12.『捕マエタ……』



 その日、俺は所属レスキュアーを集めて朝礼を行った。

 モチロン内容は身体啜からだすすりについてだ。


「今日はマジメな話だ。近隣の市で、喋るリビング・ディザスター……上位固体であるマリシャス・ディザスターが発見された。改造人間ガシンギや超星剛神アステレグルスくん、魔法少女シズネさんは既に知っていることではあるが、MDは非常に強力な個体だ。今後は少しシフトがきつくなるかもしれないけど、可能な限り戦力が整った状態を維持したい。協力してもらえると嬉しい」


 普段の軽めの口調は抑えて、しっかりと頭を下げる。

 事態を重く見ているのは、経験の豊富なミツさんや魔法少女シズネこと甘原静音さんだ。


「そうですか……東支部長。夫に話して、パートの時間を長くしてもらえるようにします。治癒魔法の使い手は必要でしょうから」

「ありがとう、甘原さん、頼りにしてる」

「ええ、微力ながらお役に立てるよう尽力します」


 ミツさんの顔は険しい。

 たぶん俺の態度から、敵の正体を察したのだろう。


「翔太郎。情報はあるのか?」

「本部に情報開示の許可は取った。と言っても、分かってるのは名前と外見、後は肉を啜るってことくらいなんだけど」

「やっぱ、身体啜にくすすりってことかよ」


 いつの間にか昔の呼び名である「翔太朗」に戻っている。

 それに気付いていないほど熱くなっているのだ。


「まあ、でも何が何でも倒せって話じゃない。本部の戦闘レスキュアーが捜索を行っているから、基本は複数人で対応し、敵いそうになかったら速攻逃げる、ってのが方針だ。みんな、何度も言うが無理はしないでいいよ」


 最後は緊張させ過ぎないように、意識的にゆったり笑ってみせる。

 そうして一度解散したが、元がユルユル事務所だけにちょっと妙な緊張感が漂っていた。

 高遠副支部長が心配そうにしている


「大丈夫ですか、東支部長」

「俺は別に、いつも通りでーすよー」


 茶化して返事してみるけれど、いっさい笑ってくれなかった。


「あー、ごめん。でも、あれだ。事務所を預かる身だから。昔ほど無茶はしないって」

「そう言いながら無茶をするのが東支部長です」


 ひどい。


「止めはしませんが、せめて動く前に一度深呼吸するくらいの余裕は欲しいものです」


 溜息混じりにそう言われる。

 仕方ないことだけど俺の信頼度は超低かった。

 逆に、無意味に俺への信頼度が高い子もいる。話が終わるタイミングで、氷川さんが声をかけてきた。


「支部ちょ……翔さん」


 氷川さんは敢えて昔の呼び名に言い直す。

 彼女の目には恐怖も焦りも感じられない。


「氷川さんも、よろしくね」

「うん。レスキュアーとしてやれることはやるし、やれなかったら逃げる」

「そうそう。それくらいが一番だよ」


 俺が頷くと、何故か彼女は少し楽しそうだ。


「だって、こういうのはレスキュアーじゃなくて……」


 なんて言葉を濁しつつ、玲ちゃんは柔らかく微笑んだ。




 ◆




 マイティ・フレイムこと涼野夏蓮はレスラーの父を持ち、旧式改造人間を尊敬してレスキュアーを目指した。

 その経緯からか、正義感が強くまっすぐな性格をしている。

 それだけに彼女にとって、東翔太朗支部長は今一つ判断に困る大人だった。


 別に嫌っている訳ではない。

 夏蓮にとっては異災所が初めてのアルバイト先だ。相応に緊張していたが、東支部長は優しく寛容で、質問にはすぐ答え、学校との兼ね合いを考えてシフトも融通を利かせてくれている。

 アルバイト先の上司としては非常に頼れるし、多少ユルいところはあるものの人間としてはむしろ好感抱いていた。


 が、異災所の支部長という点を意識すると、不満も出てくる。

 東支部長は所属するレスキュアーに「勝てないと判断すれば逃げて、態勢を整えてから対応すべきだ」と徹底している。

 それがどうしても納得できない。

 確かに効率はその方がいいのだろうし、彼がレスキュアーたちのことを心配しているのも分かる。


 だとしても正義の味方が逃げてどうする。

 

