第21話 挿絵
「リリカ・ホークテイル神官。この国では、神の擬人化、偶像化を禁じていることは、存じているな?」
「……もちろんです。副司祭」
なんのことだろう。
文字として、神を語ってはいけないということでは無さそうだ。
心当たりがない。
「正司祭さま。神を絵に描いてはいけないとは、教義として正しいですな?」
「……それはそうね。神は人が描く姿ではなく、人の知る姿ではないですから」
ベラスケス副司祭は、その言葉を満足そうに聞いた。
「では、これは何だ?」
副司祭は、私の作った本のページを開いた。
「反転した文字で『アスケディラス』と読める。この文字の下に、男の絵が描かれておる。お前、教義を破って、神の姿を絵にしたのだろう?」
うげ。
……見つけられなかった、アノ、差し替えミスのページだ。
そこには、確かに反転したアスケディラスの文字と、男の絵が描かれてあった。ベラスケス副司祭の顔を絵にした奴だ。
「それは」
反論しようとして、言葉を失った。
正直に言えば、ベラスケス副司祭の気を悪くしてしまいかねない。
かといって、ベラスケス副司祭の言い分を認める訳にもいかない。
……だが、嘘をつくことも許されない。私は神官だから。
「そ、それは……とある……男の顔でございます」
「嘘をつけ! ここに二か所も、反転文字でアスケディラスと書かれてある。これは大神アスケディラスの顔を描いたのであろう? すぐには分からぬように鏡文字までつかった巧妙な冒涜だな。白状せい!」
「いえ。あの……それは……」
「正司祭。こやつは、このような大それたことをぬけぬけと行うものです。神官位を戻すわけにはいきますまい!」
ベラスケス副司祭は、どうあっても、私の神官位を剥奪したいのか。じゃなければ、自分の力を誇示したいのだろう。
「どうなのです? ホークテイル神官?」
正司祭までもが詰問する。
「どうなんだ!? リリカ・ホークテイル!」
副司祭の声が再び聖堂にこだまする。
えー。これ、どうしたらいいの? もう泣きたいんだけど。
「その男は……」
「その男は?」
「その男は誰なの? リリカ・ホークテイル神官。正直に言いなさい」
口をつぐんだ。
さすがに、言えない。
「神をこのような不細工な男に描くとは、まさに罪!」
あ。最悪だ。自分で不細工と言ってきた。あいたたた。詰んだわ、これ。
「さすがに許すわけにはいきませぬな!」
がはははと勝ち誇った笑いをあげ、そして一呼吸を入れてきた。
形勢逆転を感じ取ったのだろう。
「正司祭。この者への審判を、もう一度やり直すべきです」
「正司祭。あのぉ僭越ながら……」
おじいちゃん書写士長が口を挟んできた。
「どうされましたか、ウィグボルト書写士長」
ウィグボルトって言うんだ……。あの、おじいちゃん。
「そのお顔は、私のところからみると、ベラスケス副司祭殿に、大変、よく似ておられる様子ですが」
おじいちゃん、ずばり言い当ててきた。
だけど、どうする? 「不細工」って本人が言ってしまった後だぞ?
「もしも、この者がアスケディラスの顔を描いたとしても、これほど副司祭さまに似せますかな? もしそうだとしたら、それは副司祭さまへの畏怖と敬意ではございませんかな?」
じいちゃん! うまいことを言う!
「……あら、ほんとね。あなたにそっくりね? 威厳もあるじゃない?」
正司祭さま! ナイスフォロー!
副司祭は、絵の顔をよく見て、後ろの上級神官たちに確かめる。
「副司祭さま! 大変、申し訳ございません。私の画力が足りないばかりに、要らぬ誤解を生じさせてしまいました! まことにお詫びいたします!」
もう、この流れに乗るしかない!
