31.それぞれの戦う理由



 くつくつと煮える鍋からは、味噌のいい香りが立ち昇っている。

 具材に火が通った頃合いを見計らって、玖麗さんが器にとってくれた。


「はーい、東支部長さん。これが、アタシ一押しの辛味噌もつ鍋。もー、バリウマかよー?」

「ありがとう。じゃあ、ご返杯……ていうのかな、こういうのも」

「いいんじゃね? 悪いねー」


 俺もお返しに彼女の分をいれる。

 今日は玖麗さんが遊びに来た。しかもお土産に、わざわざお気に入りの店でお家で楽しめる「辛味噌もつ鍋セット」を購入してきてくれた。

 辛味噌の匂いが猛烈に食欲を掻き立てる。たまらず俺は箸を動かす。

 うっま。

 ぷりっとした弾力とモツは脂の旨みがあるのにくどくない。スープはかなり濃い唐辛子入りの味噌仕立てなのに、野菜から出た甘味が混ざり合って実にまろやか。そして脂と味噌の旨味を吸った野菜の美味いこと美味いこと。


「これは美味しいなぁ。濃い味好きな俺も満足の濃厚さなのに、すっごく食べやすい」

「でっしょ? お店で食べる時はサイドメニューのだし巻きもいっしょに頼むの」

「おお、店の方にも行きたくなるね」


 玖麗さんと鍋をつつく。

 辛いだけじゃなくてしっかり美味い。いい鍋を教えてもらえた。

 初対面の時こそ少し険悪だったけど、彼女もずいぶんウチに馴染んだ。常務の戦闘レスキュアー部隊所属だから勧誘できないのが残念なくらいだ。

 

「ちなみに締めはなに?」

「とうっぜん、ラーメン! 定番は細麺だけどー、アタシは断然もちもち太麺派! チーズを入れるのも美味しいんよぉ」

「そいつは楽しみ。あ、玖麗さんお茶どうぞ」

「あんがとー。……くっはぁ、あっつい鍋の時に飲む冷たいお茶ってなんでこー美味しいんだろねー?」

 

 豪快な飲みっぷりだ。

 空になった彼女のコップにもう一回茶を注ぎつつ、二人して和やかにはふはふモツをいただく。

 そんな俺達の食事風景を眺める遠野くんが、何故かぴくぴくとコメカミに血管を浮かべている。


「職場でお前らはなにをしているんだ……!」

「ほら、今お昼休憩だからね」

「そーそー」

「だとしても食べるものを考えろ!? 異災所中に匂いが充満しているだろうが!」


 彼的にはもつ鍋ランチはちょっと違うらしい。

 でも横から高遠副支部長のツッコミが入る。


「今さらですよ? 新人が来る度の歓迎会や、大きな仕事が成功すればお祝いもここで行いますから」

「あんたは真面目そうに見えたのに……!」


 確かに高遠副支部長は知的で真面目なお人柄だが、杓子定規にあれはダメこれはダメという子じゃないのです。

 というか彼女にもお椀一杯分おすそわけしてるし。お弁当は持ってきてるみたいだから汁物代わりに。

 なんだかんだ言われたが、しっかり締めのラーメンまで堪能して大満足の昼食でした。


「ふはぁ、お腹いっぱーい。ここのフインキ、なんかアタシ合うわー」

「トップがお前と同じ自由さだからな。そして雰囲気だ」


 遠野くんのお昼はお店で買ったサンドイッチだ。

 しかし一応気を遣ってか、バランスの良く鶏肉や野菜が挟まれたものにサラダもプラスしていた。


「うーっす、ただいま戻りましたー」

「お帰りー、岩本くん」


 そのタイミングでクラッシャーマンくんが戻ってくる。

 今日は近所の中華屋で日替わり定食だったらしい。満足そうにお腹をさすっている。


「お、機嫌よさそうだね」

「いやぁ。カノジョ、ローグラッドに興味を持ってくれたんスよ。今度のライブのチケットをプレゼントしたらメッチャ喜んで絶対行くって」


 にやにや顔の岩本くん。

 女子大生の看板娘さんとの距離が近付いたのがよほど嬉しいようだ。


「そいつは何より。クラッシャーマンくんのCMも好調だし、最近はいい感じだね」

「いやー、それは支部長のおかげっス。アンタすげーわ。まさか俺が天下のサナカと絡めるとは」


 きらきらと尊敬の目を向けてくれる岩本くん。

 グッズ展開が今一つな彼のためにとってきた楽器メーカーのサナカのCMはけっこう評判がいい。

 内容としては爆発使いのクラッシャーマンくんを前面に押し出したもので、彼がギターを弾きつつバックでは異能によってリアルな爆発演出。

 そこでキメ台詞、『魂を揺るがす爆音を』という流れになっている。


「エゴサの結果も“クラッシャーマン指の動きやべえw”とか“無駄に上手いな”とか。そこから注目されてギターの売り上げも伸びてる」

「ま、俺の本職はそっちスからね」

「ただ、ごめんな、ベースじゃなくて。ないとは思うけど、“あのベースの音、もしかして……”みたいな感じでバレても困るからさ」

「そこはしゃーないっスね。普通に楽しかったんで全然問題なっし」


 やっぱり音楽をやっている者にはサナカの名前は大きいらしく、かなり興奮している。

 遠野くんや玖麗さんはタレント活動にあまりいい感情を持っていないが、さすがにここで水を差すような真似はしなかった。

 