 もしもレスキュアーが退けば、市民が脅威に晒される。

 心配はありがたいが、傷付くのは市民よりもレスキュアーであるべきだと思う。

 なにより、傷付いても倒れても、立ち上がって悪に挑む。少なくとも、かつての旧式改造人間たちはそうだったはずだ。

 夏蓮は、そういうヒーローになりたかった。なら、逃げるのは違う。

 だから東支部長の評価は難しい。

 彼は仕事の面で頼れる上司であると同時に、心意気で見ると頼りない人でもあった。





「おお、マイティ・フレイムが勝ったぞ!」

「ありがとー!」


 夏蓮は今日も出動し、危なげなくLDを討伐する。最近は苦戦も少なくなり、市民たちも安心して声援を送てくれた。

 ここまで頑張るのはもちろん市民のためだが、お笑い芸人“そら&クララ”を見返してやろうという気持ちも少なからずある。

 どうやらあの芸人が事務所に来たのは、強力な化物……マリシャス・ディザスターと呼ばれる存在が察知されたかららしい。

 その情報は本来下っ端には伝えられない重要機密なのだが、知っていれば動きやすいだろうと東支部長は教えてくれた。

 そういう甘いところのある、経営側より現場のレスキュアー側に立つ人だからこそ、本部では軽んじられているのだと思う。


 だからこそ夏蓮は精力的に働いている。

 本部から来たという青年のように、東支部長を「腰抜け」呼ばわりする人は一定数いるのだろう。

 だけどその誹りは、レスキュアーのために慎重な行動を心掛けているからだ。

 頼りなくも優しい彼を他人にとやかく言われるのは気分が悪い。

 しかし部下であるマイティ・フレイムが活躍すれば、支部長の方針が正しいと証明され、少しは見直されるかもしれない。

 そう考えて行動に移すくらいには、夏蓮は支部長も今の職場も気に入っている。

 初めてのアルバイトに緊張していたところを安心させてくれた上司に、ちょっとの恩返しをしたいと思った。

 そういう感情が失敗に繋がるとは、彼女は想像もしていなかったのだ。




 ◆




「夏蓮ー、今日はバイトはー?」

「残念ながら休み」

「残念なの?」


 その日はバイトが休みだった。

 最近は連日シフトに入っていたのだが、本人の希望とはいえさすがに働すぎということで支部長から注意とお菓子をもらった。

 そこで甘いものが付いてくるのがいかにも支部長である。


「うん。支部長が休むのも仕事のうちだって……」

「メッチャいいじゃん、夏蓮のんとこの上司」

「それは間違いないんだけどね」


 なんにせよ久々の休みだ。素直に感謝して、夏蓮は友人たちと駅前に繰り出そう。

 仕事は好きだが、友達と遊ぶのもやっぱり楽しい。そうしてしばらく買い物やらお茶やらをして、すっかり日が暮れた後。

 そろそろ帰ろうかと皆で、駅前を歩いていると急に悲鳴が聞こえた。

 突然の出来事に友人がかなり驚いている。


「な、なに!? どうしたの⁉」


 反して、色々と経験を積んだ夏蓮は冷静だった。

 悲鳴の上がった方に向えば、そこにはふよふよと宙に浮かぶ、水のようなリビングディザスターがあった。

 本来なら、LDに対応するのは勤務時間中のレスキュアーだ。

 けれどここは駅前。人通りが多く、救援が来るよりも早く被害が出てしまう。

 そう判断した夏蓮は「ごめん、ちょっと用事思い出した!」と友達に一声かけて、物陰に隠れてから変身。居合わせたレスキュアーとして、戦いに臨んだ。


「止まれ、LD! 私が相手だ!」


 現れた少女の姿に市民が歓声を上げる。


「ま、マイティ・フレイムだ!」

「やった、助かったぞ!」


 普段は格闘戦が主だが、そもそも彼女は炎の魔法少女。不定形な敵でも対処はできる。

 火球や炎を付与した拳で液状のLDを焼いていく。

 効果は十分だ。多少の再生能力はあるようだが、マイティ・フレイムの炎の勢いが勝っている。

 このまま、倒せる。

