第16話 人称

 不思議なもので、たったの十日間が、永遠にすら感じた。


 待ち遠しさとは、本当に人を辛くする。

 ようやくキノが送ってきてくれた物語は、なんと私の願いが通じたのか、姫の視点から書かれた物語だった。


 やはりキノも同じことを思っていたのだろう。

 この物語は、姫の視点から書くのがもっともダイナミックになる。

 その次が三人称視点。吟遊詩人の視点だ。

 ただこれだと、いまいち、気持ちが乗らない物語になる。

 絶対に間違っていたのが英雄ラクレオス視点。これだけはない。

 これは愛の物語だ。姫の視点が正解だろう。


 序盤は予想通りの展開だ。二人は知り合うが恋愛には発展しない。むしろ、互いに誤解しながらすれ違う。

 それが物語の中盤で再会し、ラクレオスが姫の危機を救ってしまう。


 いい展開だ。

 それが原因で二人の仲は急接近していくが、姫は素性の知れない旅人との恋愛を恥じて、自分の身分を王家に仕える侍女と偽ってしまう。

 ふむふむ。

 ラクレオスはラクレオスで、相手が姫じゃないと知って、安心して付き合おうとしてしまうわけね。

 ここで甘い展開が始まる。読んでいてこっちが恥ずかしくなるようなセリフの応酬だ。よくあのキノに書けたものだな。

 そして、侍女(と思っている姫)に王宮へ招待され、王に謁見。王は英雄を褒めたたえ客人として迎えるが、予言を信じているラクレオス(ただのイケメン旅人と思われている)は姫(と紹介されている侍女)を避け、侍女(と思っている姫)と密かに逢う仲に──。

 なんだかラブラブな雰囲気にもじもじしてくる。

 そして、あっという間に最後のページで


(続く)


 ……うぉい!

 オチを考えてから、寄こせ!

 我慢できんだろ!

 なまじ姫の視線で書かれていたものだから、うっかり、うっとりしてしまっていた。くそ。こっちは、謹慎中の神官だった。舞踏会とか、夢のまた夢だ。


 いや、恐らく、キノはこちらの反応を知りたいに違いない。この怒り狂う反応以外の、読者としての素直な反応だ。

 もしも私がここまでの話を面白くないとでも言おうものなら、別の話を用意しているのだろう。私はすぐさま手紙を二通書いた。


 ひとつはキノに。『面白いから続きをよこせ』と。

 もう一つはゴンドアのリジャール書写士長に宛てて。キノの書いた物語を同封した。物語の前半部分と断ったうえで、添削を依頼しておいた。


 この物語でも時制のミスがあった。それと、視点の揺らぎを感じた。

 人称がずれた箇所があるのだ。これだと物語の視点で酔う。あと、誰の台詞なのか分からない箇所がいくつかあった。

 リジャール士長が直接読んで添削した方が、確実な指摘と、確実な対処方法を伝えてくれそうだ。


 少しだけ注釈として、「オラステリア風味の物語です」と加えておいた。方向性を間違わせないようにするためだ。


 オラステリアは青春の神であり、恋の神だ。

 男女の仲でいえば、愛の神でもあるアフィロステナもいるがそれが描くのは性愛に近い。アフィロステナはかなり生々しい恋愛話が多い。また容姿が完璧すぎて、女の私からしても、ちょっとどうかと思う神だ。それに誰にでも求められればすぐに足を広げるところがある。これは男目線で描かれた物語だなと思っている。


 一方のオラステリアの物語は、どれも美しく、そして儚い。無邪気な少年のようであり、貴公子のようであり、我が身を守る騎士のようでもある。

 恋の相手は眷属女神がほとんどだが、人にも恋をする。そして最後は別れる。漏れなく別れる。ことごとく。

 その別れは悲しみを伴うが、傷つくことではない。

 そこら辺は、父である大神アスケディラスとえらく違う。父親のほうがどちらかというと、女性の敵だ。


 このような恋愛物語を下地に、キノの物語も構成されるに違いない。

 キノは私を想定読者として、私のために書いてくれている。


 オラステリアの物語は、全て姫側が身を引く話になっているが、果たしてこちらの物語はどうなるのか、気が気ではない。


 ちなみに、神官の間では、アスケディラスの物語は男性神官に人気があり、オラステリアの物語は女性神官に人気がある。もっとも破戒僧と呼ばれる、教会の戒律を破った神官はどちらも好きではない。


 破戒僧か……。私もそう呼ばれるのかな。

 聖典を現代語に翻訳したことで、こんなにもキツい罰を受けることになるとは……。


  ◇


 数日経ってリジャール士長から手紙が送られてきた。

 キノからの手紙以上に長い手紙だ。

 キノはまだ続きを送ってこない。


 リジャール士長は、キノの物語を細かく修正してくれた。綴りのミスも発見してくれたし、時間軸のおかしい箇所は全て指摘してくれた。


 なるほど。


 稀有な才能の持ち主ね。単なる書写の才能だけではここまでの指摘はできない。頭の中にはっきりと情景が浮かび上がっている想像力の産物に思えた。それと記憶力。

 あの若さで書写士長になるだけはある。


 ただし、細かい。うんざりするほど細かい。


 この修正に従うかどうかは、考えないと。全てを修正したら、折角のキュンキュンする恋愛部分がシュンシュンになる。リジャール士長は若いのにそこら辺はやはり男性神官だ。ここら辺の機微に疎い。リジャール士長自身も迷う箇所は『判断はお任せします』と書いている。


 この物語のテーマは禁じられた恋愛。気持ちを素直に伝えられない男女の少しじれったい物語に共感する部分にある。その為の仕掛けが設定という形で表れている。

 こっちは、このキュンキュンする部分を楽しんでいる。

 ただし、矛盾していると指摘された部分は、確かにその通りだから、その辻褄を合わせるエピソードが、後半に必要になるだろう。

 それらの修正点をまとめ、キノに手紙を書いた。

 続きも含めて、修正した全文を送ってもらいたい。

 

 リジャール士長も、この物語の修正点を出しながら最後に「続きが気になるほどの傑作」とコメントしている。


 ふと、続きを書くキノを思い浮かべた。

 キノもまた、リジャール士長並に、稀有な才能の持ち主だ。

 あの翻訳もさることながら、アスケディラスの物語の可笑しみをそのまま現代語にして面白さを倍増させるというのは、企画力がセンスの塊としか言いようがない。

 そして今回は、英雄譚を女の視点で見るという試みであり、恋愛話として英雄はどうみられるのかという挑戦でもある。


 素直に、この作品を読みたいと思った。

 続きが待ち遠しい。たまらんのよ。

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