第20話 伏線


「お前のような小娘が勝手に解釈した物語を流布するなと言っているのだ!」

「では、副司祭さまの解釈はいかようでしょう?」


 とぼけて見せる。


「解釈は、教会のみが行う! お前ごときが、許されると思っているのか!?」

「えー? 私は、正神官ですよ? それもベラスケス副司祭さまが、卒業をお許しくださった世代です。当然、神官学校で聖典の解釈は習っています。アスケディラスの物語は『罪と罰』であり、間違いを犯せば、神ですら裁きを受けると。間違っていましたか?」

「だから、お前の神官位を剥奪するのだ! 勝手なことをした罰を受けよ!」

「ですが、正神官は、神の祝福や、神の教え、聖典の内容を、民衆に伝える役目と学校で教わりました。勝手にしてはいけないのは、聖典に書かれていないようなことを神の名で流布することであるとも」

「まさに、お前は書かれていないことを流布したのだ。現代文字では聖典は書かれてない」

「ですが神代文字では、伝わらないです。みな知りませんよ? 副司祭も、学校では神代語でお話をされていませんでしたが?」


 我ながら、屁理屈かな。でも嘘は言ってない。

 私の狙っているのはこれだ。

 この件を堂々巡りにもっていく。

 それが落としどころだ。この件は、絶対にうやむやにできる。


「それと、私たちが売ったのは四十三冊です。副司祭は五十冊と仰いましたが、間違いではないでしょうか? それとも私を貶めるために……まさか……嘘を」


 大仰に驚いた顔で口をおさえた。演技だけどね。

 神官席がざわめいた。


 少し顔をあげて、ようやく気付いた。正面に正司祭が座り、右手にベラスケス副司祭とその取り巻きの上級神官たちが十人ほど座っている。

 一方の左手には、各部門の神官長が座っているらしい。その数は二十人ほどか。


 副司祭の後ろにいる上級神官たちはベラスケス副司祭を勝たせようと、躍起になって何かを調べているが、まさかの劣勢に焦っている様子だ。


「また、対価を独り占めと言いましたが、私は販売の手伝いをしただけで、これを売ったのは、キノ・ペンドラゴンです。その対価は彼女が持っています。この地に教会ができるまで長らく治めていたペンドラゴン家の末裔です。不幸にして家名しか残っておりませんが、友人として、またカレンドリアの神官として、大恩あるペンドラゴン家の復興に協力したまでです」


 息を整えた。


「市民バザールは、市民の交流を目的とし、誰もがその日だけは、商人ギルドを通さずに特別に商売を奨励しようとする、この教会による催しです。そこには、税もなければ、制限もありません。いま、今日、この日に行われているあの市民の楽しそうな声を、まさか副司祭が遮ろうとしていたとは、私は知りませんでした。言ってくだされば、私が率先して市民たちの商売を妨害したのに、残念です」

「お、お前っ! 口を慎め!」

「……副司祭、そうなのですか?」


 正司祭さまが、涼やかな声で副司祭に問いただす。

 チラと見ると、副司祭が歯噛みをしながらこちらを睨んでいた。

 もういいや。どうにでもなれ。

 はぁ。神官位ともおさらばか。


「以上を持ちまして、私の反論を終わります。副司祭にお聞きします。副司祭の仰る通り、あの本が聖典ならざるものだとして、それを一切の制限をなくした市民バザールで売ったことに、何の罪がありましょうや? そして、現代語に訳したアスケディラスの物語に、なにかの瑕疵があったとして、聖典ではないと明言したものを、教会はどう取り締まれるでしょうか? 神官の長たる司祭位にあるものが、販売数を五十冊と数を偽ったのは、何故でしょうか?」

「お前のような下っ端に、質問ができる権限があると思ったか!?」


 ベラスケス副司祭は、この期に及んでまだ、声の大きさで物事を決めようとしている。


「あら、副司祭。権限はあるわよ? この場を取り仕切るのは私ですもの」


 正司祭さまが不思議そうに言った。


「正司祭さま。いけませぬ。これを認めれば教会の権威が」

「教会の権威を守りたければ、正しい方法を用いなさい。副司祭。過ちを、別の過ちでただすことはできませんよ?」


 おお。良いことを言う。


「私もあの本を読みましたよ。ホークテイル神官」


 ……え?