「岩もっさん、いろいろやってんすねー」

「まね。クララちゃんもウチに移ったら? 俺よりよっぽど人気出ると思うぞ」

「あー、アタシはいちおー三岳常務の直属だしー?」

「それ、不思議な感じだよな。どっちかってーと、ウチの支部長の下の方が性に合ってそうなのに」


 岩本くんの疑問に対し、玖麗さんは自信満々に答える。


「なんで? 強い方がすっげーじゃん!」


 ちょっと意味が分からないですね。

 首を傾げる岩本くん。

 俺もうまく理解できず、遠野くんに視線を送る。すると彼は溜息を吐きつつ説明してくれた。


「なんだ、玖麗のやつはひどくシンプルなんだ。LDという災害がある、ならばそれを倒すべき。テレビやグッズで注目されるよりも、身に着けた力で大きなことを為す方が偉く、そちらを認められた方が嬉しい・すごい・アタシが一番、と」

「ああ、つまり綾……白百合さんとは別の自己顕示欲の発露なわけね」


 タレント業の片手間でLD対応をしているレスキュアーよりも、災害対応を専門とする戦闘部隊で功績を上げて評価されたい。

 正義感というより、そっちの方が凄くて偉いから。


「それがいい方に働いているんなら、文句をつけることでもないかな。ちなみに、遠野くんの戦う理由って?」

「ふん、そんなもの話すわけが」

「宇宙はさー、ケーサツか消防署か機構か悩んで機構に就職してー。んで常務のお声がけで新式に肉体改造して戦闘部隊にって流れ。あれよ、災害救助精神的なサムシング?」


 隠そうとした瞬間、玖麗さんにバラされました。

 ちょっと微妙な空気が流れたけど、諦めたように本人が言葉を続ける。


「……レスキュアーがいくらいても、間に合わない状況はある。俺が、間に合う側に立てれば、と思っただけだ。責めるつもりはないが、学生時代もLDの被害を受けた旧友がいくらかいた。タレント業に現を抜かすよりも、LD対処を専門とする部隊に所属したかった」


 その一心で肉体改造を受け入れた。

 彼は彼なりの矜持を以て戦っている。それは素晴らしいことだと素直に思う。 


「はー、皆色々考えてるんだなぁ。俺は支部で自由に、の方が楽でいいけど」

「岩本くん岩本くん、基本的に新式改造人間は本部にしか所属できないんだ」

「え、そうなんスか?」

「うん。前に彼らがウチのシフトに入ったのも、あくまで本部からの短期出向の形だよ」


 ここら辺、単にルール上の問題だけど徹底されている。

 だから特殊な才能を持たない人は新式改造人間になるしかないので、基本は本部所属になる。新式でも戦闘部隊以外はタレント活動してる人もいるけど。

 俺の指摘に苦い顔をしたのは遠野くんだ。


「そう、だな。本当は、各支部にも戦闘レスキュアー部隊を編成するべきと思うのだがな。現行の、本部から派遣する形ではどうしても対応が遅れる」

「あ、そりゃそうよねー。三岳常務ももっと攻め攻めになればいいのに」


 のほほんとした玖麗さんは言うけれど、ちょっとそれは難しい。

 新式が本部にしか所属できないのは当然だ。

 だって旧式の強化改造技術が禁止された今、基本的にレスキュアーは先天的な才能がないとなれない。装甲戦士ですら適性が必要になるからね。

 そういう人たちが支部に集まって「本部のヤツ気に食わないしー、やっちゃわなーい?」とか反乱を企てたら大変だ。

 だから本部は支部に好き勝手させないよう、その暴走を鎮圧する独自の戦力を常に確保する必要がある。

 つまりは新式改造人間のこと。 

 魔法薬とか特殊プロテクターの技術が独占されている理由の一つで、強化改造手術が禁止された一番の理由じゃないかと思っている。


「ま、常務も色々あるんでしょうよ。予算とか予算とか予算とか」


 それを伝えない辺り、俺もどっぷりよろしくないオトナの沼に浸かったもんだ。

 やだやだ。おじさんになると言えないことが増えて。


「ちなみにさー、東支部長さんはなんで機構に就職したん?」

「俺は君らよりちょっと年上なわけでさ。当時からヒーロー好きだから、世代的に頑張って敵を倒しても市民に文句を言われるヒーローをたくさん見てきたんだよ。ああいうのって嫌だなーってのがメインかな」


