第3話 印刷

「ダメダメダメダメ! 絶対にダメ!」


 私の剣幕に、さすがのキノも驚いている。


「キノが商売なんかできるわけないじゃないの! そもそも、こういっちゃなんだけど、元手だってないじゃない。ウチをあてにしている? ウチだって、ペンドラゴン家とえんがあるから、貸せないってわけじゃないけど、キノに商売なんかさせられないわよ? なんなら、父に紹介するから、商売のやり方を覚えたら?」


 なんとか安全な道を歩ませないと、このままではキノはダメになる。

 しかし、キノは真面目な顔で、首を横に振った。


「いや、リリカ。ホークテイル家には父祖の代から世話になっている。こうして今も、私はほぼ食客の身だ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないよ」


 食客というか、母は小鳥に餌を与えているくらいのつもりで食料を分けている。

 保護活動の一環くらいにしか考えていないのが実情だ。


「じゃあ、どうするのよ? 仕入れに行く馬車すら買えないじゃないの。それに、ここで商売をするのなら、商人ギルドに上納金を収めないといけないのよ?」


 この上納金はバカにならない。

 入会と年会費が必要なうえに、月々の売上から一部を上納する必要がある。

 この金で、ギルドが私腹を肥やすわけではない。

 この町一番の権力を持つ教会への仕事をつなぐのだ。

 商人ギルドとはいえ、教会の力には逆らえない。


「うーん。順を追って話すよ? この間、拾った宝箱のことを覚えているか?」

「そこにある箱でしょ?」


 キノの足元に転がっている箱を指さした。

 宝の入っていない宝箱だ。何の価値もない。中には見たこともない機械と道具と何も書いてない紙が入っていた。

 キノがダンジョンで拾ってきた箱だ。今まで宝箱と分かれば問答無用で冒険者ギルドに取り上げられていたが、今回だけは、キノの手元に残ったのだ。


 何故ならば、その機械が価値のあるものかどうか、冒険者ギルドですら、全く分からなかったからだ。つまり、ゴミとみなされたってこと。


 キノはそのゴミを私の家に持ってきて、中身を見せてくれた。


 そこには、円筒にハンドルがついた機械と、よくわからない紙が入っていた。

 一つは透き通った油に浸したような紙。

 もう一つは上等な真っ白な紙だった。

 私は神官だから紙については、多少詳しい。今までいろいろな紙を見て来たけど、これほどまでにスベスベとして、絹のような白さを持つ紙は初めて見た。これだけは価値がありそうだった。


 それ以外は、何も書けそうにないざらざらの石板と、錐が二つずつ。あと、中に真っ黒な油の入った、臭い缶が入っていた。


 機械や缶には、何か異国の文字らしきものが書かれてあるが、私の知識では読めなかった。当然、この国のいかなる文字ともかけ離れているし、古代文字や、神官たちが使う神代文字でもなかった。


 一応、神官らしく、呪い探知もかけたが、何の呪いも掛かっていないことは分かっている。魔法の道具かもしれないと魔法探知もかけたが、何の反応も示さなかった。

 それくらいのことは冒険者ギルドでもやったと思う。結局、これが何か分からなくて、捨てる手間を省くために、キノにくれてやったのだ。

 キノは折角もらえたんだからと、私に見せてくれたが、折角もらえてもただのガラクタだ。


「これが、どうかしたの?」

「わかったんだよ。この道具の使い方が」


 どうやら、あれからこの道具が何かを一生懸命探っていたらしい。

 キノは箱から道具を取り出し、机に広げていった。


「この機械、なんか臭いがするから、あんまり好きじゃないの」

「ああ、ごめんな」


 キノは謝るが、機械をしまう気はゼロだ。

 テーブルに機械を並べ、並べる場所がなくなると、今度は私の勉強机に、紙や石板を置き始めた。


「で、なんだったの? 製麺機?」


 私たちの最初の予想は製麺機だった。このハンドルをクルクルと回すと、麺が出てきそうだったからだ。一番、それが似ている機械だと思っていた。

 ただ、この頭が痛くなるような臭いの麺を食べる気はしないし、仮にこれを洗って使うにしても、それなら新しい機械を買った方がよさそうだ。


「製麺機なら、ほんと申し訳ないんだけど新しいのを」

「いや、そうじゃないんだ。でもリリカの勘はかなり近かったよ。製麺機のように使うんだ」

「……で、何なの?」


 なぞなぞをやる気はない。

 さっさと答えを教えてくれればいい。


「『噂を信じるよりも、見たものを信じる』って神官学校の先生が言ってたよね。説明するよりも実際に見て欲しい」


 キノは白い紙を一枚取り出すと、それを円筒のついた機械に差し込んだ。


「いいかい?」


 キノがハンドルを回す。

 すると機械の中に白い紙が吸い込まれ、反対側から出てきた。


「うーん? 白い紙を入れてハンドルを回すと反対側から出てくる機械?」

「その紙を見てごらん」


 キノに促され紙を手に取って驚いた。


「……なんか書いてある」

「そうなんだ。この機械は白い紙に何かを書く機械なんだよ」


 そこには、これまた読めない文字が羅列してある。

 紙には絵も描かれてあった。

 巨大な鍋か? その鍋を口元に何故か覆面をした子供と思われる人物が運んでいる。子供の奴隷だろうか? にしては喜んでいるように見える。そしてなにやらスープを皿によそった絵もあった。


「でも、全然、読めないわね」


 読めない字を白い紙に刻む機械に何の価値も感じない。

 これで商売なんかできるはずもない。

 すると、キノがもう一度ハンドルを回した。

 白い紙が吸い込まれ、また出てくる。


「また出た」

「ほら、見てごらん?」


 もう一枚を手にした。

 ……全く同じ文字だ。

 同じ読めない文字が並んだ紙が二枚になった。


「増えたわね」

「増えただろ? 二つは全く同じなんだ。ここまでは、まあ簡単に分かったんだけどさ」


 この読めない紙がどんどん増えるというのだろうか。

 だとしたら、とんでもない無駄だ。


 すると、キノは機械をいじって、円筒をむき出しにすると、そこから薄皮を一枚剝いだ。


「え? そこ、剥がせるんだ?」

「うん。剥がせるのに気付いたから、この機械の価値がわかったんだ」


 私はまじまじと円筒を眺めた。

 真っ黒な円筒は、禍々しく、さっきよりも強いにおいを放ってた。


くさいわね……」


 窓をあけたいが、紙がたくさん並んでいるので、我慢した。風で飛ばされたら面倒だ。


「見て欲しいのは、円筒じゃなくてこっちだよ。リリカ」


 キノが剝いだ皮を振っている。


「顔を近づけてごらん?」

「嫌よ。臭いじゃない」

「でも、近づかないと分からないよ。じゃあ、こうしよう」


 キノが窓に近寄って、それを窓ガラスに貼り付けた。


「これでわかるかい?」


 窓から透けて見えたそれに、私もようやく気付いた。


「これ、さっきの紙と同じ。白黒反転しているけど、さっきの紙に書かれてある文字と全く同じじゃない?」

「そうなんだ。これは、薄紙に書いた文字を、白い紙に写してくれる機械なんだ」

「なら、最初から白い紙に書けばいいじゃないのっ!?」

 

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