第38話 熱量

「どうだった?」


 書店で待っていたシヴァに私たちは首を横に振った。


「子供向けもダメか」

「やはり奇策では受け付けてもらえないな」

「うーん。まあ、アーデル少尉が言うことも分からなくもないけどね。確かに、いきなりパンが動き出して正義を振りかざしたら、引くわね」

「リリカまでそんなこと言ってどうする」


 シヴァが笑い出した。

 まあ、笑っているうちは、まだなんとかなる。


「しかし、キノはこれで六作。シヴァは四作連続で却下か」

「アーデル少尉は却下する為にやっているんだ。しゃーねーよ。『却下』『却下』」


 シヴァがアーデル少尉の真似をした。


「……キャッカマンか」

「キノ、少し休もう。新しい企画を考えよう」


 このままではキノがどんどん迷走していきそうな予感がした。


「で、シヴァは新しいの思いついた?」

「ああ。傑作が生まれそうな予感だ」

「へぇ、聞かせてよ」

「荒廃した世界が舞台なんだがな、救世主と呼ばれる男が登場するんだ。そいつが、愛する恋人を探すために、荒野を彷徨い、次々と現れる強敵と拳一つで戦っていくんだ。その男は胸に二十四の傷があってな。それぞれが穴のようになっているんだ」

「穴? 死なないの?」

「死なないんだ。死なないだけじゃない。その傷は、大熊座の二十四の星と同じ配置になっている」

「大熊座? 死を告げるという星座じゃないの。不吉ね」

「そう。しかも、幼いころから戦闘訓練を受けた武闘僧侶だ。あだ名は死神」

「武闘僧侶って。武装神官みたいなもの?」

「あんな鎧は着ていない。身軽な服装で武器すら持たない」

「相手は?」

「荒廃した世界で乱暴を働く奴らだ。だが、その元締めみたいな奴らは、この荒廃した世界に暴力の秩序をもたらそうとしている。東方武術と西方武術の戦いが繰り広げられているが、主人公はどちらにも与しない」

「そいつらが敵というわけね」

「そう。恋人探しの邪魔をしてくる。更に、そいつらの中には、かつての仲間がいる。しかも戦闘訓練を受けていた時の兄弟子たちだ。主人公は強力な兄弟子とも戦い合いながら、恋人を探す」

「う……熱いな」

「最初は弱かった主人公も、徐々に成長していくことで、最強無敵の力を手に入れていき、最後は兄弟子たちと死闘を繰り広げる。簡単には倒せないんだ」


 男性読者向けの話だろう。

 しかも戦いの話で無双の強さ。

 歴史モノを得意とするだけあって、シヴァなら、検閲を突破できるのではないだろうか?