「それはアスケディラスの物語を書く前に、下書きとして書いた、副司祭さまのお顔です。神の顔を描くわけにはいかず、副司祭さまの顔を描かせていただきました!」
嘘は言ってない。
神を描くわけにはいかないのだ。
副司祭の顔は私が描いた。
「今後は、絵も精進したいと思いますので、お許しいただけませんでしょうか!?」
平伏して頭をさげた。
よし、絵も描けるようにしよう。うん。それくらいはしよう。
上目遣いで正司祭を見上げると、口を押えて、震えていた。
私が嘘を言ったと思っているのか。
「ほ、本当でございます! 正司祭さま!」
「あはははっ! いいのよ! もうっ! そっくりじゃない! くくく」
たまらないといった声で、正司祭さまが笑い出した。
「いまの、ふふ、いまの副司祭の顔に、くっ、……くくく、そ、そっくりの顔よ? あなた、ぷふ、とっても良い顔じゃないの」
お腹をよじっている。
副司祭も複雑な表情になって自分の顔をつるりと撫でた。
「私ですか? ……私……か? これ?」
そのキョトンとした顔に、今度は、皆が笑ってしまった。
副司祭は、席に座って一人、むすっとしているが、自分の顔を絵にされて、つい自分でも少し笑ってしまっている。
「つ、次はもっと美男子に描きます!」
「う、うむ、であれば許す」
正司祭さまは、そのやり取りに笑いが堪えきれない様子だ。
「はぁはぁ……で、では、ぷふふ、こ、この件はもういいですね? それよりも、あなたに伝えたいことがありました。リリカ・ホークテイル神官。はぁ」
正司祭さまは、息も絶え絶えだ。
私一人、笑っていない。全く笑える状況じゃない。
もう冷や汗しかかけない。
「あなた。あれほどの量の本を、同じ書体で書き続けるとは、並大抵のことではありませんよ。私から、あなたを書写士に推薦しますが、いかがします?」
……え?
「少し、不思議な書体でしたが、さすがカレンドリア教会では、伝統的に神官に書を学ばせているだけのことはありますね。どの本も綺麗に字が同じです。相当の鍛錬をお積みでしょう。五十冊もの本を書くのに、どれほどの時間がかったのか。その苦労は」
「あ、いえ、正司祭さま」
正司祭さまを遮ってしまった……。どうする。
ここでボロを出したくはない。だが……。
「あの……私は、確かに五十冊の本を作りましたが……その……五十冊を書いたわけではないのです。その……キノという友達がおりまして」
「売り場に一緒にいた子ね? でも、二人で書いたにしても、字が全く同じだわ。同じページは、ずっと同じ人が書いたのかしら?」
「ああっと……そうではなく……キノの持っている……その……機械を用いて書きました……」
ああああああ。言っちゃったよ。
目をそっと開けた。
みな口をポカンとあけている。
そりゃそうだ。私だって、そうなるよ。
「この本は、あなたが書いたものではないのですか?」
「いえ……正確には私が書いたのは、最初の一枚だけで、それを存分に増やす機械があります。一度だけ、書けば、本を増やせます」
静けさが漂った。
「あ、そうだ! どうぞ、副司祭さまの本については、私に一任ください。十冊とは言わず、もっと増やすこともできます。紙さえ都合いただければ、何十冊でもお作りいたします。幸い、紙問屋に知り合いもいますし」
そういうしかない。
それに、アランの借りを返さなくちゃいけない。ここで副司祭の作業に加わることができれば、アランは私に感謝してくれるかな。
「ですが、それでは……」
正司祭さまの隣に立った武装神官が正司祭に耳打ちする。
正司祭さまが副司祭さまに罰を与えようとしていたのは察している。
だが、表向き「見本を見せる」としているので、それを手伝うことを咎めることもできない。
そもそも、私は、正司祭さまと副司祭さまのいざこざに巻き込まれているだけで、どっちの味方もする気はない。
正司祭さまはいい人そうだけど。
「正司祭さま。副司祭さまのすることは、教会のためであり、本を増やすことは、あまねく広く信仰心を喚起するものですよね? 副司祭さまは罰に服して本を現代語にするのではなく、教会のためにするんですよね? ならば、私たち神官は皆、力を合わせて協力をするのが筋では?」
ああもう。自分で言いだしてなんだけど、なんでこうなるかな。
嘘はついてないけど、本当は、こんな面倒ごとに巻き込まれたくもない。
しかし、この言葉に、左手の上級神官席が沸いた。歓声だった。
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