 そう思った瞬間、液状のLDは予想外の行動をとった。

 いきなり逃げ出したのだ。……しかも、社会人風の女性を人質にして。


「なっ⁉」


 リビングディザスターは、生命に見えても明確な意思はない。

 単に破壊を行うだけの存在だ。

 だから逃げること自体がおかしいし、誰かを人質にとるなんて初めて見せる行動だった。

 さらに、彼女の動きが止まった瞬間を狙いすますかのように、建物の陰から何かが突進してきた。


「二体目のLD……⁉」


 今度はミミズのような、細長いLDだった。

 さらわれた女性に意識を向けていたせいで奇襲のような形になったが、どうにか防ぐことはできた

 しかし冷静になろうとしても焦燥に駆られてしまう。

 早く、あの女性を助けないと。

 そのタイミングで援軍がやってきた。


 突如として爆発が起こる。

 それを起こしたのは、爆発使いの【異能者】クラッシャーマンだ。彼は到着と同時に連続してその異能を放ち、ミミズ型のLDを追い詰めていく。


「マイティ・フレイム、大丈夫か!?」

「はい、助かりました! すみませんが、市民が一名さらわれました! 追うのでここは任せます!」

「は⁉ いや、支部長からも言われてるだろ⁉ ムリは……」


 クラッシャーマンが最後まで言い切るよりも早く彼女は走り出していた。

 頭は、女性を助けることだけでいっぱいだった。




 ◆




 手痛いミスは、新人よりも自分が慣れてきたと考える自称中級者の方が多い。

 それはどんな仕事でも同じだ。


「ここは……」


 マイティ・フレイムは液状のLDを追った。

 逃げていった方角とだいたいの位置さえ分かれば、有した魔力のおかげかある程度察知ができる。

 辿り着いたのは、既に廃業した町工場のような建物だった。

 シャッターや扉が壊れている。おそらく無理矢理侵入したのだろう。

 少し距離があったおかげで、ある程度冷静になれた。彼女は突入を前に、まずは異災所に連絡を入れる。

 すると、繋がった瞬間慌てたような支部長の声が聞こえてきた。


『マイティ・フレイムさん! 今どこにいる!?』

「すみません、支部長。休みですが、目の前でLDが現れたので、咄嗟に戦いました。それで、女性がさらわれたので、救出に向かいました。現在地は送られてますよね?」

『さらわ……⁉ 分かった、とりあえずそこで待っていてくれ!』

「聞けません。なにか、あのLDはおかしかった。待っていたら、間に合わなくなるかも。だから、先に突入するので、余裕があるなら援軍とかをお願いします」

『だから待てと……!』


 途中で通信を切る。

 支部長の言いたいことは分かる。たとえ人質が危険になったとしても、ひとまず援軍を待って事に当たるべき。

 それはきっと正しい。

 でも、そうなれば、もしかしたらあの女性は。

 その想像が彼女を突き動かした。


「……なんか、変なにおい」


 侵入した町工場は、埃っぽさと鉄さびの匂いが混じった、胸の悪くなる空気で満ちていた。

 いたるところが壊れているのは放置されたからなのか。それとも……。

 注意深く周囲を警戒しながらもさらわれた女性を探す。

 けれど、全てが遅かった。

 地面に何かが落ちている。それに気付いたマイティ・フレイムは、近付いてそれを確認した。


「ひっ」


 思わず悲鳴が漏れてしまう。

 それは、人間の死骸だった。ただし、中身が完全に吸い尽くされている。

 おぞましいものを見た。なのに後ろに一歩下がることもできない。


『美味しそうな、カラダぁ……』


 既に彼女の背後には、蚊の頭部とムカデの胴体を併せ持つ化物。

 身体啜にくすすりがおり、がしゃがしゃと動く虫の足が少女の足を掴んでいた。


 べきり、と嫌な音が聞こえた。



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