第19話 会話
「いまより、お前の神官資格剥奪と、その停止を求める嘆願について、地方教会の裁定式を執り行い審判を下す」
一人の神官が宣言をした。
その声とともに、中央に正司祭が入り、その右側にベラスケス副司祭が立った。
「リリカ・ホークテイル。頭を下げよ」
暗くて正司祭が見えない。
私が頭を下げると、ロウソクに次々と火がともされるのが、床に落ちる影で分かった。
「では、始めましょうか。ベラスケス副司祭。リリカ神官の罪状は?」
正司祭の思いのほか優しい声で審議が始まった。
咎めるわけでもなく、作業をするような声色だ。
「は。このリリカ・ホークテイルには、三つの罪がございます。まずひとつ、神官でありながら、勝手に聖巻十二神話を書写し、しかも神代文字を使わなかった罪です。神代文字でない聖典は聖典とは呼べませぬっ!」
大聖堂にベラスケス副司祭の声が響いた。
こちらは、芝居がかった断罪する声色。
見えないが恐らくは腕を振り上げ、唾を飛ばしているのだろう。
「ふたつ。聖典は、許可なく世に出してはならぬ。にもかかわらず、それを市民バザールで五十冊も売却し、その対価を独り占めにした罪」
聖堂の奥には祭壇があり、その祭壇を背に正司祭が座っているはずだ。
正司祭や副司祭の他、街の代表評議員と、神官のお偉いさんたちが、私を取り囲むように座っていた。
「みっつ。大神アスケディラスの物語を現代語にし、その地位を下げんと画策した罪」
ベラスケス副司祭の朗々とした声は、聞いたものを圧倒する力がある。魔法でも使っているんじゃないかと思うくらいに。
この声の前に、どんな者でも竦み、震えあがり、言いなりになり、教会にひれ伏してきた。
「以上の三つの罪を認め、許しを請うのであれば、和解の証としての証拠金を収めよと申しましたが、期日の今日までそれはありませぬ。よって、カレンドリア市神官律法第二十三条四項に基づき全ての神官位を剥奪し、二度と、二度と、同様の真似ができぬようにすることが、適当かと存じますっ」
反論を許さぬと言わんばかりの大音声で言ってきた。
二度とを二回繰り返すあたりが芝居じみている。
「そうねぇ。で、リリカ正神官。副司祭はそのように申しておりますが、あなたは何か申すことはありますか?」
正司祭の優しい声が響いた。
どういうことだ。申し開きの場なのか?
「正司祭!」
ベラスケス副司祭が正司祭に対して注意をした。
「ベラスケス副司祭。この裁定は私が行うものでしょ? カレンドリア市の教会法を順守しますが、その法の適用を決めるかどうかは、私の裁量によりますよ」
上目遣いで副司祭の様子を見ると、歯噛みをして正司祭の方向を睨んでいる。
副司祭と正司祭の間で、この話はまとまっていないのか?
「顔をおあげなさい。リリカ正神官。私は双方の意見を聞きたいと思っているのです」
言われて顔をあげたが、畏れ多くて正司祭の足元を見るのが精一杯だ。
「ベラスケスの言う罪に、あなたは該当し、これを反省するのですか?」
「……あの……私は……」
唇を噛んだ。
認めれば楽になるだろう。審議も終わる。
そして、私は神官職を剥奪される。
それにベラスケスの言い分に異を唱えても、カレンドリアでこのまま神官を続けるのは難しいんじゃないかな。
既に神官としては詰んでいることに今更ながら気付いた。
気付いたが、私は、黙るべきか?
竜となった姫は、父である国王に意を唱えたよね。
「私は、その罪を認めません。これを冤罪と考えます」
「おいっ! たかが神官の分際で!」
「副司祭。お静かになさい? 今はホークテイル神官の発言の最中です」
正司祭の叱責とも聞こえる声が聖堂に響いた。
いるものは全員、押し黙った。
「どうぞ、続けなさい?」
「あ……はい。あの、その前に。和解金を払うつもりはありませんが、期日は本日までです。払うかどうかは、この裁定の結果を見て判断しようと思っておりますので」
「なんだ、その態度は!」
「約束は守ってくださいよ!」
副司祭は、どうせ私には払えないと高を括っているのだろう。
「見ましたか、正司祭。こやつの態度を! 教会を愚弄しようとしていますぞ!」
「副司祭。私にはそうは見えませんよ? リリカ・ホークテイル神官。それは失礼いたしました。約束いたしましょう。本日の期日はまだ過ぎておりませぬ」
そして正司祭は、私の反論を促した。
「はい。まず一つ目の罪についてですが、聖巻十二神話の書写について、副司祭さまは『勝手に』と仰いましたが、教会府のお許しを得ております。私は聖巻十二神話を教会の許可のもとでお借りし書写いたしました。なので許可を取っていないというのは、違います。目的を変えたことについては、その通りです。私は、神官として、聖巻十二神話を、皆に知ってもらいたいという思いで現代語に翻訳いたしました」
ほらみろと小さな声が聞こえる。ベラスケス副司祭だ。
「神官は、何よりも神の教えを広める立場にあると神官学校で教えてくださったのは、当時校長であるベラスケス副司祭さまでした。私は、その教えに従い、皆に聖巻十二神話を売ったのです」
「ならば、何故、神代文字を使わぬ!」
ベラスケス副司祭の大声が聖堂に響く。
「神代文字を知るものが少ないからです。ですが、現代文字にしたことで、聖典として扱われないとは知りませんでした」
それは事実。現代文字にしても聖典は聖典だろうと思っていたから。
「聖典は神代文字で伝えるものだ! そんなことを知らぬとは浅はかな。こやつは神官としてやはり相応しくない!」
「わかったから、静まりなさい。副司祭」
馬鹿にされた。じゃあ、言ってやる。
「私は聖典ではないものを作って皆に配布したようです。それが罪であるとしたら、私が作り売ったものはなんでしょう? 聖典ではないものを売ったことに、何の罪がありましょうか?」
「お前が出したのは、ただの出来損ないの本だ!」
「では、二つ目の罪はないということですよね?」
聖堂に沈黙が流れた。言われたことが分からない様子だ。
「ベラスケス副司祭さまは、『神代文字を使っていないものは聖典としては認めない』と仰いました。そして二つ目の罪として『聖典を勝手に世に出した罪』と申されましたが、教会が聖典としては認めないものを世に出しただけです。であれば、なんら問題はないのでは?」
ベラスケス副司祭をチラと見ると、後ろの神官と話している。
どうやら、自分たちの矛盾に気付いた様子ね。
畳みかけよう。
「三つ目。現代語にしたことで、大神アスケディラスの威厳を損なったと、副司祭さまは、地位を下げたと仰いますが、それは聖典である『聖巻十二神話』に書かれてあることです。元々、聖巻十二神話は、聖典のエントリーとしてまとめられた本です。当時の庶民にも分かりやすく『罪と罰』を教えるものでした。その抱腹絶倒の物語は、神官である皆さまもご存知のはず。その物語の中で、神ですら罪を受けると知り、私たちは謙虚を学びます。現代語にしたくらいで、この物語の価値は変わりません。もしも、威厳が下がったというのであれば、副司祭さまは、この物語の価値を、理解できていないのではないでしょうか?」
「黙れっ!」
さすがにベラスケス副司祭がブチ切れている。
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