で終わらせて悲劇とする。恋愛モノはそもそも感情のなせるわざだから、やりたい放題だ。

 シヴァは、主人公の成長を使う。主人公が出会う相手に対し、最初は負けてしまうが、後々、助力を得たり成長をとげ、相手に最終的に勝利することで、読者に応援してもらって、本懐を果たす。

 歴史モノは基本的にはアリ物を使うので、なかなか結末までは変えられないらしいが、それでも感情操作にはバリエーションがあるらしい。

 そこら辺は才能というより、技術らしい。


 何はともあれ、これらの企画力こそ、一番大切な要素だろう。

 リジャール士長が企画力の弱さを嘆いたのは、我々神官が、多少、現代の時代性と乖離しているせいなのかもしれない。


 そして読者が企画通りの感情に至るには、構成力が不可欠だ。

 誰の視点で語られ、どういう展開にするかは、企画が持つテーマのような部分に大きく引っ張られる。

 これを間違えると、折角の話も面白くなくなるのだそうだ。

 つまり構成力は、企画の持つ潜在力を存分に発揮させるための器だ。


 これについては、キノは時折「一番最初に、一番の盛り上がりどころを書いて、何故それが起こったのか、時間を遡って書く」というやり方を使う。

 そうなると読者が結末を知ってから、その理由や原因を知っていく構成が作れて、読者が離れにくいのだという。


 逆にシヴァは、歴史として知られている題材なので、皆が結末を知っているため、物語に入る前に、作者自らが登場して史跡を訪れた描写などをし、気付けば過去に時間を飛ばす方法を使う。

 物語それぞれの狙いで構成は違う。


 最後に文章力。

 これは読書の邪魔にならなければ、最低限はクリアしている。最終的には書写士が修正するので、それほど苦労はしないが、書写士がいない初心者には一番難しいらしい。


 キノは書写の経験があったからだろう。

 シヴァも吟遊詩人としての経験が、多少は活かされている。もっとも毎回、「修飾が過剰です」と、シモンズ書写士に叱られているが、最早、書店名物の領域。


「まあ、いずれにしろ、良い書き手がもっと増えないことには、なかなか膨らまないでしょうなぁ」


 リジャール士長が言う通りだ。

 今のところ、書店はキノとシヴァという売れっ子の作家に頼りっきりだ。

 抱えている十数人の作家も、一作を出すまでに一年以上かかるし、その途中で音信不通になる者もいる。大半が、書写士とのやり取りにうんざりしてしまって、続きを書こうとしない。


 結局、量産できる作家はキノとシヴァということになる。


 もっと広く本の存在をアピールできれば、書き手も増え、物語の方向性も広がるのではないか。

 それを前からリジャール士長には相談している。


「キノやシヴァに続きたいという人はいるにはいるのですが」

「彼らは読んでもらいたい物語があるというより、キノさんやシヴァさんのように売れっ子になりたいという功名心でしょう。若しくはお金が欲しいという動機か」


 なかなか鋭いところを突いてくる。

 が、逆にそれにはヒントを感じた。


「お金ねぇ。キノもシヴァも、お金持ちでは決してないんですが」

「評判になっていれば、イコールお金持ちと思うのは、この世の常ですね。ならばいっそ、賞金を出して、コンテストをするといのはいかがです?」

「コンテスト? 物語を募集するということですか?」

「ええ。小説を書いて送ってもらう形で」


 頭の中に数百ページに及ぶ小説をボツにしたあの記憶がよみがえった。


「いやぁ、それは……」


 折角書いてくれた作品をボツにするのだ。こちらも勇気がいる。

 かくかくしかじかのその理由を説明したが


「それはそうでしょう。いきなり長編ではなく、短編を募集したらいかがですか?」


 と、リジャール士長は呆れたように笑った。



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