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第34話 巌窟
「おい! 牢番! あの大佐を連れてこい!」
暗闇の懲罰房で牢番の兵士を怒鳴りつけているのは、ベラスケス副司祭だった。
まさか、この人が懲罰房にいるとは……。
約十分に一度、大騒ぎをするので時間が正確にわかる。
今は、きっと夜中の一時だ。牢番も寝ているだろう。
ベラスケス副司祭は私の向かいの懲罰房に入れられていた。
「しかし、ホークテイル。まさか、お前まで、捕まるとはな」
「ベラスケス副司祭さまは、どんな悪いことをしたのですか?」
「
多分「うるさい」という罪に対する罰だろう。
アノ大佐ならやりかねない。口うるさくなかなか黙らない副司祭を、牢にぶちこんでおけというのは、やりそうな話だ。
私が大佐ならそうする。
頭を冷やしてもらっていると大佐は言っていたので、てっきり正司祭さまだと思っていたが、どうやら反抗したのは副司祭だったらしい。
頑迷な副司祭のことだ。噛みつかんばかりに大佐に文句を言ったのだろう。
大佐があの時、何かをもぐような仕草をしたのは、もしかしたらベラスケス副司祭のことか? だとしたら、大佐は教会のことが分かってない。ベラスケス副司祭って、正司祭さまにとって、右腕的存在ではない。
むしろ正司祭さまが副司祭の重石になっていることに気付いていないのだろう。
「きっと、今頃、正司祭が、我々の救済のために、首都の本教会に問い合わせをしているはずだ。気を確かにせよ」
「……気は確かです。でも、大佐の言いぶりからすると、本教会も軍側についているかもしれません。正司祭さまが掛け合っても無理かもしれませんね」
「くそぅ。既に本教会までたぶらかしおったか。そうではないかと思ったがな」
そういうと、副司祭は黙り込んだ。地声がうるさい副司祭だが、彼が黙ると懲罰房の静けさがやけに惨めに感じさせる。
それに少しここは冷える。体をさすって暖を取った。
副司祭もそうなのか。ずっと、がさこそと音がしている。
「……で、お前は何の罪だ?」
「え? 私ですか? 罪……まあ、軍の言うことを聞かない罪ですかね」
「何を要求された?」
「本の出版を制限されそうになりまして、それで、出版する前に中身を見せろとか言い出してきて、難しいですって答えたら、拘束されました」
「がははははっ」
笑い声が無意味にでかい。
「どうも今回は軍の考えていることがわかりません。国境沿いに軍を配置したいのはわかりますが、どういうつもりなん」
「おい! 牢番! あの大佐を連れてこい!」
おっと、もう十分経ったらしい。急な大声でびっくりした。
「……なんでしょうね」
「ふむ。防衛ではなく侵略を考えておるのかもな」
「……攻め込むつもりですか?」
考えたこともなかった。
この国が他国へ侵略をする?
