第44話 創造

 私が守るべきものがまだある。

 轟音が鳴り響き、転がる人影が死体なのか負傷者なのか分からない中を、私は走った。


 街の至る所で叫び声が聞こえる。

 気を失っている間に、ランドン兵に侵入されたのだろう。街にはランドン兵と思われる人影が剣を振るい、王軍と戦っていた。


 闇に紛れてランドン兵に見つからないように進むも、ふとランドン兵が手にしている本が気になった。今やカレンドリアでは珍しくない光景だが、ランドンにも本があるのか?


 いや。……あの表紙に見覚えがある。カレンドリアのタウンガイドだ。

 軍のタウンガイドがランドン兵に奪われたのだろう。それを見ながら、兵たちは攻撃してよい施設としてはいけない施設を判断している様子だった。


 だとすると、ますます私が守ろうとしているものが危ない。


「カレンドリアの神官です! 通ります!」


 王軍施設の即席のバリケードを潜り抜け、軍官僚らが利用している、あの建物に滑り込んだ。


「アーデル少尉! フレーベル大佐! ギブソン少佐! いませんか!」


 階段を駆け上がり、三階の部屋を覗いて回る。

 途中、暖炉に書類をくべている兵士に出会った。軍の秘密を焼却しているのだろう。慌てて、その書類に覆いかぶさり、中身を見るが、どれも軍関係の手紙だ。


「ウチの原稿を知りませんか!? ペンドラゴン書店の原稿はありませんか!?」

「なんだ、お前。知らん! 民間人は、出ていけ」


 槍の柄でみぞおちを突かれたが、痛みに苦しむ時間すら惜しい。

 胸を押さえながら部屋をでた。いつも検閲をしている部屋はどこだ。何度も訪れている場所なのに、雰囲気が違うだけで、別の場所のように感じる。

 