 思わず顔をあげた。


「なかなかに面白い現代語訳でした。確かに、副司祭が言うように、現代語にすることで、神というより、どうしようもない男としての話になっていましたが、私の知る限り、意味は同じでしたよ」


 ろうそくの明かりの中、白い帽子をかぶった正司祭の顔をじっと見つめる。

 その後ろに、武装神官が立っている。

 何かあれば、私を斬りつけんばかりの勢いで睨みを聞かせていた。

 その顔に見覚えがあった。どこかで見た顔だ。感じが悪いが、なかなかのイケオジ……。あれ?


 あ。思い出した。


「あ、あの時の、おばさ……お、奥さまですか!?」

「ふふ。思い出しましたか? あまり、おばさまとか言われ慣れていないので、どうしようかと思いましたよ」


 私がキノと広場であった時に、本を買っていった老婦人だ。

 男の方は金持ちの従者だと思っていたが、正司祭御付きの武装神官だったのか。


「私は、あの本の訳し方が好きですけどね。副司祭は気に入らないのですね」

「……勝手な解釈を許せないと申しております」

「では、命じます。副司祭は、聖典を全て現代語に訳しなさい。いいですね?」

「……なんとおっしゃいましたか?」

「聖典が神代文字のままでは、庶民に伝わらないとは、良い気付きとは思いませんか? それに教会がその解釈をすべきであるのなら、まず上の者が手本をみせるべきでしょう? 良い機会です。五十冊とは言いませんが、十冊ずつ、現代語訳の聖典を作る事業を行いましょう」

「正司祭っ! 本気ですか!?」

「あら、私、何か変なことを言ってますか? あなたが納得のいく解釈で翻訳をするのが、一番だと思いましたけど?」

「……そうではなく、こやつの始末は」

「ああ、リリカ・ホークテイル神官。あなたに審判を下します」


 正司祭が声を改めた。

 いよいよ、これで決まるのか。あっけなかったな。


「聖典は、以後、教会が翻訳するまで、現代語にして売ることを禁じます。教会の至らなさを気付かせてくれて感謝します。ありがとう。ホークテイル神官」


 沈黙。


「以上です」

「……どういうことですか? 正司祭」


 ベラスケス副司祭がなお食い下がった。


「あら、以上よ? この子、何か、悪いことをしたかしら?」

「……だから、アスケディラスの物語を」

「あれは、正しいわよ。あんな感じだもの。ねぇ、書写士長? あなたは、どう思う?」


 左手の神官席から、カレンドリアの書写士長が立ち上がった。

 思ってたよりもおじいちゃんだった。赤いガウンが似合わない。


「あれは、良き訳かと思います。面白うございました」


 うへぇ。ウチの書写士長も読んだのか。

 私は恐縮して頭を下げた。


「ゴンドアのリジャール書写士長が、大層、褒めておいででしたよ。ただし、誤字が多いと嘆いておりました。ホークテイル神官には、学んでいただきたいこともございます。ただ、あそこまで同じ書体で書き続けるのは才能だと」


 ……リジャール士長が、助け舟を寄越してくれたらしい。

 なんだよ。自分には関係がないような顔をしてたくせに。


「ふふ。よかったわね。ホークテイル神官。では、あなたの神官位はそのままにしておきましょう。副司祭といえども、間違いを犯すことはあるわ。細かいことは許してあげてくれません?」


 まさかの申し入れに、私は頭を再び下げた。私としては、神官位が戻れば問題ない。

 しかし、そこに一人の男が入ってきた。


「ベラスケスさまっ!」


 皆の視線がその男に注がれる。なんだよ、今更。何かあったのか?

 男がベラスケス副司祭に何かを渡し耳打ちをした。

 その耳打ちに驚いたように、ページをめくっている。

 ……アスケディラスの物語だ。私たちが作った本だった。


「ふふふ。正司祭。これはいけません。やはり、この者には罪があるようです」


 何か落ち度があったのか。

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