第12話 妨害

 結果は大成功だった。


 次から次へと客が来て、あちこちで本を読み、そこら中で笑い声が起きた。

 キノまでもが嬉しそうに笑っている。

 残り十冊まで売れた。


「こんなに喜んでもらえるとはな」

「ほんと、大成功ね!」


 やはり、市民は娯楽に飢えていたということか。

 手品やジャグリングもいいが、没頭できる何かを求めていたに違いない。

 次から次へと手が伸び、このままいけば、夕方までには完売するだろう。


「キノ、休んでおいで? 寝不足でしょ?」

「そういうわけにはいかないよ。ここは私の店だし、店番までリリカにやらせるわけには」

「そういうけど、目の下を真っ黒にした冒険者風の女が店番するより、私みたいな神官が店番をするほうが、信用されるから」


 半分は本当で半分は嘘だ。

 もう十分なくらいにキノは頑張った。結果も出た。

 初めてじゃないかな。ここまでキノが物事に手ごたえを感じるのは。

 あとは私がやっておく。もうキノを不遇や不運と呼ぶものはいなくなるだろう。


「あの、私も、いつまでこれを……」

「あ、ごめん。アラン、もう十分よ。ご苦労さん」


 アランは後半の売り場で最大の効果を発揮した。

 最初はただの案山子かのぼり旗くらいのつもりで立ってもらっていたが、客の中には「あの紙問屋の御曹司が興味を持っているのなら」と買っていくものも少なくなかった。


 やはり、こういうカオスな場所では信用はものをいう。


「キノを私の部屋に送ってもらえる? キノ、私のベッド使っていいから、もうゆっくりと寝なさい」

「ありがたいが、大丈夫か? 私もアランもいなくなったら、リリカしかいかいなくなるが」

「大丈夫に決まっているでしょ。それに売上が心配なの。お釣り用のお金を残して、あとは、全部、私の部屋に持って行ってくれない? 後で分けましょう。こんなところに置くより、安心でしょ?」

「それもそうだな」


 うまい理由がなければ、キノは簡単には動かない。

 それに嘘ではない。こんなところにお金を置きっぱなしで心配なのは事実だ。


 ふらつくキノに肩を貸し、アランが運んでくれる。

 商売人だと思ってアランを警戒してきたが、いてくれてホントに助かった。


 残りは十冊だが、ベンチにいま六人ほどが読んでいる。残りは十六冊だ。

 読めば全員買ってくれるわけではない。

 読んでも、買うお金がなかったり、興味を持てなかった人や、家庭の事情(特に、結婚している男性で、不倫してそうな人や、隠し子がいそうな男)は、買わない。

 それでも、これが面白い試みであることは、皆が認めた。

 本がこんなに安く手に入るのなら買いたいと思っていた証だ。

 

 また一人、また一人と、じわじわと購入していく。

 これならば、なんとか夕方の暗くなる時間までには売り終えそうだ。

 そして店には、まだまだ、客が来ている。周りの様子を窺いながら、そっと本を手に取って中身を確かめる人が何人も来ている。

 皆、字は読めるのだ。

 手紙文化があるくらいだ。読むのは当たり前にできる。

 

 キノが本を売りたいと言い出した時はどうなることかと思ったが、全てがうまく言ってよかった。

 作り方も、調達の仕方も、本の中身も、本の売り方も。

 失敗する確率はどのタイミングにもあったが、それをかいくぐって成功したのだ。

 十九年間のキノ史上最高の成功を収めたことになると思う。下手すれば、初代ペンドラゴン以来の成功かもしれない。


 この先、あの機械を使えば聖巻十二神話の全巻を本にすることも可能だろう。

 教会も驚くに違いない。

 まさか、こんな方法があったとは、と。

 うまくいけばキノのところに書写に依頼が出るかもしれない。教会だって、安く仕上げてもらえるに越したことはないだろう。

 なんなら、そう仕向けようか。

 キノの仕事が安定すれば、アランにも感謝されるだろ。

 そして神官も多くの人々が聖典を読むようになれば、もっと感謝されるのではないか? 信仰心は高まり、もっと尊敬されるかもしれない。


 たった一冊の本が、たった一つの機械が、こんなにも世界を変えるとは。

 ついに残り十冊を切った頃だ。


「ここが本を売る店か?」

「はい。こちらは『聖巻十二神話』を現代語訳したものを、三十五ギルで」

「お前が、この店をやっているのか?」

「……は?」

「誰の許可をとっている?」

「……は?」


 目が点だ。

 誰の許可も何も、市民バザールは許可制ではない。誰もが自由に商売をしてよい。盗品と売春以外は何をしても良いとされている。

 私はその客を見上げた。

 黒い服に金の縁取り。

 ……首からは聖者印のネックレスを下げている。

 その後ろには、同じような黒の服に。こちらは銀の縁取りがされた服を着ている。

 私は、この服をよく知っている。


 上級神官服。


 そして、聖者印のネックレスを下げる許可を受けている人が、この地区に二人いることも知っている。一人は、正司祭だ。もう一人の方だ……。

 そして、何よりも、その陰険な顔に見覚えがあった。


「……ベラスケス副司祭?」


 目の前には、ベラスケス副司祭が、数人の配下の神官を引き連れてやってきていた。ベラスケス副司祭は低く響く声で話した。


「ほう。ホンモノの神官か? 勝手に聖典を売っている奴がいると通報を受けてきてみれば、まさかホンモノの神官が出している店とはな」

「いや……これは……」

「言い訳は聞かんぞ。名をなんというのだ?」

「リリカ……リリカ・ホークテイルです」

「ふむ。おととしの神官学校の卒業生に、そんな生意気な出来損ないがいたな」


 分かってて聞いてきたのだ。

 意地の悪い男だ。


「誰の許可を得ている?」

「……店を出すのに、許可は要らないと……聞いてます」

「そうではない」


 ベラスケス副司祭は本を手に取った。


「これは誰の許可を得たかと聞いているのだ」


 ……まずいなぁ。まずいぞ。

 落ち着け。何もやましいことをしているわけではない。


「書写の許可であれば、ちゃんと教会の許可はとっておりますが?」


 予定通り、すっとぼけに行くしかない。

 ベラスケス副司祭は、ふんと笑い、その中身を確認した。

 パラパラと数ページを読む。


「これをお前が書いたのか?」

「……はい。私が書いています」


 キノも書いているが、ここで名前を出すのは得策ではない。

 

「勝手に翻訳してよいと思ったのか? ホークテイル神官。何故教会の許可を取りに来ない?」

「はい。翻訳に関しての事務局は見当たりませんでした」

「見当たらないからと、勝手なことをしてよいと思ったのか?」

「神の話を、皆さんに知ってもらう方法だと思いました」

「書写するだけでは飽き足らず、勝手な翻訳をつけて売ったということだな?」

「飽き足りてないかではなく、聖巻十二神話の第一巻を現代語訳して、一般の方々も理解できるようにした本を売っているだけです」

「それが、勝手に書写した本を売ったということだぞ? 分かっているのか?」

「書写した本を売買してはいけないとは、神官規約にも、聖典にも書いてありません」


 にんまりとベラスケス副司祭は笑った。


「教会への反抗心が強すぎるな。ホークテイル。いまをもって貴様の神官位を剥奪する」


  ◇


 キノは天才に違いない。とびきりの「不遇の」がつくタイプの。

 まさか、その不遇部分が、幼馴染の友人わたしにまで飛び火するとはね。

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