第22話 作家
上級神官が、拍手で私の言葉に称賛を送っていた。
「ホークテイル神官の言こそ、我ら神官一同の思いでございます。正司祭さま」
そういうと、皆が立ち上がりさらに拍手をする。
正司祭さまも、少し戸惑っていたが、最後にはにっこりと微笑んで頷いた。
「あなたは、ホントにおかしな子ね。わかりました。では、副司祭の現代語訳には、その機械を使わせていただきましょう。後ほど教会より連絡をいたします。皆さん、よろしいですね?」
周りの神官たちが異議なしと声をあげた。
「これにて、諮問会を閉会いたします」
その声と同時に、大聖堂の大扉が開かれた。
どっと疲れた。私は放心状態で床にへなへなと崩れ落ちた。
だが、開かれた大扉から、群衆の叫びが聞こえた。
振り返ると群衆が大聖堂の前に詰め掛けている。
うわ、なにこれ。怖い。
怒号が飛び交い、足を踏み鳴らす音がする。
「下がれ! 下がれ! 近づくな!」
門番代わりの武装神官が、ハルバートをクロスさせて、群衆の大聖堂への侵入を拒んでいるが、その声が聞き取りにくくなっている。
「いったい何事です? 何の騒ぎですか、これは」
正司祭が驚いて周りに聞くが、周りの神官も今まで諮問会をしていたのだ。これが何の騒ぎか知るわけがない。
「副司祭さま! こやつら、また本を売っております! 諮問会の最中だというのに、神をも恐れぬ行為とは、まさにこのこと」
外にいた武装神官の一人が大聖堂の中に入ってきて訴えた。
「そのことでしたら、既に裁定を下しました。リリカに罪はありません。いったい何が起こっているのですか? 乱暴はいけません。市民を諭しなさい」
だが、それすらも市民たちの怒号で、正司祭の声はかき消されてしまった。
「リリカ! 無事!?」
「……キノ!? キノ! いるの!?」
群衆の中からキノの声がするが、姿が分からない。
「本が、売れたよ! 完売だ! アランさ……」
喧騒の中で声がはっきりと聞き取れない。
でも完売って言ったよね?
え。まだ午前中なのに? 完売?
「だから、和解金も! ……払える!」
え? 和解金を作ったということ?
そのためにキノは聖堂まで来たの?
この二週間、一人でキノの物語を油紙に書き写し、前々日までに可能な限り印刷し、それを母に託してキノに渡してもらった。
キノが残り二日でそれを製本して、今日のバザールで売ったのだ。
アランも手伝ってくれたに違いない。
「でも本を読んだ人が……こんな騒ぎにっ! ごめ……」
その声を最後にあとは、もう何も聞こえなくなった。
……どういうこと?
……まさか、あの話を読んで、皆が私を助けなきゃって思ったってこと?
ああ……そうか。
私は自分が捕まったラクレオスだと思ったが、皆は私のことを姫だと思った?
そして皆は、自分をラクレオスと思ったに違いない。
私を助けに来たんだ……。
うん、それくらい、あの物語には、人を突き動かす力があったよ。
キノ。すごいじゃないの。
物語の力で、人を動かしちゃったよ。
「鎮まれい! 市民よ! リリカ・ホークテイルは無罪だ!」
祭壇から、鼓膜がおかしくなるほどの大声がかかった。
ベラスケス副司祭だ。その大音声が聖堂に反響し、聖堂の外にいる市民たちが驚いて黙った。
「教会の裁定に不服のあるものは、前にでよっ! ホークテイル神官は無罪と決まったわ! ホークテイルは神官位を保証された!」
……なんてこった。
私の神官位を剥奪しようとしたベラスケス副司祭が、保証をしたら、誰も言い返せないだろう。
「リリカ! うわっ」
静まり返った群衆の中から抜け出たキノが、武装神官のハルバートの下をくぐって私に駆け寄ろうとしたが、武装神官に押さえつけられた。
「こら! 入ってはならん!」
「キノ!」
「通しなさい。この件の参考人です」
正司祭の通る声に、キノの襟首をつかんでいた武装神官はその手を離した。
「キノ! 大丈夫?」
「リリカこそ、大丈夫?」
「うん。正司祭さまが、不問だって」
そう言って私たちは互いを抱きしめた。
自分の足が震えていたことに、ようやく気付いた。今更だけど。
「もう大丈夫だよ。リリカ」
キノが背中を撫でてくれて、泣きそうになった。
「あなたが、キノ・ペンドラゴンさんかしら? 現代語訳をした子ね」
正司祭に言われて、不思議そうに壇上をキノは見つめた。
「……え、あの人、あの時のおばさ」
「しっ。正司祭さまよ」
私の耳打ちに、慌ててキノは跪く。
「それは……どういうこと?」
「私にもわからないんだけど」
説明は後だ。
私とキノは再び片膝をついて正司祭さまに頭を下げた。
「話はそこのホークテイル神官に聞いたわ。あなたは、一枚書くだけ何冊も本を作れる不思議な機械をお持ちだとか?」
キノは驚いて私を見た。
「喋っちゃったの?」
「神官は嘘はつけないから。ごめんね。もう時間の問題よ」
「その機械を今度、教会でも作らせてもらっていいかしら?」
キノは私の顔を正司祭さまの顔を見比べた。
「そういう事情なのよ」
「よくわからないが、……いいだろう。正司祭さま。よろしゅうございます。一度、お見せいたしますので、教会のほうで同じものをお作りください」
キノは昂然と顔をあげた。
相手が正司祭であろうと、全く緊張しない様子だ。
「で、これは何の騒ぎなの?」
「私たちの作った本を読み、皆で教会に正義を示しに参りました」
「まあ」
神官たちは再び大聖堂の外に集まった群衆を見た。
「その本は聖典なの?」
「いえ、聖典を書いてはいません。私が吟遊詩人の詩をもとに作った、新たな物語です。皆はそれを読み、そして正義に震え、私の友を助けに押しかけたのです」
正司祭の口が開いたままだ。
教会の教え以外に、人が動かされることに驚いているのかもしれない。
そして、キノに向かって微笑んだ。
「それは、また面白いものを書いたのでしょうね」
「はい。キノは人が泣き出すほどの物語を書きました。これはこの世界に最初に登場した、本になるために生まれた物語です」
「本になるために?」
正司祭が首を傾げた。
「生まれた物語だと?」
副司祭が眉を顰めた。
キノがコクリと頷く。
その姿に、私も勇気をもらった。
立ち上がると、その体をキノが支えてくれる。
「正司祭さま。お集りの神官の皆さま。人を動かす物語を作ったのは、神でも教会でもありません。ここにいるキノです。キノ・ペンドラゴンです。彼女が、世界で初めて、物語を本にするために無から作った作家です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます