第11話 販促
客足が昼休みくらいに止まった。
「……売れなくなったな」
言いづらそうにキノがいう。
神官服を来た私が店番をし始めた途端、急に客足が悪くなったようにも思える。
まあ、この街では神官は尊敬もされているが、畏怖もされている。服を変えようかと思ったが、この本を売る以上、神官服は信用の決め手になる気もする。
「そろそろ昼食時だ。今は単に本を買いたいという気持ちにはなれないだけかもしれない」
私を慰めるようにキノはいう。
確かに、今買いたいのは、本よりも飯だ。
気にすることはない。
それよりも午前中だけで十二冊も買ってもらえた。予想はしていたが、とんでもない話だ。
本を買っていく人が、これほどいたということをどう受け取ればいいのか。
特に聖典だからという購入ではなさそうだ。みな「面白い」と言って買っていく。
残りは三十八冊。
実は、午後の昼下がり辺りが勝負になると私は密かに思っている。
ここで、ようやくアランが登場。寝ぼけ眼を擦りながら謝ってきた。
「いやはや面目ないです。不覚にもお宅で眠ってしまって。部下も家に帰しました」
「お疲れだからいいよ。協力してくれただけでもありがたいんだ」
「途中で起きた気がするんですが、とても怖い夢をみました」
「怖い夢?」
「た、大変だったね。ところでアラン。頼みがあるの。黄色い紙をいくつか見繕ってもらえない? なるべく目立つ紙がいい。数枚程度で」
「色紙ですか。わかりました。すぐにお持ちしましょう」
アランが何度も謝って帰っていった。
起きられなかった責任の半分は自分でもあるから、少し心が痛む。
「キノ。ここからだよ」
「そうだな。残り三十八冊。売らないとな」
「『売る』という考え方を捨てて『買ってもらう』という考え方にして?」
父の受け売りだ。
「……それは、つまり、同じことではないのか?」
「同じことだけど、違うこと」
「なんだい? 神官の
「商人のリドルよ。商売は、売ろう、売ろうとしても売れないもの。ほら、あそこを見て?」
絨毯を売っている男がいる。
一生懸命声をあげ、客を呼び込んでいる。
「威勢がいいな」
「あれで売れると思ってるでしょ? 違うんだよねぇ。客を見て?」
「……そういえば、全然、客が寄り付いてないな」
「商品を手に取ることすらしないよね? あれって、あの絨毯屋が信用がないからなの。お客さまは、勢いで売りつけられることを警戒しちゃうのよね。声を張り上げれば張り上げるほど、お客さまは『買わされる』と思って心を閉ざしちゃう」
「なるほど」
「あっちの店も見て? 編み物を売っているお母さんの店。子供も一緒にいるでしょ?」
反対側に、母子が出している編み物の店がある。
そこは、さっきから客が足を止めて、品定めをしている。
「私も気になった。あそこはずっと客がいるな」
「あの小さな子が店番をしているでしょ? お客様も、こんな小さな子には騙されないと高をくくっているのよね。それに、あの母親は商売勘がいいと思うわ」
「笑顔を絶やさないところか?」
「それもあるけど、……あ。キノにそれは求めてないから大丈夫よ?」
そうかとキノは安心したような残念そうな複雑な表情になった。
「商品を紙で半分だけ包んでいるよね? さっき見たんだけど、あの紙には、その編み物の由来が書いてあったわ。そこにはどんな毛で編んだのか、どこ地方の模様を描いたのか、その由来は、あとどんな編み方なのか、何故その編み方なのかとか、書いてあったの」
「へぇ。そんなことを書いてどうするんだ?」
「お客様は編み物の暖かさを買うだけなら、ぶっちゃけなんでもいいの。だけど、お金を払う以上、自分で選びたいでしょ? 彼女は選ぶための情報を書いているの。その時点で、お客様はもう自分で選ぶ気になるでしょ? なかなかのやり手だと思う」
キノはため息をつくように感心している。