 存在呑みのことを置いておけば、俺はこれが一番大きな動機になる。


「遠野くん的にはタレント業って好きじゃないかもしれないけど、俺は守る側にも賞賛や報酬があってしかるべきだと思うよ」

「……それも、今は考えとしては認めている」


 彼もなんだかんだウチの異災所で色々見てきたからかな。少しずつ頑なさが取れてきたように思う。

 まあ戦う理由なんて人それぞれ。

 ウチの子は皆いい子だから、災害に対処して人々の暮らしを守りたいとは考えている。

 その上で、やっぱり個人としての理由も存在している。 

 お金のためとか人気者になりたいとかも、俺はその考えを尊重するべきだと思う。

 陰惨な過去とか気高い決意が無けりゃ戦っちゃ駄目なんて、そんなのおかしいでしょうよってなもんです。


「ちなみにー、副支部長さんはどうして機構に就職したのー?」

「バカの面倒を見たかったからですね」


 玖麗さんの軽いノリの質問に、高遠副支部長は平然と答えた。


「ば、バカ?」

「ええ。世の中には、飄々とした大人を気取っていながら、すぐにカッとなるし、どれだけ止めても無理無茶無謀が平常運転なバカな人がいるんですよ。そのわりに感情が重くて、自分のことで精一杯のくせに他人のために体を張ろうとするから性質が悪い。……そういう人が、バカなまま前を向いて走っていられるように、せめてもの手助けがしたかったから、ですね」


 なんかすっごいこと言われてるぅ。


「えーと、つまり頑張ってるレスキュアーを応援したい的な?」

「ええ、その認識で間違いないです」


 頷いた彼女はのんびり食後のお茶をすすっている。

 MDに家族を生きたまま吸われ心を食われた。あのクソどもをぶち殺したくて、情報が得られる立ち位置を目指した。

 そんな俺のメンテナンスをするために重蔵博士の師事を受け、良子ちゃんはこの道を選んでくれた。

 なんというか、感謝している反面申し訳なくもある。

 でもきっと謝ったら彼女の矜持を傷つける。

 いつか、どんな形でもいいから恩を返したいと思う。

 そんなことを考える俺の肩を、岩本くんがポンと叩いた。


「あんた、さては俺よりヤバい爆発使いっスね?」


 無駄に爽やかな笑顔で何を言っているの、君は?


「いや、だって重いのが二つぶつかり合って対消滅しそうな勢いの爆発系修羅場じゃないっスか。あっ、なんかいいかも。ちょっと今俺、すげー曲が書けそうな気がする!? おお、グラビティラブソングが降りてきてる!?」


 クラッシャーマンくんがメンタルクラッシュしそうな勢いのテンションです。

 状況が分かっていないそら&クララが頭の上に疑問符を浮かべている。


「そうだ、翔お兄ちゃん。今度お父さんがいっしょに食事でもどうだ、と誘っていましたよ」

「そっか、久しぶりに顔を出さないといけないかな」


 良子ちゃんが皆には聞こえないようそっと耳打ちをした。

 ちなみに重蔵博士は普通に生きています。

 強化改造手術を禁止された後は、獣医の資格を活用して動物病院を開いている。

 なんでそんな資格を持ってるかって言ったら、たぶん改造人間に利用できる技術を学ぶ過程だったんだろうなぁ。

 一応今は平穏な家庭で、娘を溺愛するお父さんをやっているようだ。


「よーわからんけど、この異災所は全員アレだってことは分かった」


 雑なまとめ方をされてしまった。

 玖麗さんに言われたくない、と思ってしまうのはいけないことだろうか。


「玖麗、そろそろ行くぞ」

「あっ、もうそんな時間。よっし、んじゃアタシら外回り行ってくんねー」

「調査だ」


 食後の休憩を終え、そら&クララは外に出た。

 彼らがウチに来る理由は勉強の一環だが、回数が増えているのは「市内調査のついでに」といったノリだ。

 ここにきてMDが活発な動きを見せている。身体啜りや精神食いがいたこともあり、N県とA県は本部が主導で入念な調査が行われており、彼らもそれに参加していた。


「おー、気をつけてな。ヤバかったら逃げて、遠慮なくウチを頼ってくれ」

「……助かる。正直、戦闘レスキュアー部隊とはいえ、現状でアステレグルスやガシンギを超える単体の戦力はない」


 素直に遠野くんが玲を言う。じゃない礼を言う。

 玖麗さんはにぱっと笑って手を振っていた。


「だいじょーぶ! アタシらもけっこう強くなってるし。やれるだけのことはやるから!」


 そう言って、二人は異災所を後にした。

 俺はそれを見送ることしかできなかった。




 ◆




「東支部長さん! やっばい! バリうまなあんみつ屋さん見つけちった!?」

「こいつは……調査中に何を……!」


 なお、そら&クララは翌日普通に戻って来ました。



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