出版

第2話 転職

「リリカに報告がある。私は冒険者をやめようと思うんだ」


 朝っぱらからわざわざ人の家まで来て、何を言うかと思ったら、キノはとんでもないことを言い出した。


 キノ・ペンドラゴンは、いわゆる「天才肌」と呼ばれるタイプだ。

 それもとびっきりの「不遇の」や「不運の」が前につく奴だ。

 運さえあれば、今頃は才女の名をほしいままにしていたことだろう。才能に恵まれながら、今まで何をしても、うまくいかない。それは彼女の性格や努力のせいではない。運に見放された女だともっぱらの噂だった。


 もともと私たちは、幼馴染だ。

 キノはこの地方でも名家の生まれで、かつての祖先は王国建国時の騎士隊長を務めていたそうだ。このカレンドリア市の中でも数少ない爵位を持つ家柄だった。


 一方、私の家は、代々そのペンドラゴン家に出入りする商家だ。ペンドラゴン家は、貴族だ庶民だと家柄や出自を気にしなかった。代々御用聞きをしてきた安心感もあるのだろう。小さなころから、同い年のキノとはよく遊んだ。


 昔からそういう鷹揚な性格の家だったそうだ。

 そのせいだろう。

 いや、それが原因としか考えられない。


 数代前から、怪しい人物にお金を貸したり、保証人になったりしたため、気付けば莫大な借金を抱えてしまっていたらしい。


 悪い奴らに騙されたのだ。


 祖父や曾祖父の借用書を持ち出され、その借金の返済に土地や父祖伝来の宝物を売り続けたらしい。


 あっという間に、ペンドラゴン家は貧しくなった。だが、ペンドラゴン家は騙した相手を恨むことはなかった。


 家を再興するために、キノを神官学校に入れることにした。この街でもっとも権力を持つのが教会だったからだ。キノがこの地で神官になれば、食べていけるだろうと考えてのことだ。


 そして、私の両親もまた、この地で商売をしていく以上、この街で最も金払いの良い教会にツテを作ろうと、私を神官学校に入れた。


 こうして私たちは神官学校でも、仲良く勉強に励んでいた。


 しかし、それも束の間のこと。

 神官学校二年生のときに、キノの家がついに破産した。それも盛大に。


 家も爵位も借金のカタにとられて、ペンドラゴン一家は離散だ。

 キノの両親や弟はいまもどこにいるか、わからない。

 

 その一報を受けた時のキノの顔は忘れられない。半笑いの半泣きだった。

 そしてキノは神官学校を辞めることになった。

 授業料を払えなくなったためだ。


 神官学校の教師たちは、優秀な成績のキノを手放すのを惜しいと思ったが、当時の校長、今はカレンドリア教会で副司祭をしているベラスケス副司祭は、学費を払えないものを置くべきではないと考えた。


「他の者が学費を払っているのに、学費を払えない者を神官学校に置くのは、神の前での平等な扱いとはいえなくなる」


 16歳のキノが寄宿舎を出る時、荷物らしい荷物もなく、まるで近所に出掛けるように出ていったのを今でも覚えている。


 そこから風の噂で、冒険者になったと聞いた。


 キノなりに、ペンドラゴン家を復興するための職業選択だったのだろう。この街は、冒険者の逗留は多い。ここカレンドリア市は重要な聖域でもあり、近所には魔物の出る有名なダンジョンも数多い。


 確か、初代のペンドラゴン家がこの地を領地としたのも、この国境に近いこの聖域を守るためだったという。


 命の危険さえ考えなければ、冒険者になることは、良い選択肢に違いない。

 武功を挙げて名声が手に入ればペンドラゴン家の復興にもつながるだろう。


 だが、元来の人の好さが災いしたのか、キノは同じ冒険者仲間にも騙されていたらしい。危険な任務ばかり従事させられ、手に入れた価値のあるお宝はギルドに没収され、代わりにわずかな賃料を貰うような日々を過ごしたようだ。


 ある日、我々神官学校の実地演習で、キノが潜ったダンジョンを訪れた。習いたての回復魔法を使って、無償で冒険者たちの救助を行う予定だった。


 その日、そのダンジョンは魔物の死骸の他に、冒険者たちの血で汚れ、凄惨な現場になっていた。

 私は、そこで死にかけている冒険者を助け起こしたときに、


「……リリカか?」


 と呼ばれて、初めて相手がキノだと気が付いた。

 長かったオレンジの髪を男の子のように刈り上げ、美しいグリーンの瞳は闇の中で焦点を失い、頬はやつれて別人にしか見えなかった。


 幸いにもまだ死んでいなかったが、どれだけ回復魔法をかけても、すぐに気を失う理由を知った時、愕然とした。

 キノは魔物との戦いで死にそうなのではない。単に餓死寸前だったのだ。


「リリカ……。ありがとう……。危うく死ぬところだったよ」


 私の持ってきた弁当を両手でゾンビのようにむさぼり食べ、喉に詰まらせて再び死にそうになった。


「しかし、君は、いつも私の窮地を救ってくれるな」


 元気になったキノは、冒険の帰りにいつも私の家に立ち寄るようになった。


 私のことを救世主のように言うが、こっちはキノを見ているとハラハラしてばかりで、キノの窮地しか見たことがない気もする。


 私もその後、神官学校を卒業し、正神官となったが、まだまだ修行中の身だ。

 キノを救うために、回復魔法だけでなく、治癒魔法や蘇生魔法まで覚えた。空腹を満たす魔法は残念だが存在していない。


 たくさんの魔法を覚えたのは、キノがいつか冒険で死ぬと思ったからだ。


 いくら天才肌で、冒険の才能もあるキノといえども、毎日のように危険に晒されていれば、いつか死ぬ日がくるだろう。

 ただ、死因が空腹というのはあまりにも不憫なので、私の家に寄るたびに、いくばくかの食糧を渡すのだ。


 キノも天才肌の人間にありがちなことだが、礼も言わずに、気持ちよくそれを貰っていった。


 これでダンジョンで餓死をするという悲しい結果にならずに済むだろう。

 あとは、持ち前の才能を活かして、冒険者として大成するだけだ。

 その彼女が4年間続けてきたのに、「冒険者をやめる」と言い出したのだ。


  ◇


「辞めてどうすんの?」


 天才肌のキノのことだ。冒険が嫌になったわけではなかろう。

 私にも話を聞くくらいの権利はあると思う。今まで渡してきた我が家の食糧分は。

 十九歳のキノがどんな道を歩もうと思っても、応援する気だ。


 ただ、没落貴族がどんな道を選ぶのかは、パターンがある。


 まず没落貴族は、たいてい切羽詰まって商売に手を出す。

 残った財産を使って、イチかバチかの勝負に出る。

 そして慣れない商売で、全財産を失う。まあ、キノの場合は失うものもないが。

 そうなったら、もう道は少ない。夜の住人となるしかない。

 盗賊になるか、夜の女になるか。

 そうなるとなかなか這い上がれない。いくら天才肌といえども、天才の盗賊とか、天才的な夜の女には程遠い。人が好すぎるし、むしろ私のほうが男ウケしそうな体だ。


 キノは私が話を聞いてくれると思って、嬉しそうに口を開いた。


「実は、商売をしようとおもっている」


 ハイでた! だめパターン!!


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