「私には商売人は難しいかもしれないな」
「そんなことないよ? キノも上手だったんだよ?」
「何が?」
「客に、本を手に取らせて中身を読ませるというアイデアは、私には思いつかない方法だったわ。アレは奇策だけど、うまい方法じゃん」
「そうなのか? 中身が分からないと思ってな。それに立って読むのも辛いだろ?」
「キノは客の気持ちになって、売り場と売り方を作ったの。即席にしては上出来」
そうなのかとキノは頭を掻いている。
案外照れ屋だったんだね。
「だけど、まだ足りないかも。本を買う人が集まるのは午後だと思う。みんな、今はバザールの品々を物色している最中だし。で、疲れてきたころに、日陰に集まって一休みすると思うのよね」
「……ちょうど、ここは日陰だ」
「意図してやったんじゃないの? キノがここを選んだのは、そういうことじゃなくて?」
「噴水は避けて、あとは暑い場所は嫌だなって。日焼けが面倒だし。それに本が干からびるのも嫌だなって」
「ああ、なるほどね。まあ、同じことだわ。ここは、本を読むのに最適な場所。日陰だけど寒いわけではない。一等地じゃないけど、静かに佇むにはちょうどいい。最初は客通りがいいから、噴水周りのほうがいいんじゃないかって思ったが、確かに本を売るには、ここは最適な場所ね。だから、最後の仕上げをしておくわ」
持ってきた紙を取り出し、そこに煽り文句を書いた。
「こんなところかな?」
『大神アスケディラスの秘密がわかりやすく!』
『神官監修の現代語訳』
『この値段は今日だけ!』
三枚の紙を見せた。嘘はない。
「これを机に貼るの」
机から垂れ下がるように糊付けすると、ちょっとした旗のようになった。
「随分と煽っているな」
「嘘はひとつも書いてないから大丈夫。神官は嘘はつけないし」
神官は生涯嘘をつくことを禁じられている。
嘘をつくとまことしやかに呪いがかかると言われていた。
ただ自分でもちょっとやり過ぎかなとは思ったけど、何もなく、ただ机に本を並べておくだけでは、心許ない。
「リリカさん。黄色い紙は、こんな色味でよろしかったでしょうか?」
早速アランが紙を何種類かもってきた。その中でもっとも鮮やかな黄色の紙を頂戴した。
「これをどうなさるのです?」
「本に巻くの」
ちょうど本の下側三分の一が隠れるくらいに、その黄色い紙を切り、巻いていく。
そして一枚一枚に、太めのペンで、
『あなたも聖典を読んでみませんか? 神官監修の元で、現代語訳をした「聖巻十二神話」の第一巻』
と書き加えた。字の大きさも目立つようにした。
「なるほど。あそこの編み物屋の真似か」
「そう。少しでも手に取りたくなるようにね。うちは商品を選ぶことができないから、せめて、これが何かの情報だけでも出さないと」
「面白いですね。帯を巻くことで、目立ちますし、つい目に入ってしまいます」
アランも感心している。
「アランは、そこで本を持って立っててくれない? 読んでいる風に」
「こうですか?」
ふむ。背の高いアランが本を持っているだけで、いい広告塔になる。
遠目に、何かを読んでいる感じが出て、これなら、近づかなくても何かを売っている感があるだろう。
「ここは、何を売っているんだい?」
早速、一人食いついてきた。
「聖巻十二神話です。聖典のひとつですね」
「へぇ、そんなすごいものをこんな値段で売ってもいいのかい?」
「はい。その代わり定価とさせていただいております。交渉は申し訳ないですが」
「いやいや、こんな安さなら十分だよ」
そして立って読んでいるアランをチラとみた。
「俺も少し読んでもいいかい?」
「ええ、もちろんです。それでしたら、あちらのベンチでいかがです?」
壁際のベンチに誘導する。
そして昼下がりが来た。勝負の時間帯だ。
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