「冒険モノでもあり復讐モノでもあるが、何よりも正義を訴える主人公だ。行動原理はこの世を正そうとする力。そこに愛が加わる」

「なんか感動しそう」

「だろ? あとは、これに軍が好きそうな設定を加えれば、かなりイケるだろ?」

「そうだね。軍の言うパターンを超越して面白いわ。ニューウェーブ書店の薄っぺらい話よりも、もっと厚みのある人情的なものも混ぜれそうだし」

「ああ、あいつらぽっと出の作家を集めても、俺たちのような重厚感のある設定は思いつかないだろ? そうだ。主人公を元王国軍の男にしよう」

「あ! いいわね。西方武術が私たちアリフィエント王国側で、東方武術がランドンって感じ?」

「ああ、いいな。正義の鉄拳を振るうのは、我が王国の若き武闘僧侶。そしてランドンたちが破戒僧であり、兄弟子たちは道を誤った王国の僧侶だな」

「王国を背負って立つという設定は使うのね」

「まあ、方便だがな。荒廃した世界ではどこの国に所属していたかなんてのは、ただのタグに過ぎないけどな。それでも、ぐっと深みは増すだろう」

「武闘僧侶の世界なんて誰も知らないから、興味も引くわね」

「ああ。しかもただの武術じゃあない。触れるだけで体内の仕組みが狂う、恐ろしい武術だ」

「こわ。どんなふうになるの」

「触れたところが病気になって腫れたりする」

「……急に地味になったわね。もっとスカっとする攻撃方法のほうがよくない?」

「殴り合いとかもするよ。でも触れたところが内部から壊れていくから、お互いに、相手に触れたりできないんだ」

「……ちょっと凝り過ぎじゃない? もうちょっと魔法とか使って、簡単にできない?」

「ああ、なるほど。魔法を絡めるか。それもアリだな」

「そうそう。魔法を直接相手の体内に埋め込んでいくような形で、撃ち込む魔法と体の部位で効果が変わったりするのは?」

「お。いただき」

「例えば爆裂系の魔法を使えば体が内側から吹き飛んだり」

「こわっ。だけど、それだと殴り合いと変わらないから、効果をすぐに出したくないんだよねぇ」

「じゃあさ、三分後に爆発するとかは?」

「……こわっ。その間、相手はどうなるの?」

「うーん。喋り方がおかしくなっていくとかなら、書き易い?」

「いいね。『そんな攻撃がひくほおぽぽぽ』 ぐしゃ! みたいな感じか」

「そうそう。そんな感じで呂律が回らなくなって」

「で、主人公の決め台詞が『お前は既にご臨終です』みたいな感じか」

「おー。なんか僧侶って感じね」


 盛り上がっている私たちを見ながらキノは首を傾げているが、そのうち笑い出した。


 そうだ、最初の本を作った時もそうだった。

 なにかに突き動かされるように、こうしたいという気持ちを、キノが形作って、アスケディラスの物語は翻訳され、なにかに突き動かされるように、ラクレオスの物語の姫は竜となり国を滅ぼしかけた。


 いい物語が作られる瞬間の予感がある。

 それがモノを作る熱量。

 無邪気な創造力が翼を広げる瞬間は、誰にも止められるものではない。

 そして翼を広げたバケモノは、後は飛び立つだけだ。


「シヴァ。企画書作って。こいつは、いけるよ」

「おう。なんなら、冒頭数ページ、読まずにいられないような奴を書いておくぜ」

「いいね! やっちまおう!」


 ワクワクが止まらない。

 きっと感動する話になる。

 この情熱のまま、アーデル少尉にぶつけてみよう!


  ◇


「どうです!? 少尉の欲しい物語は、このパターンだと思いましたが」

「……」

「無双の強さの主人公は、次から次へと敵を見たことも無いような術で倒していきます」

「……そうですね」

「それは王国軍を背負ってのことであり、王国軍人として恥じることもなく、最終的には恋人を見つけ、これを守っていこうとします」

「……わかります」


 アーデル少尉がうつむきがちにページをめくる。

 企画書には眺めのあらすじと、登場人物の関係図が表されている。これも、シヴァが歴史モノで培ってきたノウハウだ。


 アーデル少尉のページをめくる手が止まらない。

 そして、読み終わった後、思い出したかのように煙草に火を点けて、天井に向けて吐きだした。


 隣でシヴァがニヤリと笑っていた。

 キノと二人で賭けをしている。先にアーデルを突破できるのはどっちだという話だ。


「面白いですよね?」

「……はい」


 しかしアーデル少尉はそのまま目を閉じてしまった。


「もしも何か気に入らない部分があるとしたら、修正しますけど……」

「おう。こっちはプロだからな。いくらでも修正できるぜ? 俺は」


 見かねてシヴァも口出しをしてきた。

 アーデル少尉はまだ吸えそうな煙草を灰皿に押し付けると、企画書を机にトントンとまとめて角を揃えた。


「面白かったですが、この世界が滅亡しているという設定が引っ掛かりますね。それは要するに、我々王軍が一度負けたということですよね」


 ……あ。


「こういうのが一番困るのです。検閲が必要な理由がわかりましたか?」


 止める間もなく、アーデル少尉はハンコを手にし、押しつけた。

 赤い『却下』の文字が企画書に押された。



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