てっきり防衛なのだと思っていた。
「だとすると、相手はランドンではなく、北のシルバーラントですかね? ランドンと我が国は同じ神を信仰していますし」
「ふん、そんなのは分からんぞ。軍なんていうものは、欲望の塊だ。同じ神のほうが戦いの対象になりやすい」
「そうなんですか?」
「お前、シヴァの書いた物語を読んでおきながら、戦争の本質を分かってないな」
なんか、ベラスケス副司祭に言われるとカチンとくるが、確かにそうだ。過去の戦いは似ている国同士の戦いが多い。覇権を争う理由のひとつが宗教だ。
「同族嫌悪……みたいなもんですか?」
「『我こそは正統』と、誰もがいいたがるものだ」
「そんなこと、さすがにウチの教会が許さないでしょ?」
「教会がウチの正司祭さまのような人物ばかりで出来ているわけではない。本教会が垂らし込まれているのであれば、それも想定してよかろう」
シヴァの書いた歴史物語でも、些細な野心を持つことで、国を滅ぼしかねない人物が描かれてきた。有能と思い込んだ無能が作る幻想だ。一番の問題は、それに乗っかる事情を持った人物が、この世の中には存在するということだ。
首都の本教会が野心を持つ。十分にあり得た。
「逆にランドンが聖地を狙っている可能性もあるということだ」
「じゃあ、ここが狙われるのですか?」
「軍が駐留する以上、どのみち、ここは安全な場所ではなくなるだろうて」
「しかし、侵攻にしろ防衛にしろ、駐留する兵が二千とは少ないではないですか?」
「儂は二万と聞いている」
……う。そういえば、大佐は二千冊とは言ったものの、二千人分とは言ってない。
十人に一冊という勘定だったのか。
大佐は情報を全て伝えていない。神官といえども信用できないということか。
「ならば本格的な軍勢ですね」
「教会も脅されている可能性はある。本教会も協力しているのであれば、しばらくは、カレンドリアも王軍に協力せざるを得んだろうな」
「神官も駆り出されるんですか?」
「部隊の祝福役は必要だろう。儂が捕まったのも、それだ。高位の神官を何人か出せとな。軍は武装神官をご所望だったが、断った」
「どうして断ったんです?」
国にひとたび何かあれば、神官が従軍することは、不思議なことではない。
「無料で蘇生を願うからな。神の定めた金額がある。そもそも戦場はダンジョンのように魂の結界がなされていない。蘇生を願うのであれば、それなりに戦場を教えろと言ったら、そういうわけにはいかないと押し問答になってな」
ははぁ。頭の固い副司祭らしい理由だな。
あの大佐とのやり合いを見たかった。
「まあ、正司祭さまが、捕らえられるよりも良かろう。ここで捕まるのは、儂の役目だ。仮に正司祭さまが投獄されることがあれば、軍と教会の直接対立になる。かといって、あの正司祭さまが軍に反抗したら、ここの神官は全員、カレンドリアに立て籠もることになってしまう。互いの憎まれ役が必要だ」
……へぇ。意外と大人な着地点を探した結果ということか。
なるほど。身一つで副司祭まで上り詰めたのは伊達ではないということか。自分の役割を熟知している。
再び静けさが訪れた。
「おい! 牢番! あの大佐を連れてこい!」
心臓に悪い。
「おお、すまん、すまん。これを繰り返しておけば、牢番は、儂がここにいると思うだろ?」
「……ん? それは?」
「儂は、頃合いをみて、ここを抜ける。またどこかで会おう」
「……んん?」
懲罰房からどう抜け出すつもりなの?
「ほれ。ここは昔の地下洞窟を利用した場所だ。後ろの土を掘れば、どこにでもでられる」
「いや、掘るって、道具も何も……」
「お前は、何年神官をしているんだ? そんなことも思いつかぬのか。お前は道具に囲まれておるではないか」
え? なんか腹の立つ言い方だ。
「
「あ」
なるほど。副司祭は、ゴーレムを作ったのか。それでさっきから、カサコソと音がしているのだろう。
恐らく最初は小さなゴーレムだ。それが彫り出した土でまたゴーレムを作り、また土を掘らせている。そんなところだろう。
なかなか、副司祭もやるな。
もしかしたら、物凄い人なのかもしれない。
「ここはろくに飯も出んぞ。これ以上食わせてもらえぬようでは、餓死の危険もある。お前も力の出る間に対処を考えておけ」
という副司祭の親切な予言は、翌日の昼には裏切られた。
◇
「ホークテイル神官。釈放だ」
「え?」
ちなみに、この「え?」は副司祭の声だ。
「……あ……なんか、すいません。副司祭。……お先です」
「お、おお。……おい! 牢番! あの大佐を連れてこい!」
という声も空しく、副司祭は釈放されなかった。
私が釈放された理由はだいたい察しがついた。
ひとつはガイドブックを作らせること。もうひとつは作家連中を納得させること。
私たちへの方針は「活かさず殺さず」だ。
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