第24話 長編

 それは、英雄と神話の世界を織り交ぜた、古代戦争の話だった。

 一部は、吟遊詩人たちに語り継がれていたから、少しは知っていたが、全体像ともなると、ちょっと読みごたえがありそうだ。


「って話さ。どうだ?」

「すぐに原稿にしなさい。本にしてあげるわ」

「……なんで、そんなに偉そうなんだよ」

「うるさいわね。で、この話の最後はちゃんと決まっているの?」

「もちろん。古代戦争の勝敗を変えることはできねぇよ」

 

 そんなことしたら、他の吟遊詩人に叱られるらしい。


「物語の出だしは?」

「三大女神の一人を嫁にするところからだ」

「女神の名前は伏せなさいよ? 教会から差し止めを受けたくないから」


 掴みも面白そうだ。馴染みのある地名もたくさん出る。

 何よりも、古代戦争に関わった多くの登場人物が物語を構築している。登場人物は三十人を超えるから。これは恐らく一冊では完結しないわね。それでも、やってみる価値はありそう。キノの恋愛話だけでは、この先の業界が広がらない。

 キノも他のジャンルを書きたがっている。

 シヴァのような物語が出ることで、もっと他の思いもよらない物語が登場するかもしれない。


 ただ、シヴァの最初の原稿はとにかく修正だらけになった。


「お前ら、マジで、ふざけんなよ。原形を留めてないじゃないか」


 シヴァの出した原稿に、赤いインクで修正を出したのは、カレンドリア教会で書写士をやっていたシモンズ・ライトスタッフだ。私たちより一歳下。

 彼だけではない。教会で働いていた書写士の多くが、今ではペンドラゴン書店の二階で仕事をしている。


 教会が印刷技術を手に入れたために、書写士の仕事が激減したためだ。手書きの書写による昔ながらの本の制作は、今や高額な報酬を伴う贅沢品となっていった。

 

 シヴァとシモンズは喧嘩でも始めるんじゃないかというくらい、やり合っていた。


「誤字は百歩譲って俺が悪かったが、表現まで修正するのかよ?」

「シヴァさんの表現は、形容詞が多すぎて、冗長で説明的すぎるのです」

「バカか。それがいいんだよ!」

「それは、吟遊詩人の発想ですよね。字を目で追って読むのと、音楽に合わせて耳から入れるのでは、労力に差があります。聖典を百回読んでください」

「だけど、女神の服がどんなだかを伝えなきゃいけないだろ?」

「それ、必要ですか? 例えば『清楚で飾り気のない白いトガの裾が、女神が踊りに合わせて動くたびに広がり、宙に舞って花弁のようになった』ってところ」

「こういうのが吟遊詩人調だろ」

「知りません。ですが、あなたが表現したいのは、『女神が質素なトガを着ている』という情報と、主人公のオルディが『女神が美しい』という感想を持ったということですよね?」

「……お、おん」

「ならば、例えば『女神は白いトガを着ていた。踊るたび、裾がひらめくその姿に、オルディの目は釘付けになった』みたいに、説明ではなく登場人物の動作で表現なさってください」

「……お、おん。それもいいな」


 シヴァが素直な奴で助かった。

 これがベラスケス副司祭とかだと、癇癪を起していただろう。


 そしてカレンドリアの書写士もレベルが高い。さすが、聖典を読み込んでいるだけはある。

 書写士の意識は、聖典の洗練された表現方法に近いが、どの聖典も読みやすいのは、表現が簡素だから。

 きっと本が生まれるまでは、何百年も口伝で伝えられたんでしょうね。吟遊詩人の表現方法よりも過剰さがなく、それでいて伝わりやすい。


 書写士の知識は、誤字脱字、表現、時系列、時制など、物語を読みやすくするのに大いに役立った。


 だが、どれだけ表現を簡素にしても問題が発生した。


「全十巻?」

「はい、このままですと」

「で、一冊二百ページ?」

「一冊がかなり分厚いです」


 話が長くなりすぎて、百~百五十ページを基準としていた今までの小説の規模を大きく超える。ペンドラゴン書店は、最初のキノ以外の作家を迎えるにあたって、かなりの冒険をすることになった。


