第15話 梗概
「ありがとうございます。あの……もしも、裁定が覆って、再び本が作れるようになりましたときも、是非、お知恵を拝借に」
「ええ、もちろんですとも」
名刺を置いて、嬉しそうにリジャール士長は去っていった。
世の中にはおかしなものもいるものだ。
間違いの指摘にわざわざ隣街までくるとは。酔狂にも程がある。
だが、たったの一ヶ月で近隣の教会区にまで知れ渡ったことは、私の気持ちをより暗たんとさせる。世に知れ渡れば知れ渡るほど、ベラスケス副司祭は頑なになるだろう。あの人はそういうところがある。神官学校のときも、新入生いじめをして、見ているのも嫌だった。
……いっそ、神官なんか辞めてしまおうか。
そんな気持ちが頭をよぎる。
だが、辞めてどうする?
キノと二人で商売をするか。有り金はたいて、聖巻十二神話を購入して、それをまた本にして売るか。
悪くないが、そうすれば永遠に私は、教会に疎まれる存在となるだろう。そうなれば、家族にも害が及びかねない。それどころか、教会が一番力を持っているこの街では生きていけないだろう。
だめだ。神官のまま、生かねば。父母の願いでもあるけど、神官として、世の人を救いたいという思いは嘘ではない。
キノのような子が明るく笑っていられる社会を作りたい。
だが、今の私には、何もできない。
◇
「キノから?」
「ええ、何か届いたわ」
母が私に渡したのは分厚い封筒に入った手紙だった。
そうか、手紙という手があったな。気が動転していたのか、気付かなかった。私の方からキノに書いておけばよかった。
部屋のベッドに寝転んでキノの手紙を読んだ。
自分のせいで、とんでもないことになったことを後悔しているとつらつらと書いてある。
まあ別にキノのせいというわけではない。私の不注意だ。
あの紙に文字を写す技術は、何も伝統ある書写士の仕事である聖典の書き写しに使うより、もっと別のものに使っていたら、こんなことにはならなかった。
キノによると、あの時売ったお金は1330ギルになったという。
キノが持ち帰ったお金は、三十八冊分。大金だ。しかも使わずにとってあると書いてある。
いや、キノが使っていいのに。
私が売った分は、その場で副司祭に没収されてしまっている。五冊分。本は全部で四十三冊売れたことになる。
端数の330ギルを迷惑をかけたアランに渡したとして、残りを半分ずつにして、五百ギルかな。いいお金だが、教会に和解金として支払うには程遠い額だ。
その後、手紙にはだらだらと詫びが続き、あと二カ月の辛抱だ、退屈しのぎにと、ちょっとした物語を送ってくれた。
どこぞの吟遊詩人が創作した話だろうか?
酒場の片隅で冒険者相手に吟遊詩人は英雄譚を歌うのだ。
冒険者と言えば、基本は危険と酒場を愛する者たちだ。金遣いも荒いし、頭もそれほど良いわけではない。そんな輩に聞かせるのは、ごくごく単純な話だ。
主人公の要素は三つ。「強い」「疎まれている」「モテる」だ。
だいたいこの三つの要素が入っていれば酒場ではバカウケの話になって、吟遊詩人は小遣いを稼げるようになる。これが英雄譚の王道だ。その場にいる人が望む物語を歌えばいい。
簡単な話に聞こえるが、恐らくは難しい。
聖典の幾つかを読んで書写してわかったことがある。面白い話の重要な要素はキャラクターだが、強くても、必ず彼らが困難な状況に陥らなくてはならない。
ある話は、神がその都度助けてくれる話になっているが、これはあまりウケない。話としては面白いが、それでは神への信仰だけが勝負になってしまう。
それよりも人気があるのは、英雄が知恵を使ってカバーする話だ。これは戦いのルールの隅を突く話で、人によっては喜ぶが、人によっては卑怯だともいう。
脳筋たちが好むのは、パワーでなんとかするという話だ。これは超人的な話になってきて、共感は呼ばないが、冒険者が目指す姿でもあるのでそこそこウケはいい。
だが、一番受けるのは、仲間の力でカバーしていくという話だろう。これは、集団でダンジョンに挑む冒険者にとっては共感の嵐だ。それに多くのキャラクターを用意でき、誰かに感情移入ができれば話が面白くなる。
キノの話は、そのどれでもなかった。
一体、どこで探してきた話やら。
いい吟遊詩人の話でも聞いたのか。
主人公は有名な英雄の名を借りているが、キノの送ってきた話は初めて見た。
物語の構成にも、王道がある。
まず序盤でこの物語の目的を告げる必要がある。
キノの送ってきた物語は「道ならぬ恋」と言えるものだろう。神話などではよくあるパターンだ。例えば人と神の恋などはそれだ。
今回は、主人公と、旅先の王国の娘との恋の話らしい。
いいね。割と好きなんだよね。こういうの。
二人は身元を隠しながら出会ってしまうが、その恋には呪いがつきまとうらしい。
中盤は、互いの素性を知らずに二人が恋に身を焦がしながら、ついにお互いの正体を知ってしまった時の衝撃。そこから、二人の恋路に妨害が。
ふむふむ。この物語では娘の父、つまり異国の王が、二人の仲を裂いてしまうらしい。
そして最後。
……。なんだ、こりゃ。
『さあ、二人は、どうなる!?』
いや、書けよ。どんな話か知りたいのに。
数ページにわたってその物語が書いてあるが、肝心のオチが書かれていない。
だが、話の要約を見るだけでも、少し心が躍る。これは、オラステリアの物語に近いものがある。確か二十三話目の展開に似ている。その話では最後、二人は互いに身を引くわけだが、キノの話はせめて成就してもらいたい。
しかも、片方の主人公は、半神半人で知られる英雄ラクレオスだ。
英雄譚の主要な登場人物として、酒場で語られる代表格。その性格も生い立ちも知っているから、分かりやすい。
だが英雄譚は嫌いではないが、パワーで全てを解決してしまうから、私のような理知的な神官職には物足りない。
私にとっての面白さはロマンスだ。結ばれるはずのない恋を、愛の力で結ぶことに強い喜びを感じてしまう。
ラクレオスは、吟遊詩人の題材としては珍しくない。いくつもの英雄譚がある。
魔物を退治する話、力自慢と戦い優勝する話、異国の姫と恋に落ちる話、竜退治の話などバラエティに富んでいる。
酒場に行かずとも、祭りの日などに、街角で吟遊詩人や朗読劇で知ることができる。
まあ、キノの話も、恐らくはそうなるのではないか?
例えば王を襲う魔物が現れ、それを勇者ラクレオスが退治し、見事に姫との結婚を勝ち取る。そんな流れか。
それをラクレオスの視点か、傍観者の視点で描くのだろう。
酒場の聴衆のほとんどが男達だ。男にウケる物語にするには、男の視点で書くのがいい。だがそれは女性の聴衆にはピンとこない話だ。
この話がキノの考えたものなら、是非、女性の視点で作ってもらいたいものだ。
しかも互いの素性を知らずに恋に落ちるとか、ハラハラしかない。
冒頭で、予言者によってラクレオスには「異国の娘と恋に落ちることで、国を追われ恋人を失う」と言われ、同じ予言者に姫は「半神半人と恋に落ちることで、国と美貌を失う呪いにかかる」と言われている。
バッドエンドしか思いつかない。
どうするつもりだ?
こんな筋書きを寄越されたら、手紙を書かざるを得ない。
前半は、事件のことは気にするなと。キノのせいではない。そして
『早く、この話を書け。オチは物凄いのを用意してくれ』
と。
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