第35話 没収
なんの説明もなく街に放り出されたが、行く場所はひとつしかない。
足は自然に書店に向いた。
既にペンドラゴン書店の前に、作家や製本に関わる仲間たちが集まっていた。
十数人ほどだろうか? 皆、不安気な顔つきだ。
「あ、リリカだ」
私に気付いたキノの声で、皆が一斉に振り向いた。
シヴァが近寄ってきた。
「無事だったか? みんなで心配していたんだ。キノが、リリカは軍に捕まったかもしれないとかいうからさ」
「さっきまで捕まってたよ」
「ほんとかよ? なんで?」
「軍への協力を保留したからかな」
「それで、こんな仕打ちをするか? 何考えてんだ。軍の奴らは」
仕打ち? 作家を押し分けて書店の中に入ると、綺麗に、本が無くなっていた。
棚は見事なまでに空っぽだ。やられた。
「許可なく本を売るべからずだとさ。奴ら、ベラスケス副司祭みたいなことを言いやがって」
「ホント腹が立つぜ。ベラスケスの次に殴ってやりてぇ」
「いや、ベラスケスも裏で一枚嚙んでいるんだろ、これ」
「数日前から、ベラスケスの奴、雲隠れだというぜ」
……。
うん。少し副司祭が可哀相だ。副司祭の人気のなさも問題だが、今朝、釈放前に懲罰房で副司祭と約束してしまった。副司祭のことは「誰にも言うな」と。脱走しようとしているとも、捕まっているとも言いにくい。
「副司祭のことは今回とは関係がない。全ては王軍のことだ」
「そうなのか?」
「ああ。だが、詳細は今は伝えられない。製本部、書写士の方々は、一旦、過去全員分の原稿を教会の図書室に運んでいただけますか? 最悪、過去の原本さえあれば、本は復活できます」
おおと、皆が二階の作業場に走った。
本そのものは、原本さえあればいくらでも増やすことができる。
それよりもだ。
「それと、聞いてくれ。軍が、今後の出版について、制限をかけたいらしい。今までのような自由な出版はできなくなるかもしれない」
皆がざわめいた。
「いま、出版が許されているのは、この街のガイドブックと、軍が原本を確認して出版を許可を出した本だけだ」
「じゃあ、ここにあった本は没収じゃなくて発禁なの?」
「わからない。ここにあった本を持ち去られた理由はまだ聞いていない。憶測はできない」
まあ、全ての本に目を通すということだろうな。
「なんだって、そんなことに?」
「今はまだ言えない」
「リリカ、これは、さすがにないぞ。無茶苦茶だろ。軍の奴ら。何をするつもりかしらんが」
シヴァが憤りを隠さない。
「で、どうすんだよ? 俺の本もイチイチ、軍に見せるのか?」
「とりあえず、軍が方針を変えるまでの辛抱だよ。ホント、みんなにはすまないが」
なんとか取りなそうとしたが、シヴァの発言を発端に皆、口々に不平を言い出した。
「いや、その方針を変えるのは
「なんで、軍のために私たちが我慢しなくちゃいけないんですか?」
「印刷所も仕事がなくなると困るんだが」
「紙も大量に余ってしまいますし……」
「一体、王軍はどういうつもりなんだ?」
「王国に掛け合ってみませんか? 王軍の勝手な振る舞いかもしれませんし」
「いや、冒険者たちにも声をかけて、王軍と戦うのはどうだ?」
「教会だって、軍の横暴には辟易しているでしょ?」
「なんなら、その大佐って人に、『暴動が起きるぞ』って脅したらどうです?」
こっちに文句言われても……。
数日のうちに軍が来てしまう。
皆に言えないだけで、状況はそんなに楽観的な話ではない。
「みんな、聞いてくれ」
キノが口を開いた。
皆が、この作家の始祖の顔をじっとみつめた。
「相手は軍人だ。武器も兵士も持っている。そいつらと私たちがまともに戦えると思うか?」
皆の顔が曇った。
キノですら王軍の言うことを聞くというのか。そんな風に言いたげだ。
「私たちの武器はなんだ? 創造力だろ? 奴らが武力で脅すのであれば、こちらはそれを上回る創造力で軍を黙らせよう」
誰も言葉を発しようとしない。
怪訝さがまとわりつくように書店に漂った。
皆を代弁するように、シヴァだけが重い口を開いた。
「キノ。創造力を発揮しようにも、軍がイチイチ中身を見るんだぞ?」
「シヴァ。軍がイチイチ中身を見ても大丈夫なくらい、面白いものを作ろうじゃないか」
「本気かよ?」
「出来ないのか?」
「おいおい、元吟遊詩人を舐めんなよ」
クソッとシヴァは床を踏み鳴らした。
「お前よりも面白い物語で、軍の検閲を一番最初に通してやるからな」
「シヴァ、それだけで勝負はつまらないだろ? みんなも、乗ってくれ」
「どういう勝負をするつもりだ?」
「この状況で、一番、読者を楽しませる物語を作ろう」
皆が顔を見合わせた。
「判定はどうする?」
「読者投票はどうだ?」
「まてまて。軍が検閲するんだろ? 読者投票を許すか?」
「投票は軍が消えてからでいい。やるか?」
「面白い。乗った」
その後は、もう止められなかった。口々に作家たちが俺も私もと盛り上がってくれるが、私は困惑しかない。
どうやって、検閲をすり抜ければいいんだ?
「ただ、それまでは収入がないんだろ?」
震えた声は去年作家になったばかりの男だった。
「わ、私も、これで食っていけないと困るのですが」
「僕も」
そんな作家が数名いた。
「無理をする必要はない。カレンドリアを離れて、もっと安全な場所で書いてくれ。規制はカレンドリアだけかもしれないし、そのうち他都市にも波及するか分からないが、ここにいたら軍の言うことを聞かされるのは確実だ」
「ああ、そうだ。軍の言うことも聞けない、戦争に巻き込まれたくもないという奴は、カレンドリアを去るべきだ。それは臆病じゃない」
「書き続けるための勇気を君たちに託す。無理をせずにカレンドリアを去ってくれ。その支度金はペンドラゴン書店の利益から出す。いいな? リリカ」
この状況で、ダメとは言えまい。
「ただ、書店のお金にも限界はある。なるべくみんな自立した生活を送って、兼業で作家をしてほしいの。今まで貯めてきたお金の限界まで援助は約束するけど」
大見得を切ったものの、一体、どこまで支援できるか怪しいものだ。
「今や、どの街にも印刷機はあるし、大きな街なら製本所がある。大きな街の教会にいけば、書写士もまだ残っているわ。原稿用紙や油紙が必要な人は手紙を出して? アランに伝えてすぐに手配するわ。それにカレンドリアを出た人は、必ず居場所を教えて? こちらの状況を伝える手紙を出すわ」
実際、生活費となると、ペンドラゴン書店の抱える数十人の作家を養えるほど、溜め込んであるわけではない。
自立は必須だ。
「安全に作家活動ができる場所を見つけたら、必ず一報入れて? そこに困っている作家を向かわせるわ。その旅費くらいはウチで出すから」
それならばと何人かの作家が同意した。
「カレンドリアに残る作家は、私が引き受けるわ。軍がどういう要望を出してくるかわからないけど、ペンで戦いましょう!」
皆がオウと拳を突き上げた。
──だが、それは甘い考えだった。それを知るのは、ほんの数日後のことだった。
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