 窓の外で爆発が起きた。ここも度重なる攻撃で結界が突破されそうだ。

 長い廊下を走り、アーデル少尉の部屋を目指そうとしたとき、再び、目の前が真っ白になった。爆撃魔法が建物に直撃した。大きく建物が揺れた。


 地面にはいつくばって、頭をおさえたが、襲い掛かる爆風で手の甲にガラスが突き刺さる。


「いたた……。アーデル少尉! ギブソン少佐! いませんか!?」


 声だけでも届けと、手を押さえながら、大声を出した。顔を上げると、廊下が火の海だ。振り返ると、先ほどの兵士たちが逃げていく。

 そうか。屋敷が焼けるのなら、暖炉で書類を焼く必要なんかないもんな。

 焦げ臭い煙の中を立ち上がり、私はアーデル少尉の部屋を目指した。

 しかし、その炎の先には絶望しかない。

 直撃を食らった場所だったのか、部屋も廊下も丸ごとなくなっていた。向こう側に渡るには、このでかい穴を渡らないといけない。


 一歩足を乗せると床が大きくたわんだ。下もなくなっているから、この廊下がいつまで持つかもわからない。思い切って、踏み込んでみると、案の定、床が抜け体が沈んだ。


「おい!? 大丈夫か?」


 下から声がする。


「そのまま、降りろ! 民間人! 受け止める!」


 くそ。一度二階に降りて、そこから向こう側に行って上がるか。


「お願いします!」


 下の兵を信頼して両手を離し、落下すると、下の兵士は私を受け止めて驚いていた。


「……ホークテイル神官か!? 何故、ここに?」

「??? あ! ギブソン少佐!?」


 てっきり兵士だと思っていたが、ギブソン少佐だった。


「そんなことより! ウチの原稿は!?」

「は!? まさか、そんなことのために、ここに来たのか!?」

「アーデル少尉に預けているんです! 少尉はどこですか!?」

「おい、アーデル少尉を知っているものは?」


 周りの若い兵士が一人答えた。


「大佐を市外に逃がした後、『大事なものがある』と、こちらに戻ってきました。自分は少尉を追いかけて、こちらに戻りましたが見失い……」


 若い兵士が泣き出していた。アーデル少尉はどうも人望があったらしい。見かけによらないことだ。


「ホークテイル。そういうことだ。ここももう持たないぞ。ランドンの兵士がここを狙っている」


 その時、外で爆発が起き、皆が一斉に伏せた。


「くそ。急げ! 立て! 走れ!」


 ギブソン少佐が私の襟を掴み、引きずるように走り出した。


「撤収! 動ける者は市外へ撤収!」

「ダメです! あの原稿を取り返さないと」


 ジタバタしたがギブソン少佐が強く握っているものだから、引きずられるように廊下を歩かされる。

 そして一階に降りようとして、階段前で少佐が立ち止まった。


「くそ、もう中に入られたか」


 ランドン兵が階段を上がってくるところに鉢合わせた。


「神官! 原稿は恐らく大佐の金庫の中にしまったままだ! お前は生き延びろ!」


 そういうと、少佐は私を廊下の開いてる窓から外へ放り投げた。


 ……嘘でしょ? 庇を転がりながら腕を伸ばして、雨どいを掴み、二階に戻ろうとしたが、それ以上手に力が入らない。

 くそ。屋内からギブソン少佐たちが、ランドン兵と戦っている撃剣の音が聞こえた。下を見るが、高い。下には気付かれていないものの、ランドン兵がうようよいる。


「リリカ!」


 不意に名を呼ばれた。

 声の方向を見たが、うっすらと光る剣以外なにも見えない。だけど、わかる。あの剣はミスリルの宝剣だ。そしてその声は、間違いない。キノが戦っている!


「キノ! 原稿が中に!」


 道にいたランドン兵たちが上からぶら下がっている私に気付いて、槍でつつこうとする。その槍を目掛けて、どこからか電撃の魔法が落ちる。あぶない!


「ランドンの若造よ! 命が惜しくば退くが良い! 名を上げたいものは、このガングスタムが相手をしよう!」


 ガングスタム!?

 

