第31話 取材

 ガングスタム氏の持ち込んだ企画によって作られたこの本は『ガーリア大陸旅行記 ~アリフィエント王国編~』というタイトルになった。

 詳細な地図やイラストに人気が出て、いつしか購入者の間では『ガーリア大陸の歩き方』と呼ばれるようになった。


 ついにペンドラゴン書店から、物語に関係しない本が登場したと、業界では評判にはなった。本の新たな可能性が開かれたのだ。


「ゴンドアで紹介されていたチーズホタテ屋に行列が出来ていましたよ」


 とはゴンドアの書写士、リジャール士長だ。ゴンドアでも印刷所を作り、教会での印刷を始めたところだ。今回のカラー印刷の方法を訪ねにわざわざ来たらしい。


「へぇ。そのホタテ、ゴンドア名物なんですか?」

「いや、全然。前から変わった店だなとは思っていましたが、まさかあそこまで繁盛するとは」

「そう言えば、他の街でも、紹介された食堂がとんでもないことになっていたって話を聞きました」

「勇者ガングスタムが薦める店だと言われれば、覗きたくもなるのでしょう」

「書き方もよかったですしね。涎が出そうな書き方をしています」

「そうなんです。私も、カレンドリアで紹介されていた丸揚げ鶏が食べたくなって、わざわざここまで来たんです」

「……え? カラー印刷は?」

「ついでです」


 そっちがついでか。


 ガングスタム氏の始めたこのジャンルは、書籍に新しい可能性を広げたのは間違いない。物語に興味がない人も、書店に立ち寄るようになった。

 ついに物語という想像の世界から、店や街の評価という、身近で現実的なガイドブックという領域を切り開いたのだ。


 ガングスタム氏の本が発売になって一ヶ月もすると、我が家に見知らぬ訪問客が殺到するようになった。


「こちらにガングスタム氏がご逗留と」

「いえ、ここではなく、教会脇の宿屋ですね」


 こんな訪問者が日に数件もある。

 最初はガングスタム氏の知り合いかと思ったが、様子がおかしい。

 聞くと、ガングスタム氏の紹介した料理屋や食堂がわざわざカレンドリアまでお礼を言いに来ているという。それどころか、紹介しなかった店の人まで来ているのだという。


「紹介しなかった店の人は、意味が分からないわ? 苦情?」

「次回には、載せろってことですな」


 ガングスタム氏が困った顔をしていた。


「私は、そういうつもりではなかったのですが」


 どうやら、うちのも載せろと押しかけられる羽目になっているらしい。


「そう言えばゴンドアでも『ガングスタム氏推薦』という看板が幾つか立っていましたよ」


 リジャール士長が苦笑いだ。

 ゴンドアで紹介された料理は確かチーズホタテだけだったはず。

 幾つかってことは、偽物まで出ているということか。


「かといって『あんたの店の料理はまだ食べたことがない』と言って回るのも大人げないですしなぁ」

「まあ、そのうち他のガイドブックを書く作家が出てきたら、沈静化するでしょうよ」

「それはそれで、寂しいので、その人の店にも、私が食べに行こうかなと」


 三人で笑った。


「ガングスタムさんなら、来て欲しいという店がいっぱいあるでしょ」

「ええ。皆さん、自前の手書き地図を渡してくれて、『次にこの街に寄ったら、タダで食べさせる』と言ってくれるんですが」

「それは行かなくちゃいけませんな」

「ま。美味しければ、既に冒険者の間でも噂になっていると思うのですが……」


 つまりまずい可能性もあるってことか。


「なんなら、お金をもらったらいかがです? タダで食べさせるなんてけち臭いこと言わずに、旅費も原稿料も出すならって……」


 おっと、このアイデアは、いけるか?

 紹介料という形で、紹介して欲しい店からお金をもらって掲載する。ガングスタム氏のガイドブックは結局千部も刷るほどの大ヒットとなった。割高の値段にも関わらず売れたのだから、安ければもっと売れるだろう。その分、紹介した店からもらうのだ。悪くないビジネスにみえるが、さすがにガングスタム氏に提案するほどの勇気はない。


「やあ、リリカ」


 ガングスタム氏と話し込んでいるところにキノが来た。


「お、どうした? 企画会議はまだだよ?」

「いや、リーヴに剣を渡したくてね」

「リーヴに剣? え、どういうこと?」

「冒険者になるらしい」


 ……えっ!? ……初耳なんだけど!?