 シヴァに一冊の値段と部数を伝えると、最初は何故かよろこんだ。


「一冊、三十ギルで売るんだろ? お得じゃねぇか?」

「おいおい。紙の枚数を買うんじゃないんだ。枚数が多ければ多いほど、手間が増えるんだよ」

「だが、こいつは、もうこれ以上は短くできないぜ?」

「なら、書写士の費用や紙代、インク代、製本代、売れなかった時の保険を考えると、一冊当たりの値段をあげるしかないの。四十ギルくらいは必要かも」

「……値段を上げて、売れるか?」

「全く、わからないわよ。キノの本は全部百~百二十程度だし。あんたの物語の最初の一巻目を五十冊だけ作って、それが売れなかったら、その後はナシね」


 さすがのシヴァもごくりと唾をのんだ。全十巻の予定が一巻で終わりになることには抵抗があるのだろう。


「そもそも一巻目が終わっても、まだ戦いになってないとか、話のペースがおかしいのよ」

「お前たちが修正ばっかりいれるからさ」

「修正いれているのに、どんどん余計な話を増やすのは誰よ?」


 酒場でウケている話を盛り込もうとするものだから、どうしても話が増えていく。

 こんなことなら、もっと短い話で練習させればよかった。


「売れなかった時に、あんたが全部買い取ってくれるのなら、続きもするけどさ」

「ケチかよ」

「でも、考えてみなさい? これが売れると分かったら、あなたは全十巻かけるし、一冊売れるごとに八ギル。これが五十冊だから四百ギルを手に入れる。それが更に全十巻だから全部売れれば四千ギルよ」


 それを想像したのか、シヴァは急に顔がにやけた。


「まあ、それで手打ちにしよう」


 単純な人。値上げして一冊も売れなければ、ゼロなんだけどね。

 だが、一冊二百ページ構想は製本部から苦情がきた。製本部も教会で働いていた人に手伝ってもらっている。専門的な職人がどうしても必要だ。


「二百ページともなると、本としては分厚くなり過ぎですぞ。リリカ神官。もうきちんとした綴じ方をしないと、紙が耐え切れない」


 確かに、二点で紐を通すには分厚い。


「ならば四点で紐通しは、いかがですか?」

「いや、この厚さなら普通に八点で綴じるしかない。そうなると、綴じの費用もかかるがの」


 頭が痛い。こうして売れるかどうかも分からない小説に、立派な背表紙がつくことになった。しかもその背表紙を、従来の紙ではなく、布で巻くことになった。補強のためだ。


 だが、これが妙な高級感を出すことになった。


 結果どうなったか。

 その妙な高級感が読者の気をひいたのか、それとも男たちのクチコミで広がったのか。最初の五十冊は見事に売り切った。

 手に取ってさえもらえれば成功くらいに思っていたが、こうも男たちのハートを掴むとは思っていなかった。

 このお陰で、ここから先の本は全て背表紙が付くようになった。これなら、本棚に入れた状態で、どの本がどこにあるかもわかるから、便利だ。


 しかしというか……やはり、吟遊詩人は男が好きな物語を知っているものなのね。

 私にはそこまで面白いのか、よく分からない話だけど、男たちは熱狂した。


 その第一巻は見事に最初の五十冊を完売させ、シヴァはその後全十巻を出すことになる。そしてその本はシヴァの代表作となり、今でもペンドラゴン書店の売上に貢献している。


 タイトルは『燃える坂をゆく』。

 弱小国の領主としてバカにされながらも、国家間戦争で活躍し、その活躍ゆえに翻弄されながらも、稀代の知恵と勇気で乗り切る物語だ。

 その物語に多くの青年が感動し、青年たちの生き方を教える教科書のような書物として人々の記憶に残ることになった。

 立ち読みで貪るように読む子供たちも増えた。


「どう? 自分の作った物語が、人々を導くのは」

「……悪くねぇな」

「だろうね」


 以降もシヴァは数多くの歴史小説を送り出、シヴァと言えば歴史小説の代表作家となっている。しかし、史実と違うなどの苦情もあり、揶揄するように「シヴァ史観」とも呼ばれる。


 ──が、それは、もっと後の話。いずれ話す機会があれば。


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