 驚くのと雨どいが壊れるのは同時だった。私はランドン兵のど真ん中に落ち、そこへ、キノが飛び込んできた。


「立てるか!? リリカ!」

「キ、キノこそ! 寝てなくて大丈夫なの!?」

「寝てる場合か!」


 暗くて顔色まではわからないけど、ペンドラゴンの剣を振るって戦い続けている。

 冒険者としてのキノは、猪突猛進型だったというが、目の前のキノは貴族ならではの美しい剣法で、敵を払っている。


「雷撃いくよー! 前衛、さがってー!」


 女魔導士の声がすると同時に、キノが私を掴んで、建物の影にかくれた。背後に雷撃の音が響くのはほぼ同時だった。

 痺れて動けない敵をガングスタムが戦斧で薙ぎ払っていく。


「おじいちゃん、やるねぇ!」

「うむ! まだまだ現役! 神官、無事か!?」

「ぶ、無事です!」

「よし、逃げるぞ! リーヴの手紙は解読できなかったか」


 やはり、あの手紙は暗号だったのか。「逃げろ」か「隠れろ」か。


「リーブは!?」

「シヴァが連れて行った! 大丈夫!」

「まって! まだ原稿が建物の中に!」

「諦めろ!」


 キノのその声とほぼ同時に、頭上が明るくなった。


「伏せろ! 爆炎だ! でかいぞ!!」


  ◇


 ──空が見えた。薄紫の明るい空だ。


 白い月が見えた。透き通った空だった。

 悪い夢を見ていたようだ。


 妙に静かだ。

 一体、ここはどこだろう。体を起こそうとするが、悲鳴をあげてくる。


「いてて」

「お。リリカ。気が付いたか?」


 聞き覚えのある声だが、キノじゃない。シヴァだった。


「シヴァ? ここは?」

「大広場。お前たちを探し出すの大変だったんだぜ」


 どうやら二度目の失神らしい。

 痛みを堪えながら無理矢理半身を起こした。

 そこに広がるのは、地獄のような光景だった。あちこちで兵士や市民が呻き声をあげている。


「無理すんな」

「……キノは?」

「大丈夫だ。父親に逢いに行っている」

「ちち……おや?」

「ああ。あいつの父親、元はここの騎士団長だったんだってな。各地の武装神官を搔き集めて、カレンドリアに侵入したランドン兵を蹴散らしてくれたよ」


 ……そんなことになってたのか。

 立ち上がった。足が震えている。


「無理すんなって」

「ありがとう。シヴァ」


 武装神官たちが、怪我人を担架に乗せて運んでいる。

 その流れに逆らうように、一人で街の方へ向かった。


 あちこちから煙がまだ上がっている。消しきれてない火がそこら中にあった。

 軍官僚たちが寄宿舎にしていた建物のあった場所は、どこに建物があったのか分からないほどに吹き飛んでいた。すっかり平地になっている。


 紙の束があった。拾い上げてみたが、半分焼けた軍の資料だ。

 しばらく探すと、印鑑が落ちていた。『却下』と書かれている。


 ふと笑いが込み上げた。


 見渡すと、死体が山ほどある。あの爆炎魔法は、ランドン側が自軍の兵ごと焼いたのか、それともランドン兵を巻き添えにして王軍が放ったのか分からない。

 完全に焼け落ちるほどに、建物は壊滅状態だ。


 その中に、一か所。

 ランドン兵の死体が輪になって転がる場所があった。

 輪の中央には大きな箱があった。


 ……金庫だ。

 近づくと、その金庫に寄りかかるように、一人の王国兵がいた。

 爆炎の魔法を食らったのだろう。服は焦げ、顔も火傷を負っている。大柄な男は片手に剣を持ち死んでいた。


 アーデル少尉だった。

 蘇生を試みたが、魂は戻ってこなかった。


 後で原稿を取りに来る私の目印になるように、ここで死んだのだろう。

 金庫を奪おうとしたランドン兵と切りあっていたらしい。

 その金庫を開錠の呪文で開けると、中にはキノの原稿が入っていた。……合格の印鑑とともに。


  ◇


 ──復興には数年かかると言われた。


 カレンドリアの神官らによって、多くの聖典は守られたが、教会の大半は焼け落ち、壁を残すだけだ。

 カレンドリアの街の被害も尋常じゃない。

 人々は他の街やアランからの支援によって食事こそ困ってないものの、寝る場所も、着る服にも困るありさまだ。


 だが、大丈夫。きっと取り返せる。

 私たちに、未来を思う力がある限り、何度でも立ち上がれる。


「本日より、ペンドラゴン書店。再開します!」


 食べ物でも、屋根のある家でも、暖かい服でもない、なくても誰も困らない物語だが、人々を勇気づけ、笑顔にし、前に進ませるのもまた、物語の力だ。


 ──少なくとも私は、そう信じている。信じる力こそ、創造の源泉だ。



 (了)



★★★ 作者より あとがき ★★★


最後までお読みいただきありがとうございました!

毎朝7時5分というバカげた時間帯に、こっそりと活動してまいりましたが、いかがでしたでしょうか?


これにてキノとリリカの物語はおしまいになります!


既にお気付きかもしれませんが、異世界を舞台にした「蔦屋重三郎」をモチーフにした出版の話です。

活版印刷機ではできない「漫画製本」の世界まで行こうと思いましたが、まだまだ先になりそうですね。

活版印刷が活躍する小説は既に書いてしまった(「最低限健康で文化的な『異世界創造』」という作品で、公募に応募中です)ので、平版印刷という浮世絵や現代のプリンターにも通じる印刷異世界モノをやってみました。


読者の皆さまには申し訳ないです。

どうしてもネタバレをしてくる読者様がいらっしゃるので、コメントは閉鎖しました; 本当に申し訳のないことで。

近況ノートで交流しましょう! 大歓迎!


ということで、おしまいになりますが、知る人ぞ知る作品となれば幸いです。ずっと声援を送ってくださった@nundarwさん、気の言さん、戦車小僧さん、本当にありがとうございました!! いつも応援ありがとうございます!!! 励みになります!


また次回作でお会いしましょう!


   作者 拝

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ペンドラゴン異世界書店 ~拾った印刷機で本を作ったら、教会やら王国軍やらに目をつけられたんですけど?~ 玄納守 @kuronosu13

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