第18話 共感
リジャール士長は、この話を単調にさせないよう、様々な表現を提案してくると同時に、自分では思いつかなかったであろう表現に素直に感嘆の言葉を添えている。
中でも絶賛しているのが、最後。
ラクレオスと姫の涙のシーンだ。
竜を武器を使わずにただ抱きしめて止めようとするラクレオスのこのシーンは、言葉のテンポが歌のようであり、それでいて竜に寄りそう英雄の悲しみと、恋人を前に魔物と化した姫の複雑な感情が入り混じる。
そう。キノは、この物語のラストを悲恋とした。
半神半人の英雄とバレてしまったラクレオスは、牢獄に幽閉され、手枷足枷のまま船に乗せられて海に捨てられる。そして恋に生きた姫は、ラクレオスが死んだと思い込み、予言の呪いによって竜に変身し、この国を滅ぼそうとする。しかし、戻ってきたラクレオスに説得され、二人で国を後にするという終わり方だった。
愛するものを奪われた怒りと復讐が、その使われた言葉からひしひしと伝わり、そしてその竜に泣きながら頬ずりをする英雄とともに、国を去る姿が印象的だ。
何よりも読み終わった後の感覚がすごい。すごすぎて腹が立ってきた。今まで何をしていたんだ。キノ。もっと早くその才能に気付いていたら……。いや、今まで、そんなことを発揮する環境がなかったのか……。
リジャール士長もまた、最後の結末に感銘を覚えたようだ。「心を揺さぶる終わり方」と一言だけ書いている。それ以上は何も書けなかった様子だ。
古今の物語に通じているリジャール士長なら理解できるだろう。ラクレオス伝説には勝敗不明の竜退治の話がある。それをキノはなぞって、竜とともにこの国を去るラクレオスを用意したのだ。
それは教会の横暴に立ち向かおうとする私とキノにも通じるものがあった。
キノなら、教会が理解を示さないのであれば、一緒にこの国を去ろうと言い出しかねない。
この話は、キノと私の物語にもなっている。
良かれと思ってやったことが裏目になり、教会から謹慎を言い渡された私は、さしずめ囚われの身となったラクレオスだろう。
頭の固い父王が教会であり、王宮を焼こうとする炎は、新しく生まれたこの「物語」そのものかもしれない。
……いや、私、教会を敵に回そうとは思ってないけどね。
私はすぐにリジャール士長の添削した手紙をキノに送った。
こうはしていられない。
私にはすべきことがある。
この物語は、私のこの「すべきこと」にかかっている。
◇
審判の日は、市民バザールの日と重なった。
家に武装神官がやってきて、私は両手に枷をかけられた。
これでは犯罪者扱いだと、母が抗議したが、父に止められた。
そして、見せしめのように、わざわざ広場を通って大聖堂へ連れていかれる。
どうせ、ベラスケス副司祭の嫌がらせだろう。
広場は三カ月前と変わらないほどの熱狂だが、私をつれていく武装神官たちの姿に市民たちは恐れ、私たちに気付いた市民は、次々とおとなしく道を開けた。
お祭り騒ぎに水を差して、申し訳ない気持ちになる。
聖堂までの道が人垣で切り拓かれたようになった。
人々が小声で噂をしている。
罪人だ。ホークテイルさんちの娘さんだ。教会に反抗したらしい。
そんな囁きが耳に届いた。
教会の権威を使い、どのような判決となろうとも私を罪人に仕立てるつもりだろう。仮に謹慎を解かれ和解に至ったとしても、私はこの街にはいられないかもしれない。
同時に、ベラスケス副司祭は、このバザールをやめさせたいのかもと思った。
ずっとカレンドリア教会にいるにも関わらず、正司祭が首都から派遣されたのが、気に入らないのだろう。正司祭の始めた市民バザールが成功しているのが、面白くないに違いない。
広場の噴水までくると、武装神官は「道をあけよ!」と大声を張り上げ、人々をどかせた。
ため息がでた。
あれから三カ月、一体、何を咎められたのかを考え続けた。
ベラスケス副司祭は何かしらで教会の権威を傷つけたと考えているに違いない。
私は顔をあげた。
やましいことは何一つしていない。
人々の顔が目に入る。訝しそうに私を見ているが、私は胸を張った。
「これ。リリカ神官。顔を伏せなさい」
武装神官が耳元で囁くが、私は無視をした。
「リリカ神官?」
聞こえないのかと再び言う武装神官に私は笑いかけた。
「私はまだ罪人ではありません」
それを口答えと思ったのだろう。武装神官の一人が私の頭を肘で押さえつけた。と同時に、民衆から叫び声が出た。騒ぎになる前にと、手枷の紐を武装神官が引っ張ると、私はつんのめる形で転ばされた。
再び、民衆が騒ぎ出した。
焦った武装神官が私を無理やり立たせて歩かせる。
民衆は憎しみの目を向けている。罪人に対する怒りかと思ったが、違うようだ。
「相手は女性じゃないか」
「市民バザールは無礼講だっていうのに」
「なんだ、あいつら、偉そうに。教会にちゃんと上納しているんだ。市民は丁寧に扱えよな」
そんな声が聞こえてくる。
そうか。神官服を取り上げられ私服の私は、市民に見えているのかもしれない。
「あの子よ。あの本を売っていたの」
「あいつか? アスケディラスの物語? どうしたんだろう。あいつ手や腕が真っ黒だ」
その声にちらと視線を送ると、三カ月前に本を買っていった魔女が、仲間の冒険者に囁いている。
そこから市民たちの見る目が変わっていった。
「あ。アスケディラスの物語を売ってた人だ」
「本当か? あの本を売ったから、教会が怒ってんの?」
「なんだよ、あんなおもしろいの、今まで秘密にしてた側が偉そうに」
「手にあざができているじゃないか」
「殴られたんだろう」
「たいしたことない内容で上納金ださせやがって」
「あいつら、まだ罪があるかもわからないうちから、市民を殴るのか?」
「教会のほうが要らないんじゃないの?」
市民たちが騒ぎ始めている。しかも意図せぬ方向に。
武装神官の一人が苛立って剣の柄に手を掛けた。
「おい、面倒はやめろ。あと百歩も歩けば、大聖堂だ。我慢しろ」
隊長らしき神官がそれを制した。
それは英断だろう。市民たちの視線は、武装神官に投げられている。それは何かあれば、暴動になりかねないほどだった。
ここの市民たちは、冒険者も多く気が荒い。
探索許可を冒険者ギルドだけでなく、教会からも許可を得なくてはならない為、もともと教会に対しての怨嗟はあった。
彼らからは、私は武装された神官たちに生贄にされる憐れな娘に見えたことだろう。私は精一杯、昂然としながらも、たどたどしく歩いた。正直、足は震えている。それを見て、多くの市民は同情の視線を投げかけてきた。
穏やかではない広場での喧騒の中、ようやく大聖堂にたどり着くと、武装神官たちは市民たちから逃げるように聖堂に入り、そしてその大扉を閉めた。
聖堂の中は打って変わって静まり返っていた。
暗闇に目が慣れるまで時間がかかった。
「リリカ・ホークテイルだな」
奥から声がした。
目を凝らすと、大勢の神官たちが祭壇の両脇に座っていた。
「はい」
「前に進め」
返事をして初めて自分の喉がカラカラなことに気付いた。
私の席は、中央のみすぼらしい絨毯の上らしい。椅子もない。裁きを受ける席だ。
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