 キノは例のリーヴの書評で25位という評価から、少しだけふさぎ込んだが、書評を書くリーヴと次第に仲良くなり、自分に欠けている部分を根ほり葉ほり聞いていた。


 その後、『手紙』という作品で、人気を取り返した。恋愛ものには違いないが、新機軸だ。一通のラブレターを拾ってしまい、その出し主と、送り先を探るという謎解き要素のある物語だった。

 キノも手ごたえを感じたらしい。

 キノらしい頭脳を使う物語となっていて、作家仲間にも読者にも、驚きをもって迎えられた。


「キノさん。お待たせしました」

「よっ! キノ、おひさー。すっかり有名になったわねぇ」


 リーヴと一緒に現れたのは、どこかで見たことのある女魔導士だった。


 ああ、そうだ。昔、キノと同じパーティだったという人だ。アスケディラスの物語を売った時に冷やかしに来ていた。


「アンタの本、旅の暇つぶしに読ませてもらってるわ。また最近、面白いの出したわね」

「ありがとう。アルシェ。それに無理まで言って、冒険初心者の同行してもらって」

「良いってこと。キノに頼まれごとなんて、むしろ誉れだわ」


 アルシェというのがこの女魔導士の名前らしい。


「じゃあ、リーヴ。これが餞別だ。受け取ってくれ」


 そういうとキノは古い剣をリーブに渡した。


「本当に頂いてもいいんですか?」

「ああ、もう私が剣を持つことはほぼないだろう。ペンドラゴン家に代々伝わるものも、これが最後だ」

「そんな貴重なものを?」

「いいんだ。剣は使われてこその道具だ。飾っておくものじゃない。ミスリルで出来た丈夫で軽い剣だ」


 ペンドラゴン家に伝わる宝剣だ。家が無くなっても、この剣だけは売ることはしなかった。冒険でも守り刀として使い続けたが、ついに他人に託すことにしたようだ。

 その相手がリーヴということなのだろうか。


「アルシェ。リーヴをよろしくたのむ」

「任せて。魔法使いの邪魔にならない冒険者に育てるわ」


 そういうとアルシェは片目を瞑った。かつてキノと一緒に戦った時に邪魔になっていたことを覚えているのだろう。いや、それよりもだ。


「まって。リーブ? 説明してよ? なんで、冒険者に?」

「リリカさんが言ったじゃないですか。もっといろんな視点の社会経験を積んで欲しいって。それで、私、生まれてこのかた、カレンドリアの街から出たこともないですし、『ガーリア大陸旅行記』を読んで、世界は広いんだって」


 だからって、冒険者を選ぶか?

 キノに止めてもらおうと思ったが、ニコニコと笑って頷いている。

 だめだ。こいつ、元冒険者だった。

 女魔導士のアルシェは言うに及ばずだ。

 とどめは後ろで微笑む、ガングスタム氏。誰も止めようとしない。


 そんな素人が訓練もなしに冒険をして、死んだらどうするつもりなの?


「冒険は、いい社会勉強にもなる。どれ、私もそろそろカレンドリアを離れようと思ったところだ。君たちに同行してもよろしいかな?」


 ガングスタム氏が提案してきた。

 いや、心強いだろうけど、もうかなり高齢の冒険者だよ?

 リーヴが訝し気な顔をしている。そうか、リーヴは彼が誰なのかを知らない。


「よかったな。『風来のガングスタム』が同行してくれるんなら、心強い。が、報酬はないよ?」


 さすがに魔導士のアルシェは気付いていたらしい。


「もちろん構わんよ。ガーリア大陸旅行記の次回作が売れれば、また金が入るだろう。新たな取材もしないといけないしな」


 ああ、そういうこと? 

 冒険の経験を本にして、稼ぐつもりね。しっかりしているな。

 そこで、ようやくリーヴが口を覆って、声をあげて驚いた。


「え? ほ、ホンモノの、ガングスタムさん?」


 ガングスタム氏は再び微笑んだ。


「はじめまして。お嬢さん」

「わわ、私、リーヴといいます。ここで、書評とか書いてます。私、ガングスタムさんの本を見て、とっても感動しました。私、居ても立っても居られれれ」


 目がキラキラしている。

 こんな顔になるんだね。リーヴも。


「でも、リーブ、冒険は命の危険もあるのよ? 死んだらどうすんの?」

「それは……リリカさん。神官でしょ? 助けに来てくださいね!」



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